2015年5月7日木曜日

5_128 APT 4:装置

 今回からやっと、APTの仕組みを紹介していきます。その原理は比較的わかりやすいのですが、原子ひとつひとつになされる操作なので、そこにはいろいろなアイディアと、極限的な技術が組み込まれています。

 前置きが長くなりましたが、いよいよ本題のAPTという装置についての説明に入りましょう。前にも紹介しましたが、APT(atom-probe tomography)の用語の意味として、アトムとは原子のことで、プローブとは束(たば)で、トモグラフィとは断層撮影のことで、直訳すると原子束断層撮影となります。名称はこれくらいにして、装置の仕組みと原理をみていきましょう。
 APTによる分析は、2つの技術を合体させたものです。電界イオン顕微鏡(Field Ion Microscope:FIMと略されます)と、飛行時間型質量分析器(Time-of-Flight mass spectrometer;TOF、あるいはリフレクトロン;reflectronとも呼ばれることがあります)を組み合わせたものです。
 FIMでの分析は、試料を鉛筆のように尖らすことからはじまります。ただし、鉛筆は比喩で、実際の試料の直径は100 nm(ナノメートル、100 nm=0.1μm)ほどの尖った針のようにします。この技術もいろいろ工夫があるのようなのですが、ここでは略します。この針状の試料を、真空中で高電圧をかけると、先端の原子がイオン化されて飛び出していきます。この現象を電界イオン化と呼びます。ここのいろいろ複雑な技術がありますが、省略します。
 針の先から放出されたイオンが、電極に向かって飛んでいきます。電場によって反対極に向かうのですが、飛び出した原子は放射状に広がります。この広がったイオンをマイクロチャネルプレートとよばれるもので検出します。検出の結果、試料の針の先端の原子を凹凸や分布状態を観測できます。これが電界イオン顕微鏡の原理です。観測するときの倍率は、試料の半径(50 nm)と倍増管までの距離の比によって決まるので、100万倍ほどになります。
 つぎに、マイクロチャンネル・プレートに穴(プローブ・ホールと呼びます)のあけて、イオンの一部を通過させます。プローブ・ホールは2 nmほどです。穴を通りぬけたイオンを、後ろに置いた飛行時間質量分析計に入れて、別の原理での測定に利用します。
 TOFは、原子の種類を質量数を測定することで調べる装置です。試料を飛び出たイオンに一定の電場がかかっていると加速されます。加速されたイオンが、定まった距離を飛ぶのにかかった時間(飛行時間)を測定すれば、イオンの電荷と質量数に応じた値(質量電荷比といいます)が得られます。この値から質量数、核種の判別ができます。
 APTは、FIMとTOFの組み合わせによって、原子レベルの分布状況と同時に一部ですが核種をも決定していきます。この測定を、連続的に時間かけておこなっていくと、試料の針が減っていきます。減っていくということは、試料の針の深さ方向の原子の構造と種類を調べていくことになります。これが、一次元APTと呼ばれる装置になります。
 この方法は、効率の悪いものです。なぜなら大量にでたイオンの大半はマイクロチャンネル・プレートでとらえられますが、原子の種類は判別できません。質量分析されているのは、プローブ・ホールを通り抜けたものだけです。できればすべてのイオンで質量分析したいものですが、この仕組では原理的に無理です。
 技術の進歩が、この困難を解決しました。位置敏感型検出器(position sensitive detector)というものが開発されました。この検出器は、面でイオンを捉えながら、イオンが衝突した位置と飛行時間を同時に決定できるものです。つまり、飛んできたイオンを質量分析する微小装置を平面的に並べたものです。位置敏感型検出器が導入されたとことにより、針から飛び出した全イオンを面的、つまり2次元で測定することが可能になりました。この仕組みで連続的に時間をかけて測定を続けていくと、試料の3次元的な原子の分布が、核種の識別をしながら、測定することが可能となります。
 この分析装置は、原理はわかりやすいのですが、実際に分析をするにはいろいろ困難なことがあります。例えば、試料の準備で、目的の場所をいかに尖らせるか。尖りぐあいが分析の精度を左右していきます。多元素の場合、質量数が同じでも別元素が含まれる可能性もあります。
 それらの困難を克服したのが、ヴァレリー(John W. Valley)らの研究成果でした。彼らの成果には、非常に高度な技術的背景があったのです。

・続く議論・
前回紹介したMaさんとの議論は、じつは、今も続いています。
その前に、メールマガジンでMaさんの略号を
WoやMoなどミスタイプをしていました。
Maが正しい表記でした。
Maさん、申し訳ありませんでした。
Maさんからは、冥王代にシミュレーションと
私の別のエッセイで論じた
「時間」に関する話題へのコメントも頂きました。
冥王代については、私が比較的よく知る内容なので
とりあえず、そのちらの返事は書きました。
別のエッセイで「時間」に関する議論では
私の物理学に関する考え方に対して、
誤解やご指摘いただき、別の見方をご教授頂きました。
物理に関しては、Maさんの方がよくご存じで
いろいろ深い考察をご教示いただきましたが、
それに対してどう答えるかは、まだ考え中です。
連休中か、またはもっと時間がかかるかもしれませんが、
考えていきたいと思っています。
よき読者に感謝します。

・製品化・
この3次元APTは実はもう商品化されています。
Cameca製のLEAP 5000という装置があります。
ヴァレリーらの研究は、
この装置の前のバージョンのLEAP 4000で
おこなわれたものです。

・野外調査・
このメールマガジンが発行される日に
私は野外調査のために高知に向かっています。
11日までの4泊5日です。
移動に時間が必要なので、調査は実質、3日間です。
天候が心配ですが、いつも気にしていますが、
こればかりは心配しても詮無きことです。
楽しんで、リフレッシュしてきます。