2015年3月12日木曜日

3_139 マントル対流 2:駆動力

 このシリースでは、プレート運動にかかわるマントル対流に関する最新の研究動向を紹介しています。新しい研究が報告されましたが、いずれも日本の研究者によるものです。そんな研究が現在、ホットな話題になりつつあります。

 1960年代にプレートテクトニクスの考え方が登場してきたとき、従来の考え(地向斜造山運動)を持っていた人たちとの激しい論争が起こりました。地向斜造山運動は、それまで陸域の調査データから構築された大地の営みに関する考え方でした。
 第二次大戦後、海洋域の調査ができるようになりました。国際協力による海洋底の岩石の掘削などもおこなれるようになりました。今までほとんどなかった海域に関するデータが、膨大に付け加わるようになりました。それらがプレートテクトニクスを支持する証拠となり、その結果、地向斜造山運動を支持する人がほとんどいなくなりました。現在では、プレート運動が実測されるようになり、プレートが移動していることは、疑うことのない事実になりました。
 プレートが動いているのは事実だとしても、なぜ動くのかということについては、まだ決着は見ていませんでした。地球内部の熱が外に運ばれる熱運搬のために対流の一環である、という総論は一致していました。
 かつては、海洋プレートの運動は、マントル対流の上昇流の出口である海嶺で海洋プレートが形成され、両側に広がることが、表層のプレート運動における駆動力だと考えられました。
 ところが、実際のマントル物質による対流を考えていくと、対流の上昇部である海嶺、降下部である海嶺の配置が、熱対流を反映した配置になっていないという点が問題となっていました。現在ではこの問題は、プレート表層が冷えることによって対流が生じる、という考えで解決されています。
 地球表層にある海洋プレートは、大気や海洋によって冷やされることにより、密度が大きくなります。冷めた海洋プレートの密度は、プレートの下に位置する流動性をもったアセノスフェアより、わずかですが、大きくなります。その結果、表層の海洋プレートとアセノスフェアに重力的な不安定が生じ、解消するために沈み込みが起こるという考えです。
 この考えは、冷却が対流の原動力だという考え方です。これも地球の熱対流という現象ですが、従来の見方とは違うことになります。熱対流の一番の原因を、従来の地球内部の熱が能動的に外に出ようとする現象ではないというのです。外から冷されるため、内部の熱が受動的に外に運ばれることで対流が起こるという考え方です。熱い地球が冷めていくという見方ではなく、地球が外から冷まされているという見方への転換ともいえます。
 このような見方においては、海洋プレートがマントル対流の重要な役割を果たすことになります。では、そのようなプレート運動において、大陸プレートはどのよう振る舞いをするのでしょうか。大陸プレートはどんなに冷えても、厚くなっても、マントル物質より密度が小さいので、地球表層を移動するだけです。大陸プレートの移動の駆動力も、基本的には海洋プレートの沈み込みによる引っ張りの力によってマントルの上を強制的に移動していくことになります。つまり、大陸プレートは、大陸下のマントルを引きずろうとする力が働き、海洋プレートの運動に抵抗していくことになります。
 これが、これまでの常識的なプレート運動の考え方でした。

・心構え・
校務の出張に出ていました。
この2年間、出張が多かったです。
慣れてしまえば、そんなものかと思えるのですが、
初年度は、忙しさに戸惑いました。
しかし、これは初めてのことばかりなので
心構えが十分できていなかったためでしょう。
また、出張の前後も落ち着かず、
なかなか大変な思いをしました。
2年目はどんな校務があるかの
全体像がわかっているので
心構えができているようで、
肉体的には大変なのですが
気持ちの上では楽でした。
そんな2年の校務でした、
それも3月で終わります。
しかし、またまた大変な校務が続きます。

・想定外・
このエッセイは、この上の文章まで事前に用意していいました。
出張が終わったあと、発行するだけでした。
ところが、全国的な大荒れの天気で、
予定の飛行機が飛ばなくなりなりました。
そのため、陸路で札幌へ向かうことになったのですが、
私だけは青森から函館まで進み、
翌日、函館から札幌に向かうことにしました。
長時間の列車は腰を痛めそうな気がしました。
幸い翌日は校務が入っていなかったので
担当部署の許しを得て、函館に一泊しました。
他の人は6時間以上かかって、
夜遅くに着く列車に乗りました。
しかし、大荒れの天気は今日も続くようなので
無事に帰りつけるかが、心配ですが。