2013年9月19日木曜日

2_117 火星生命 2:パラドクス

 初期の火星は、地球より誕生しやすい条件がありました。地球には生命が現在も多種多様に存在しますが、火星ではまだ発見できいません。これはパラドクスといえます。このパラドクスは、どのようにして解決されるのでしょうか。

 火星に関する重要なニュースは、2013年9月2日付のNature Geoscience(電子版)に掲載されたアドコックたち(C. T. Adcock, E. M. Hausrath & P. M. Forster)の論文で、
Readily available phosphate from minerals in early aqueous environments on Mars
(火星で初期に水のある環境では鉱物からのリンが容易に利用可能)
というものです。
 地球型生命にとって、リンはリン酸として遺伝情報の中心となるDNAやエネルギー源となる成分(ATP)、リン脂質として細胞膜などとして、必要不可欠な元素です。ところが、現在の地球表層には、それほど多くない成分でもあり、生命はその確保には苦労しています。リンは地表にはあまり存在せずに、まれな鉱物として岩石に少しだけ含まれているものです。リンを含む鉱物は、地球では頑丈で、なかなか水には溶けず、限られた少ない資源でもありました。
 ところが火星では、リンが比較的簡単に手に入る環境であったと報告したのが上記の論文だったのです。火星の初期には地球と同じように海や河川があったことが、今まで探査から明らかになっています。また火星からの隕石や、今まで火星探査の成果から、火星表層にあるリンを含む鉱物の推定できます。
 リンを含む鉱物の水への溶解度を、火星の環境を想定した実験で調べた結果が報告されています。その実験によると、火星では、リンの放出速度は地球と比べて45倍も速く、リン酸の濃度も地球より2倍あったと推定されています。
 もしこの実験通りの環境であれば、火星は地球より、生命誕生の場としては、適していたことになります。地球の方が生命誕生の場としては不利であったことになります。なのに、地球には生命があふれ、火星ではまだ確認されていないという事実があります。これは、パラドクスです。
 このパラドクスの答えとして、火星には初期の頃に生命が誕生したが今はいない、あるいは今も生命が水のある付近に潜んでいるというものです。
 フェニックスやオポチュニティがそんな候補地を探しているのですが、今のところ見つかっていません。もっと前の探査から現在までの探査で、火星の表面に生命が簡単に見つかるほどはいないことは確認されています。火星に生命がいるとしても、地下の水のある付近や極地の氷のある付近など、探しにくく、見つけにくいところだと考えられます。今後も探査は続くでしょう。存在の証明はたった1つの証拠でできますが、不在の証明は非常に難しいものです。努力は継続する必要があります。
 もう一つのパラドクスの答えして、火星では当然のように生命は生まれ、その生命が隕石とともに、地球にやってきたと考えることも可能でしょう。火星が過酷な環境になったので、生命は絶滅したか、見つかりにくいところに特別な環境に逃げ込んで細々と生きているのかもしれません。もしこのシナリオなら、私たち地球生命は火星生命の末裔となります。私たちのふるさとは火星になります。人類が火星に興味を持つのは、そんな血のなせることなのかもしれませんね。

・リンのリンク・
以前、私は火成岩の分析していました。
リンは、私の利用していた分析装置では
比較的精度よく測定できる元素でした。
しかし火成岩には量が少ないので、
どうしても測定値の精度があまりよくはありません。
もし精度を上げたとしても、
そのデータをどう利用すればいいのかも
わかっていませんでした。
地球においてリンが、
どのような化学的意味を持つかが
なかなかつかめなかったのです。
地球においてリンがどんな履歴を持ち
どのような挙動をするのかという
地球学的意義が充分解明されていないためでした。
一方、生命では、リンは非常に重要な
元素であることはわかっていました。
生命の誕生には欠かせない元素でありながら、
惑星や岩石のような無機物と生命の間には
リンクが不明でした。
今回のような研究がその溝を埋めていくのでしょう。

・調査・
このエッセイが発行される頃には
私は和歌山の調査に出ています。
エッセイは、予約して発信しています。
16日に北海道を発って、21日まで調査をして帰ります。
23日には大学の講義がはじまりますので
ぎりぎりの日程調整をして調査をしています。
天気が心配ですが、それは詮なきことです。
どんな天気であろうが、
体力の続く限り調査をしてくるつもりです。