2011年12月29日木曜日

6_95 2011年を振り返る

今年は、ニュースや話題も、すべて東日本大震災とそれに起因する人災である福島第一原子力発電所の深刻な事故が、占めているのではないでしょうか。震災から、皆さんはどんな教訓をえたでしょうか。災害に会われた方は、今後も長い戦い続くでしょう。幸い震災を免れた方も、いろいろなかたちで、教訓は残さていくでしょう。今年もそして来年も、それぞれの人が震災をかみしめていく必要があるでしょう。2011年を振り返ります。

 2011年も残りわずかになりました。今回は、今年一年を振りかえろうと思います。
 私事ですが、2011年3月まで愛媛県西予市に滞在していて、4月からは北海道に帰ってきて、大学での通常生活に戻りました。それが、私の身辺では一番のニュースになるはずだったのですが、実際の記憶は違っています。多くの人が、各自の私事以上に、共通の自然災害と人災が、一番の記憶になっているのではないでしょうか。
 2011年は、1月19日の新燃岳(しんもえだけ)の噴火のニュースから始まりました。このニュースも、ずっと遠くの記憶となってしまいました。3月11日14時46分、太平洋三陸沖を震源として発生した東日本大震災。それに続く津波、各地での余震。さらに、福島第一原子力発電所の深刻な事故。震災や事故、放射能汚染に対処する政府の醜態。メディアのおよび腰。東京電力の不正常な運営内容。原子力行政の閉鎖性。震災をきっかけにした、自然災害と人災が、強く記憶に残る年でした。
 地震や津波の自然災害は、かずかずの映像として、国民の前に提示されました。多くの人がショックを受けるような映像が、多数撮影されており、公開されてきました。その衝撃的な映像は、なによりも世界や後世への教訓となることでしょう。
 自然の脅威の前では、人はあまりに弱いことを痛感しました。自然災害を拡大させるのは人災であることも学びました。指導者の力のなさが国民に与える不安も感じました。人の弱さ、人災の怖さを感じました。
 一方、窮地に落ちた時の弱者に対する人の優しさ。人のつながりの強さ。知らない人同士の絆。そんな人間の力強さも感じました。
 自然災害を前の人の無力さ、差し伸べられた人の手の力強さ、人と人のつながりの温かさなど、自然と人の大きさの違い、異質さを感じました。大きな教訓として受け止めるべきでしょう。
 自然災害からの復興は、まだ終わっていず、続いていることも忘れてはいけません。3.11から、人それぞれの行動や考え方として、残すべきでしょう。その教訓によって、今後の生き方が変わることも、多々あるはずです。
 読者の皆様も、いろいろな教訓を学んだ一年となったと思います。私も、その教訓を噛み締めながら、今年一年の終わりを迎えたいと思います。そして、忘れる事のないような工夫をすることにしましました。それは、以下のメモで紹介します。

・予行演習・
12月28日は大学の御用納めの日で午前中で終わりです。
27日で講義は終わったのですが、
私のゼミの4年生は、1月にある発表会の予行演習を
28日の午後からします。
一部の学生は予行の準備のために午前からはじめるそうです。
このエッセイは、28日の午前中に発行しますので、
まだ予行演習はしていなのですが、
9名のゼミ生全員が発表をする予定です。
うまく準備ができていれば、
安心して正月を過ごせるでしょう。
うまくいかなくても、
どこに手を加えればいいのかわかるので、
安心できるでしょう。
発表後、夕方から忘年会となります。
私も今年最後の飲み会となります。

・我が家の教訓・
エッセイで述べたのですが、
我が家の教訓として、
自宅の改修をすることにしました。
9月頃に打ち合わせをして、
当初12月の中頃の予定だったのですが、
年末になってしまいましたが、
なんとか自宅の改修が終わりました。
幸い自宅を立ててくれた馴染みの大工さんが
その改修を受けて下さいました。
6日間もかけて、板からすべて手作りをしていただきました。
腕のいい大工さんなので
安心して任せることができます。
改修の目的は耐震です。
今まで自宅内に、市販の本立てや棚を利用して
本をいろいろなところに収納していました。
3.11の地震を教訓として、
壁と天井にきっちりくっついた棚を
家にあわせて作っていただくことしました。
ついでに作業机もその棚の一部として作って頂きました。
こちらの希望を聞きながら
その場でどのようなものがいいかを相談しながら
作って頂きました。
きっちりと丁寧な仕事をしていただいたので、
満足のできる棚が、5ヶ所のデットスペースにできました。
膨大な収納ができるようになりました。
そして一番の目的である耐震性が増しました。
これで、震災でものが倒れて自宅内で圧死するような
危機はなくなるはずです。
生命はお金では買えません。
ですから、少々出費が大きかったのですが、
3.11に対する我が家の教訓として
棚を見れば地震の危険性を思い出せるようにしました。

2011年12月22日木曜日

2_101 単純な多様性:古い化石 3

34億年前の化石は、最古ではありませんが、かなり古い生物の痕跡には違いありません。どのようなタイプの生物で、どのような環境で生息していたのかという情報は、地球の生物史にとってだけでなく、宇宙全般にまで広げた生命の起源を考える上においても、非常に重要な情報となります。杉谷さんたちの研究が、宇宙生物の雑誌に報告されたのは、そのような意図があったからなのでしょう。

 名古屋大学の杉谷さんたちの古い化石の発見が、2010年に「Astrobiology(宇宙生物)」という科学雑誌に報告されたことを、はじめに紹介しました。ではなぜ、総合科学雑誌や生物学や古生物、地質学などの雑誌でなく、このような一見分野の違うような雑誌に、発表されたのでしょうか。このシリーズの最後に、その意義を考えてみましょう。
 原始の地球には酸素はなく、大量の二酸化炭素と少しの窒素からなる大気がありました。窒素の量は今と変わらなかったはずなのですが、二酸化炭素は今の大気の量の何倍、あるいは何十倍もあり、その分、大気の圧力も高かったはずです。地球の表層は、今はとは、かなり違った環境でした。
 もちろん海水中にも酸素はありませんでした。酸素のない環境で、最初の生物は生まれたことになります。そもそも酸素は、20億年前ころに生物が光合成によって生産したものです。酸素のある環境が今では当たり前になっていますが、20億年前以前は酸素のない環境が「当たり前」なのです。酸素のない環境は、今も少しは残っていて、そこにも生物は暮らしています。酸素を嫌う「嫌気性」と呼ばれる性質をもつような微生物です。
 最古の生物が、嫌気性生物だとしても、どのような温度を好むのか、どのような場所で生活していたのか、どのような代謝システムをもっていたのかなど、いずれも生物の起源を考える上で、非常に重要な情報となります。
 今までの情報からは、34億年前の生物は、当初いわれていたような光合成をするような生物ではなく、深海の熱水噴出孔の嫌気性環境でひっそりと暮らしていたようです。そこでは、硫黄を代謝に用いていたり(杉谷さんたちやワーシーらの研究)、代謝によってメタンを生成していたような生物(上野さんたちの研究)がいたようです。いずれも嫌気性古細菌だと考えられます。
 このような古い化石から得られる生物像は、海という環境さえあれば、案外簡単に生物が発生できそうだということを示しています。
 できたての惑星であれば、天体の内部に熱も多くあり、マグマの活動も活発だったはずです。そのような天体で海さえあれば、熱水噴出孔は、至るところにできたはずです。つまり、どんな天体でも海さえあれば、地球タイプの生物が簡単に発生した可能性を、間接的ですが示しています。このような推定が地球の化石からわかります。
 その成果を、だれに伝えたいのかによって、発表される雑誌は変わってきます。杉谷さんたちは、天文学者や宇宙の生物の研究者に伝えたかったのです。そのモデルの最初の検証の場は、火星が最適でしょう。その一方で、太陽系外に、水惑星が存在するかどうかが、生物の存在に重要な決め手となるです。火星に生物の痕跡や化石みつかれば、他の天体で海の痕跡があれば、そこには生物発生している可能性が大きくなります。
 熱水噴出孔は、ただひとつの生物種だけではなく、何種類からの生物からなる生態系をなしていたはずです。化石で見つかっている以上の、もっと多様の生物がいたことでしょうが、まだ解明されていません。ただし、現在の熱水噴出孔でみられるような賑やかな生態系ではなかったでしょう。多様性はシンプルであったはずです。初期の生物による生態系だからです。また、多様性が少ないのなら、熱水の温度や成分など少し違っていれば隣同士の環境でも、生態系も違っていたかもしれません。熱水噴出孔ごとに違った生態系をもっていたかもしれません。そんなまだ見ぬ世界に思いを馳せてしまいます。

・遅々として・
いよいよ今年も残すところあと少しとなりました。
今年中にすべき課題(原稿)があるのですが、
まだ終わらず、あがいています。
データはそろいつつあるのですが、
大量の画像処理をしなければならず、
なかなかはかどりません。
なんとかシなければならないのですが、
遅々としてすすみません。
努力はしているのですが。
無限の仕事量ではないので、
毎日少しでも進めていけば、
きっと終わるはずです。
それを信じて進めています。

・予行演習・
大学の授業は27日までで
28日の午前中は教職員の御用納めで終わりとなります。
ただし、私の4年生のゼミは
28日の午後に3、4時間かけて
卒業研究の発表会の予行演習をします。
発表会は1月中下旬です。
年末正月を心穏やかに過ごせればという
親心ですが、さて理解していくれているでしょうか。
28日の発表会後、打ち上げの忘年会となります。
いまのところ全員出席の予定ですが、
なにせ年末のことなのでどうなることやら。
風邪をひかなければいいのですが。
ちなみに私は今、風邪気味です。

2011年12月15日木曜日

2_100 嫌気性細菌:古い化石 2

地質学では、同じような地域で、何度も似たテーマで議論が沸き起こることがよくあります。そんな地域は、地質学において、重要な役割があり、潜在的な可能性をもっているため、今後も同じような議論を湧き起こすことになるはずです。今回の古い化石の見つかったピルバラも、そんな重要な地の一つです。非常に広大ですが。

 西オーストラリアのピルバラ地域から発見された約34億年前の化石は、20年来、科学者の間でもいろいろな議論がありました。近年では、化石であることが多くの研究者から認められてきました。その認定のプロセスは、なかなか大変なものでした。
 恐竜の歯や植物の葉などの化石であれば、化石どうかの疑問はでません。形だけで、だれもの化石だと認めてくれます。しかし、最古とか、非常に古い化石では、それが生物かどうかは、いろいろなプロセスを経なければ認定されません。最初の頃(一番最初かどうかは永年に謎です)の生物は、微小で、単純な形態の単細胞生物のはずです。このような化石は、化石らしいものではありません。逆に化石ぽく見えても、化石でない結晶や自然の産物の可能性があります。生物と無生物との区別が、大切になります。以下ではそのような化石の認定について考えていきます。
 化石であると判定するためには、形態、サイズ、サイズのばらつき、そして生化学的化学組成などの客観的データが必要となります。
 形態とは、生物がもっているべき形のことです。未知の形態は、説得材料にはなりません。現世の既知の生物との類似性が必要です。形態は、直感的、視覚的ですので、重要な根拠です。しかし、決め手にはなりません。球状や繊維状などの形態は、無機的に、つまり生物のかかわりなく化学反応としてできることがあるからです。生物も、簡単で単純な形態を持っているのです。研究者は化石らしきものを、見つけようとしているのですから、そのような形態のものが、まずは候補となります。研究者自信も、それなりの先入観をもって化石探しをしています。ですから、第一歩は形態からでもいいのですが、さらなる証拠は不可欠になります。
 形態がもっているサイズも、生物として持ちうる大きさでなければなりません。火星の生物化石の報告は、化石っぽく見える写真で、インパクトがあり、真実味もありました。しかし、DNAが入らないほどの小さいサイズしかないことが、否定的な見解を生みました。生物がもっているべきサイズは、確保されていなければなりません。むやみに大きのも問題ですが。
 サイズのばらつきは、ある一定の範囲でおさまっているべきです。似た形態の化石が多数見つかっているのであれば、そのサイズの統計的ばらつきは、その生物種が持っている一定の大きさに収まるはずです。統計的に大きなばらつきがあるものは、無機的な成因を反映している可能性があります。初期のピルバラの化石の報告でも、このようなサイズが正規分布している状態を根拠の一つとして示されていました。
 生化学的化学組成とは、今では当たり前になりましたが、化石の構成物質から生化学的にデータを発見することです。生物しか作りえない化学成分(バイオマーカーと呼ばれています)を見つければ、化石が生物であったことの重要な根拠になります。しかし、それはそれでなかなか難しい問題もあるのですが。
 以上のような証拠をいろいろ積み重ねて、化石かどうかを判定していきます。 杉谷らやワーシーらの両グループは、電子顕微鏡や化学分析値などを根拠に化石であること主張しています。化石のサイズはわずか10μmほどで、細菌の細胞の形状をしているといいます。鉄と硫黄からなる結晶(黄鉄鉱(pyrite))もあることから、硫黄などを用いて代謝していたと考えられています。
 そして最後に、化石から得られた生物像と地質調査から得られた形成環境が一致しなければなりません。
 ピルバラの化石は、ストロマトライト(最初に提唱された生物像)が形成される浅海ではなく、メタン生成菌(東京工業大学の上野たちが最初に提唱)やイオウ細菌などの嫌気性細菌が生息していた深海底の熱水噴出孔ではないかというものになりました。このような生物像は、地質調査から得られた環境とも一致して、議論は収斂しつつあるようです。

・いよいよ年末・
師走も中旬となり、
世間はクリスマス気分なのでしょうか。
大学では、卒業研究の提出など、
ばたばたしているので、
そのような浮かれ気分はありません。
もちろん、4年生を担当している教員だからでしょうが。
今度の週末に、久しぶりに家族で街に出ます。
私は、先日の忘年会で街にでたのですが、
なんとなく、まだクリスマス気分になれません。
今週提出が終わります。
ただ、1月末に発表会があるので、
12月末に予行演習をおこなう予定です。
それが終われば、私たちは一段落となります。
御用納めのある28日ですが。

・根雪・
北海道は、今年は定期的に積雪があり、
一度に激しいドカ雪は、局地的に有りますが、
広域には今のところありません。
歳ごとに積雪の状態は違います。
12月中旬なのですが、
もう根雪の様相を持っています。
こんな雪景色が、北海道の冬らしくていいです。
ただ、寒いのはつらいですが。

2011年12月8日木曜日

2_99 先取権:古い化石 1

もう師走ですが、今回のシリーズは、今年の夏に流れたニュースからです。本当はもっと前から、その研究の口火は切られていました。研究の先取権とも関わっていますが、新しい発見は名誉なことでありますが、それよりすごいものが見つかると、その名誉もほんの一時のものとなります。あるいは以前のすごい発見に新しい発見を付け加えるとき、どう売り出すか。そんことが背景にある古い化石をめぐる話題です。

 今年の夏に、最い化石が発見されたというニュースがあちこちのメディアに流れました。ニュースを見た方もおられるでしょう。しかし、このニュースは最古の化石の新発見ではなかったのです。最古の化石は、以前にも別の研究者たちが、発表しているものなですが、このたびイギリスの科学雑誌「Nature Geoscience」のオンライン版にニュースが出たので、大きく伝えられることになりました。今回は、その化石をめぐるニュースを紹介しましょう。
 最古の化石探しの舞台に、グラーンランドのイスア周辺の38億年前の堆積岩が、たびたび登場していました。このエッセイでも何度か紹介しました。しかし今のところ、確実に化石だと認定さているものは、まだ発見されていません。
 少し時代は新しくなりますが、西オーストラリアのピルバラ地域も、最古の化石探しの舞台として、何度か重要な役割を演じました。ピルバラ地域には35億年前から29億年前の堆積岩が分布しています。グリーンランドより地の利があるのと、露出がいいので、調査はしやすい地域ではあります。ただし、荒野で岩石砂漠のような地帯なので、過酷な地でもありますが。
 1993年にピルバラの35億年前の地層から、小さな化石の発見の報告がありました。その後の再検討によって、化石の根拠、化石の種別や堆積環境の推定に疑問が起こり、一時はその信憑性が危ぶまれました。しかし、2000年代後半になって、相次いでこの地ので、化石の研究がなされてきました。最も古い化石として、2006年10月23日の科学雑誌「Nature」に、約35億年前のものが報告されました。東京工業大学の上野たちが発見されたもので、深海底の熱水噴出孔で生息するメタン生成菌であることを示されました。
 名古屋大学の杉谷や三村さんたちも調査を継続されてきました。杉谷さんたちは、2007年にはその成果を発表され、その後も研究を継続されてきました。2010年にはアメリカの科学雑誌「Astrobiology(宇宙生物)」で発表され、その重要さから、雑誌の表紙にもなっています。そのような地道な研究の結果、それらが化石であることが、受け入れられるようになりました。35億年前には化石に残るような生物がすでにいたことを、多くの人に認知されつつあります。
 今回のニュースは、西オーストラリア大学のワーシー(Wacey)らとイギリスのオックスフォード大学の研究グループによるものです。化石は、34億2600万から33億5000万年前に浅い海でたまった堆積岩(Strelley Pool層)からみつかたものです。杉谷さんたちが調べた地層と同じものです。ただ、杉谷さんたちは、チャートから化石を見つけました。一方、ワーシーたちは、チャート層より下にある砂岩から化石を見つけています。地質学的には下にある地層の方が古いので、ワーシーたちの化石の方が古い可能性があります。
 両チームの化石の産地は、数10kmも離れたところだそうです。地層の比較から、時代差は5000万年程度あるのではないかと、ワーシーらは見積もっていますが、そこには正確さはありません。ワーシーたちの成果は後発なので、発見した場所と岩石の種類の違いと、なによりも時代がより古いことを強調しています。そして、より権威のある雑誌に掲載されることで、ニュースバリューを持たせることに成功しました。
 どんな化石であったかは、次回、紹介しましょう。

・研究動機・
この地層での化石発見の先取権は
杉谷さんたちにあります。
もちろん地域が違うので別物という見方はできるでしょう。
後発の報告は、より大きな成果を謳わなければなりません。
その一つが、より古いことをより有名な雑誌で、
強調することになったのでしょう。
でも、杉谷さんたちの発見した化石の多様性の方が
多くなっています。
これはより詳細な調査を繰り返してきた証でもあります。
まあ、科学的にはだれが記録したかより
その化石が本物かどうか、
あるいはその化石の数や、多様性のほうが重要です。
しかし、科学は研究者がおこなうものですから、
人の営みには、動機が必要になります。
先取権は大きな動機になります。

・宇宙生物学・
杉谷さんたちの発表の舞台が
宇宙生物学の雑誌であったことは、
なかなか興味深いものです。
なぜなら、最古の化石は、
生命誕生に直結するような証拠となります。
最古の化石の発見された環境が
ある種の惑星でも達成できそうなものであれば、
地球以外でも生命が誕生した可能性を示せます。
ですから、最古の化石は宇宙に関わる研究者も
大きな関心を持っているのです。

2011年12月1日木曜日

5_97 新定義への期待:キログラム 4

今までの質量の定義には、問題がありました。質量の新しい定義を決めることになりました。ところが、その定義の方法は、まだ決まっていません。手順が逆のような気がしますが、これは、人類の英知や将来にかけた決定ともいえます。私たちは、その期待を叶えられるのでしょうか。

 前回も紹介しましたが、質量の定義が、見直されてることが、決まりました。2011年10月21日、フランスでおこなわれたた国際度量衡総会で、その決議がなされました。キログラム原器が、現代の科学技術の精度や扱いにおいて、もはや充分な役割を果たしえないということになったからです。質量の基準に関わる問題は、多くの研究者も知っていました。新しい基準を定義しなおすことが、この度やっと決まりました。しかし、非常に困難な障壁が、そこには待ち構えています。
 質量の定義をどうするかは、実は現在でも、まだ決まっていないのです。現代の技術を持ってしても、質量の定義は、困難なものであることを意味します。
 もちろん、いくつかの方法は提案されています。
 ひとつは、原子を正確に数えていくという方法です。元素としては、ケイ素が候補となります。かつては炭素が候補でしたが、今ではケイ素が候補になっています。ICTにかかわる各種の技術の進歩が背景にあります。ケイ素の純度は高い結晶がつくれるようになっています。ケイ素の原子を、一個ずつ扱える技術もあります。ただし、大量の個数を扱うことになるので、どのように数えるのかが問題となります。そのための技術を開発していくために、日本と米国、英国、ドイツが共同で取り組んでいますが。しかしそこには、競争もあります。
 ある質量数のケイ素(28)をアボガドロ数(6.022 141 29×10^23)、集めれば、1molになります。1molとは、質量数のグラムになります。ケイ素であれば、正確に28gになります。それを質量の基準とする方法です。
 操作中に原子の数が変動しないようにしなければなりません。さらに、アボガドロ数を正確に定義しておく必要があります。モルは、もともと12Cでつくられた定義ですから、そちらを正確にしていく必要があるかもしれません。
 もうひとつの方法は、非常に精密な天秤をつくって、コイルに電流を流した時の磁力と、分銅を釣り合わせるというものです。その過程で、コイルの動き(距離とスピード)と電流と電圧を精密に測り、質量を定義していこうというものです。これは、アンペアを定義するのに用いられテクニックの逆用でもあります。1Aの電流が流れたときの質量を、1kgと定義していこうというものです。
 距離とスピードは長さと時間の測定なので、厳密さを持っています。ところが、電流は質量が用いられている単位となっています。これは、自己矛盾しているようにみえます。まあ、それなりの解決策があると思います。この方法は、即効性はありますが、将来性は少々危うい気がします。
 アインシュタインのE=mc^2という式を用いる方法もあります。ある振動数の光子のエネルギー(E=hν)と等しいエネルギーを持つ物体の質量から、1kgを定義しようとするものです。
 今後、数年かけて決定していく予定となっていて、いろいろな提案がされています。私は、原子を数える方法が、大変ですが、シンプルでいいと思います。まだ、技術も確定されていないものでに定義を委ねています。未来の技術に委ねたことになります。さて今の人類は、その期待を叶えることができるでしょうか。非常に困難な技術だと思いますが、日本の貢献にも期待したいと思います。

・卒論が佳境・
学生の卒論が佳境となりました。
あと10日ほどで提出なります。
連日、だれかの卒論の添削をしています。
やる気の問題で進展ぐわいは違います。
でも、やればやるだけ、内容は前進していきます。
本来ならもっと早く、
自分の置かれている状態を
気づいて欲しいのですが。
人間とは、切羽詰らないと
気付けないのものでしょうね。
できれば、生涯最高の達成感を
味わって欲しいものです。

・師走・
とうとう12月になりました。
本当に1年の経過は早いものです。
昨年は四国にいましたから
師走も例年とは違っていました。
今年はいつもの師走です。
そして、いつものように
私は、時間に追い回されています。
いつになったら、時間を
気にせずに生きていけるのでしょうか。
時間は、正確に定義されていますが、
体感時間は変化します。
せめて気持ちだけは、
ゆったり流れる時間を味わいたいものです。

2011年11月24日木曜日

5_96 単位の定義:キログラム 3

単位は、厳密に定義されていなかれば、現代のような技術は成り立ちません。その単位の中でも、基本単位は非常に重要になります。ところが、7つの基本単位のうち、4つがどうも怪しいようなのですが。すべての原因は質量にあります。

 すべてのはかるべき数値の中で、基本となる単位は、たったの7つだということを前回紹介しました。それを基本単位と呼び、時間、長さ、質量、電流、温度、物質量、光度の7つだと紹介しました。それ以外の計測値の単位は、この7つの単位を組み合わせて、導き出すことができます。そのため、基本単位以外を、組立単位と呼んでいます。
 基本単位をみていくと、問題点があることがわかってきました。それを紹介していく前に、まずは、基本単位の定義をみていきましょう。
 まずは、時間です。単位は、秒(second、s)です。1967年まで、1秒は、地球の公転速度を利用していました。地球が太陽のまわりを、ちょうど一周したときを1年としていました。1年を、365(日)、24(時)、60(分)、60(秒)で割れば、1秒が決められます。ところが、地球の公転周期は正確でなく、ぶれやばらつきがあることがわかってきました。そこで、1967年に1秒の定義は「セシウム(133Cs)の発する放射の91 9263 1770 周期の継続時間」と修正されました。半端な値になっているのは、それまで使っていた1秒に合わせるためです。
 この定義は、正確で、地球以外でも適用できます。現在でも、10桁の有効数字がありますが、必要とあれば、小数点以下にゼロをつけていけば、いくらでも正確な定義とできます。非常にいい定義だといえます。
 次は、長さで、単位はメートル(meter、m)です。かつて、1mは、地球の北極から赤道までの長さ(子午線)の1000万分の1(1×10^-7)とされていました。19世後半ごろから、北極から赤道までの子午線が一定ではないことがわかってきました。1889年には、光速を利用して、1mは「光が真空中で1/(2 9979 2458) sec の間に進む距離」と決められました。半端な数値は、昔使っていた定義にあわせるためです。長さも、地球以外でも正確に再現できる非常に有用な定義となっています。
 温度はケルビン(Kelvin、K)で、1Kは「水の三重点における熱力学的温度の 1/273.16」と定義され、非常に普遍的なものとなっています。
 問題は質量です。単位は、キログラム(kilogram、kg)です。かつて、1kgは「1気圧最大密度の温度における水1000cm^3の質量」とされていました。厳密に再現するのは非常に困難な作業です。さらに問題は、密度と気圧の決定には、質量が含まれているので、論理的も矛盾をきたしていることです。
 そこで、1889年に、上の定義に正確に一致しているに国際キログラム原器を作成して、その質量を1kgの基準としました。国際キログラム原器は、直径も高さも4cmほどの円柱の白金とイリジウム(9:1の比率)の合金でできています。日本の質量の基準は、国際キログラム原器と同時につくられた日本国キログラム原器となっています。
 国際キログラム原器を、後に厳密に測定したところ、定義と原器に違いがあることがわかりました。また、質量は、原器がないと正確な値を得ることができないという問題もありました。
 物質量はモル(mole、mol)で、1molは「0.012kgの12Cに含まれる原子の等しい数(アボガドロ数、6.022045×10^23)の構成要素を含む系の物質量」と定義されています。この定義には、質量が用いられています。
 電流はアンペア(ampere、A)で、1Aは「真空中に1mの間隔で平行におかれた無限に小さい円形断面を持つ無限に長い2本の直線状導体のそれぞれを流れ、これらの導体の長さ1mごとに2×10^-7Nの力をおよぼし合う一定の電流」と定義されていますが、力の単位(ニュートン、kg・m/s^2)では質量を用いています。
 光度はカンデラ(candela、cd)で、1cdは「周波数540×10^12Hzの単色放射を放出し所定の方向の放射強度が1/683W・srである光源のその方向における光度」と定義されていますが、放射強度の単位は仕事率(ワット、kg・m^2/s^3)がつかわれ、質量が用いられています。
 つまり、質量が原器に依存している限り、他の3つの基本単位も正確にできないという問題があります。これを、改善するというニュースが流れてきました。その話題を次回紹介しましょう。

・返事・
今回のエッセイを読んで、
地震防災や地盤調査をされているTAKさんからメールを頂きました。
そのメールに対して、私は以下のような返事を書きました。
「地質学の野外調査では、それほど難しい計測をすることなく、
単位系変更で混乱もあまり感じませんでした。
ところが、新しい分野の勉強をはじめると
聞き慣れない単位は、とっつきにくく感じました。
高校の物理の教科書で質問に来る学生がいるのですが、
そのとき単位系の違いを感じさせられることがあります。
単位の混乱、そしてその背景にある精度保証など、
研究者の混乱が伝わることなく、
数値だけが独り歩きすることがよくあります。
マグニチュードの数値と桁数の意味も理解しづらいものでしょう。
今回の一連のエッセイは、最終的に国際キログラム原器の
廃止のニュースへと導く予定です。
ベクレルやシーベルトも、初期のニュースでは
いろいろ工夫されて報道されていましたが、
「喉元すぎれば」で、最近はあまり注意を払っていないように感じます。
ベクレルもその大きさに最初は戸惑いを感じましたが、
今では聞きなれたものとなりました。
市民全体がその単位を理解し受け入れた結果ではなく、
頻繁に耳にするため、煩わしいから、もう細かい説明は抜きで
数値だけが述べられているのでしょう。
メディアの責任もあるのでしょうが、
国民のリテラシーの問題も背景にあるのではなかと思っています。
つまりは教育の問題です。
学生をみていても、考える力、考える姿勢が足りない
あるいは考えることを簡単に放棄する学生が多いように思います」
最後は、愚痴っぽくなりましたが、
教育が行き届いた日本でこの状態ですから、
事件や事故あったとき、
その説明を、他の国ではどうしているでしょうか。
政府に信頼や指導力があれば、政府を信じればいいのですが、
政府に信頼度がないとき、
国民は自分のリテラシーで対処するしかないのでしょう。
それが今の日本では充分でない気がします。
そのようは国が先進国といっていいのでしょうか。
またまた愚痴っぽくなりました。

・母の来道・
先日、北海道も大荒れで、かなりの雪になりました。
幸い私の地域は積雪は数cmほどで大したことがありませんでした。
時期的にも根雪には早いので
天気さえよければ融けるのでしょう。
いよいよ北海道の冬も本番となりました。
この時期に、母を京都から呼びました。
次男の小学校の学芸会があったので、
それにあわせて呼びました。
毎年少なくとも一度は呼んでいるのですが、
昨年は私が単身赴任だったので、
北海道には呼びませんでした。
今年は次男の学芸会にあわせて呼びました。
長男の中学校も開放日があったので、
見学に連れていきました。
私は、怪我をした次男と自宅で留守番をしていたのですが。
1週間の滞在予定ですので、
久しぶりに母とゆっくりと話しました。

2011年11月17日木曜日

5_95 基本単位:キログラム 2

属性を測定して示すために必要最小限の基本的な単位(基本単位)は、たったの7つです。この7つの単位があれば、他の単位(組立単位)がすべて表現できます。この基本単位が、20年ほどの前に変更されました。

 前回、指数と有効数字を利用すれば、どんな大きな数値、どんな小さな数値でも、簡便にそして正確に示すことができることを紹介ました。これで、一つの属性はひとつの単位で示すことができることになります。しかし、属性はいっぱいあります。はかるべき属性は、少ないほうがいいはずです。必要不可欠な属性とはどのようなものでしょうか。つまり、はかるべき属性の単位は、あったいいくつあればいいのでしょうか。
 速さには、時速○km(km/時)や秒速○m(m/秒)、光年などがあること、密度でもg/cm^3、kg/m^3など表し方があることを示しました。単位を統一すれば、速さはm/秒、密度はkg/m^3としたしましょう。
 さて、よく見ると、速さは、時間と長さから導かれています。密度は、質量と体積から、体積は長さから導かれます。つまり、速さと密度を表すには、時間、長さ、そして質量の3つの単位があればいいことになります。2つの属性ですから、はかるべき属性が増えてたようにみえますが、このような整理を多くの属性に対しておこなっていけば、多数の単位があっても、より少ない単位で表現することが可能なはずです。
 いろいろな単位のうちで、基本となるべき単位のことを、基本単位と呼んでいます。速さと密度では、時間、長さ、質量が必要な単位でしたが、これらは基本単位となっています。速さのm/秒や密度のkg/^3は、基本単位を組み合わせることで生み出すことができます。このような単位を組立単位と呼びます。
 組み立て単位は、属性の数だけあるはずです。では、基本単位はいったいくつあるのでしょうか。すでに、先人が考えています。7つ基本単位があればいいことがわかっています。その単位は、基本単位は、時間、長さ、質量、電流、温度、物質量、光度です。本当にこんなに少なくていいのかと思えるほどの少ななさです。
 質量をgにするかkgにするか、長さをmするかcmにするかなどの選択によって、物理的な定数が変わってきます。その組み合わせによってMKSA(m、kg、sec、A)系やCGSA(cm、g、sec、A)系などがありす。1960年の国際度量衝総会で、MKSA系を拡大したSI系に変更されました。そして今では聞きなれた力のN(ニュートン)や気圧のPa(パスカル)が導入されました。日本でも1990年代からその導入がおこなれ、現在に至っています。私が学生の頃は、CGSA系の単位で物理がや科学を習いました。しかし、その後新しい単位系に移行しましたので、馴染むのに時間がかかりました。
 では、7つの基本単位とは、どのようにして定義されているのでしょうか。次回紹介します。

・移行・
単位系がCGSA系からSI系に変わっても、
物理や科学の基本は変わりません。
しかし、定数の数値は変わります。
どの単位を簡単に表現できるかによって
単位系の個性が現れます。
日本では1990年代からSIへの移行が進みました。
小学校では1992年、中学校では1993年、
高等学校では1994年から導入されました。
今の学生は、気圧のバール(bar)や
力のkgfなどという単位は知らないのでしょう。
これも時代の流れなのでしょうね。

・雪・
先日、北海道各地で平野部での積雪がニュースになりました。
確かにここ数日寒かったですが、
わが町でも、15日、16日と連続的に夜半に雪になり、
明け方まで雪が残っていました。
いよいよ寒くなってきました。
我が家の車も冬タイヤにかわりました。
暖かい秋を味わいましたが、
長い北海道の冬の到来です。

2011年11月10日木曜日

5_94 指数と有効数字:キログラム 1

 何かの物事を調べたい時、科学的なアプローチとして、実験、観察によっていろいろな性質を計測していくことがよくあります。そのとき、物事の属性によって、はかるべき装置や測り方はいろいろです。いったい私たち人類は、どれくらいのものをはかってきたのでしょうか。そして、究極の属性とは、何を調べればいいのでしょうか。その答えは単位に隠されています。

 物事の属性は、多様です。属性を定量的に示す方法として、科学では計測をしていきます。時間、長さ、重さ、温度、電流、抵抗、などなど。はかれる属性はいろいろありますが、いったん数値化できれば、比較や計算など、いろいろな操作でき、法則を導き出すことも可能です。数値化は属性の表現として非常に有効で、多用されています。
 小・中学校の理科の実験や観察、高校大学の物理や化学でならった式や定数で、いろいろな単位に出会った記憶があります。その単位こそ、計測可能な属性の本質かもしれません。
 計測できる属性とは、いったどれくらいあるのでしょうか。ちょっと考えただけでも、いっぱいありそうです。例えば、速さでも、時速○km(km/時)や秒速○m(m/秒)、光年など、密度でもg/cm^3、kg/m3など、いろいろな単位を見かけます。この世にはいろいろな物質や現象があるので、それらをはかろうとすれば、多数の単位が必要になるのは、仕方ないことでしょう。
 ところが、同じ属性、例えば速さなら、単位がいろいろあっても、単位ごとの換算は可能です。速さという属性は、さまざまな単位が使われていますが、それは便宜上のことで、必要とあらば、ひとつの単位であわらすことができるということです。
 もちろん一つの単位にすると、大きな数や小さな数は、やたら後ろにゼロがいっぱいついたり、小数点のゼロがいっぱい前にあったりします。大きな数値、小さな数値が、表現しにくくなります。しかし、指数を使えば、どんな大きな数値も非常に小さな数値も、同じ単位で簡単に表現することが可能になります。10の○乗(このエッセイでは10^2と表記します)という表現手法です。1000なら10^3、0.01なら10^-2などと書く数学的な約束事を利用するのです。数学的表現ですが、大きな値のゼロや、小さな値の小数点以下のゼロを、簡略化して表現できます。指数を使えば、単位は一つで済ませることができます。
 1gと1.00gは違った意味を持ちます。計測値は、表されている数の次の桁を四捨五入したものです。1gとは0.5gから1.4gの値のことです。1.00gとは、0.95gから1.04gのことです。同じ1gと1.00gでも、その値の意味するところは違っています。このような数字の桁数に意味があるものを、有効数字といいます。つまり、どこまで正確を示す方法でもあります。
 1gは小数点1桁目を四捨五入したもので、1.00gは小数点3桁目を四捨五入したものという意味です。この有効数字の表現方法を用いれば、どこで四捨五入されたものか、どこまで信頼できる数値なのかがわかります。
 指数と有効数字を利用すれば、どんな大きな数値、どんな小さな数値でも、簡便にそして正確に示すことができます。一つの属性はひとつの単位で示すことができます。しかし、属性はいっぱいあります。はかる属性は、少ないほうがいいでしょう。次回は、必要最小限の属性を考えていきましょう。

・ニュース・
10月下旬、質量の基準となっている国際キログラム原器が
数年後に廃止になるというニュースが流れました。
記事をお読みになった方もおられると思います。
私は、「とうとう来たか」という思いと
「いったにどういう基準にするのか」という思いがありました。
そんな思いからこのエッセイを書きました。
まだ、基準は未定ですが、技術が進んでいるので、
よりよいものになることを見守っていきたいと思っています。

・落ち葉・
今年の冬は少々遅れているようです。
北海道も秋のはじまりは冷え込みありましたが、
穏やかや暖かい秋となっています。
お陰で、落ち葉が完全に紅葉して
木々から落ちて行くのを見ました。
たいていは雪や木枯らしでふき飛ばされるのですが、
今年は天寿を全うした落ち葉となりました。
先日、森を抜けて帰宅したら、
からからした落ち葉が積もっていました。
しかし、ここ数日の小雨でしっとり濡れたでしょうが。

2011年11月3日木曜日

3_103 内在:超大陸 5

 物事を説明する理論に合わないものが出てきた時、前の理論の修正で済むもの、全く一新すべきもの、あるいはより大きな枠組みの理論として新しくなるもの、いろいろな対処法があります。それは選ぶものではなく、結果としてそうなってしまうものです。テクトニクスでは、プレートからプルームへと変わりましたが、プレートを内在するプルームの理論になりました。

 一番最後にできた超大陸はパンゲアです。パンゲアの前の超大陸ロディニアが分裂して、ゴンドワナ大陸を分離し、超大陸の名残のロディニア大陸となります。その間には海が形成されます。ウイルソン・サイクルに従えば、できたての海ですから、拡大を続けていき、やがては大きな海になるはずです。しかしなぜか、海の拡大は継続せず、再び閉じてパンゲア超大陸ができていきました。不思議な現象です。
 パンゲア超大陸形成の謎に対して、カナダのJ. B. マーフィ博士たちは、2008年、スーパープルームの上昇によって、大陸が押されて集まったという説を提唱しました。
 スーパープルームとは、マントルの底(核とマントルの境界部)にあった暖かいマントル物質が上昇してくる巨大な上昇流のことです。スーパープルームは、コールドプルームが落下することによって形成されます。
 コールドプルームとは、次のようなメカニズムで形成されます。
 海溝に沈み込んだ海洋プレートは、そのままどこまでも沈み込むのではなく、マントルの中ほどに留まります。それは海洋プレートの密度とまわりのマンとの密度が釣り合うところがあり、そこまでしたもぐり込めないからです。沈み込んだ海洋プレートは、まわりのマントル物質と比べて冷たいため、その存在は地震波で確認されています。
 ある程度時間がたつと、沈み込んだ海洋プレートの岩石は温まり、より密度の大きな鉱物に変わって(相転移といいます)いきます。相転移が進みにつれて、沈み込んだ海洋プレート全体の密度が大きくなり、ある時まわりのマントル物質より重くなり、落下がはじまります。この落下する海洋プレートの塊を、コールドプルームと呼びます。コールドプルームは、まわりのマントルよりはまだ温度が低いので、その存在も地震波で確認されています。
 コールドプルームがマントルの底に向かって落下すると、大きな物質が地球内部に入り込むことになります。物質量の収支を合わすために、コールドプルームに見合った量のマントル物質がマントルの底から上昇しなけれればなりません。上昇しやすいのは、一番密度の小さいマントル物質、つまり一番暖かいマントル物質が上昇してきます。これが、暖かいスーパープルームとなります。
 コールドプルームが形成されるのは、超大陸の周辺となります。なぜなら、超大陸のまわりには、巨大な海洋があり、海洋プレートの大部分は、超大陸のまわりで沈み込むことになります。ですから、コールドプルームは、超大陸の下に形成されます。そして、超大陸の下は、マントルの熱をしばらく放出していないところでもあるので、スーパープルームの上昇してきやすい場所でもあります。超大陸は、やがてスーパープルームによって分裂する必然性を内在しているのです。パンゲア超大陸の分裂も、スーパープルームの上昇があったことを示す証拠があります。
 ところが、ロディニア超大陸は、大陸の分裂を起こしながらも、古くからあった大きな海洋にもスーパープルームが形成され、その力によって再び合体するということが起こったという考えが示されました。
 超大陸形成後のプレートの運動は、ウイルソン・サイクルに従いながらも、プルームにも支配を受けることになります。あり得ることです。そもそも、ウイルソン・サイクルは、上部マントルでのマントル対流に基づく理論でした。プルームの運動は、マントル全体を一層の対流とみなされる運動となっています。現在では、2種類のプルームの運動を組み入れたプルームテクトニクスという考えによって、地球内部の運動は説明されるようになってきました。その中にはプレートテクトニクスが取り込まれています。
 規則を破るような例外があると、理論は修正を迫られます。その時、全く新しい理論に変われば、一種のパラダイム転換といえます。今回のように、修正がより大きな理論へと変貌するのは、パラダイム転換とは少々違います。なんと呼ぶべきはわかりません。
 地球科学は、今でもプルームテクトニクスが大枠の理論となり、詳細はプレートテクトニクスで説明するという研究方法になっています。

・冬間近・
いよいよ11月。
北海道の10月は上旬が少々寒かったのですが、
下旬は以外に暖かく、
過ごしやすい日々が続きました。
11月になっても暖かい日が続いています。
でも、さすがに11月ともなる
冷え込む日がでてきます。
雪もそろそろ降りそうです。
北国の長い冬の到来も間近です。

・異例の特集号・
今回紹介したプルームテクトニクスは、
このエッセイでも何度か紹介していますが、
1990年代にすでに登場していました。
日本の研究成果が重要な役割を果たし、
日本の研究者たちのアイディアによって生まれました。
1994年には地質学雑誌で異例の特集号が組まれ
世界にプルームテクトニクス誕生を高らかに宣言をしました。
記念すべき出来事でした。
その後、緻密なデータを集めたり、
細かな地域現象をプルームテクトニクスで
検証するというものです。
今回紹介した論文は、
プレートテクトニクスの重要な構成要素の
ウイルソン・サイクルの変則性を示す例でした。
変則性は論理の破綻を招くのではなく、
より大きな枠組であれば、
その変則が例外ではなく、
あり得ることとして説明できます。
これが進歩というものなのでしょう。

2011年10月27日木曜日

3_102 逸脱:超大陸 4

 超大陸は、地球史上、何度か形成されていたことがわかってきました。プレート運動は、ウイルソン・サイクルという一般則で説明されています。もちろん、超大陸の形成もウイルソン・サイクルで説明可能です。一番最近のパンゲア超大陸も、ウイルソン・サイクルでできたはずなのですが・・・・・

 超大陸の形成は、過去に何度かあったと考えられています。いくつかの超大陸があったという報告があります。ただし、時代が遡るほど、その詳細は不確かになります。
 復元されている超大陸で一番古いものとして、19億年前のヌーナ(Neuna、あるいはローレンシアLaurentiaとも呼ばれています)超大陸があります。ヌーナ超大陸は、多くの研究者が存在したのではないかと信じています。ヌーナは、最古の超大陸ではなく、もっと古い超大陸が存在していたと考えている研究者もいますが、定かではありません。超大陸の証拠は、古くなるほど不確かになってくるので、信じるかどうか心情的な判断も生じます。
 ヌーナ以降の超大陸をみていくと、約15億年前の超大陸(あったかどうか不明)、約10億から7億年前のロディニア(Rodinia)、約6億年前の超大陸(あったかどうか不明)、そして一番最近の2億5000万年前のパンゲア超大陸となります。
 超大陸があったどうかを述べることは簡単ですが、実際に復元をおこなうのは、簡単ではありません。復元の背景には、地質調査、化石の同定、地層の解析、岩石の年代測定、化学分析など、広域、長期間、膨大なデータの蓄積が必要です。すべてのデータを一人の研究者が出すことなど、とうていできない作業です。超大陸の復元は、多くの地質学者が長年かけて築きあげてきた知的成果の上に、成り立つものです。もちろん、超大陸を提唱するには、膨大な文献を集めてまとめるという大きな労力も必要です。
 さて、パンゲア超大陸の存在は、多くの地質学者が認めているものですが、その形成過程には、不明な点もあります。そのひとつは、なぜ集まったのかということです。
 大陸間の海洋プレートが沈み込むことによって、大陸が衝突します。いくつもの衝突が起こり、超大陸ができます。大陸が集まる以前には、間に海洋プレートがあったことになります。大きな海洋プレートは、長期間海底にあったため、充分冷えて重くなり、簡単に沈む込めます。海洋プレートと大陸プレートの性質やその違いに着目して、プレート運動を一般化したものを、ウイルソン・サイクルと呼んでいます。ウイルソン・サイクルでもあります。
 パンゲア超大陸の前には、ロディニア大陸(前の超大陸の名残)とゴンドワナ大陸(ロディニア超大陸から分裂したもの)があり、その両者の間には、できたての海洋がありました。いまの大西洋を思い浮かべるとわかりやすいと思います。パンゲア超大陸は、できてすぐの海洋プレートが沈み込んでいったことになります。これは、プレートテクトニクスの基本原理であるウイルソン・サイクルに反します。少々不思議な作用が起こったことになります。
 一番最近の超大陸、多くの研究者が存在を認めているパンゲアの形成に、どうも謎がありそうです。その謎を説明するアイディアもありますが、次回としましょう。その説は、ウイルソン・サイクルに再考を促すことになるかもしれません。

・巨人の肩の上に立つ・
超大陸の復元には、先人の成果を
大量に利用することになります。
先人の成果の上に新しい科学が進んでいくという構図は、
地質学だけでなく、すべて科学がもっているものです。
科学、あるいは文明、文化の典型的発展方法ともいえます。
こお構図を「巨人の肩の上に立つ」
(Standing on the shoulders of giants)
と呼ばれることがあります。
Google Scholarでもこの言葉が示されているため、
眼にしている方も多いと思います。
12世紀のフランスの哲学者である
ベルナール・シャルトル(Bernard Chartres)
の言葉とされています。
このエッセイも「巨人の肩の上に立つ」ことで成り立っています。
先人に感謝です。

・時間に追われて・
秋も深まって来ました。
今のところが冷え込むこともあまりないので
過ごしやすい日々が続いています。
でも、深まる秋を味わう余裕がありません。
先週は出張や校務、科研費の〆切などが
たてつづけにあり、少々疲れましたが、
今週からは定常的な仕事の戻ります。
次には、論文の報告書、本の原稿の〆切がきます。
定常的な講義や校務をこなしているのに
なぜが、時間に追われています。
こればかりは、先人も悩んだのではないでしょうか。

2011年10月20日木曜日

3_101 系譜:超大陸 3

 現在の大陸の配置は、ばらばらで、超大陸は存在しません。過去の超大陸の存在は、ジグソーパズルのピースを読み取り復元するような労力が必要になります。それは先陣の努力の結果を利用することにほかなりません。

 前回、超大陸がいつ、どこに存在したのか、そもそも超大陸などというものが、本当に存在したのか、という疑問を提示しました。その疑問に答えるためには、過去の大陸配置をどう復元すればいいかを示すことが必要でしょう。
 プレートテクトニクスが、その答えを与えてくれます。プレートテクトニクスは、地表の地質現象をおこすメカニズムを、海洋プレートと大陸プレートが移動することで説明するものです。現在のプレートの運動は、方向も速度も実測されています。それを遡れば、過去の配置が復元できます。
 現在のプレート運動は、現在の海嶺でのプレートの生産と、海溝での消費、あるいは大陸同士の衝突などの復元は、数学的にもかなり厳密にできます。古くなるほどその精度は格段に悪くなります。現在のプレート運動が適用できるのは、現在の海嶺-海溝系が存在していた期間で、せいぜい1、2億年で、それ以前のプレート運動は不確かになります。さらに復元を難しくするのは、古い海洋プレートが海溝でマントルに沈み込んでおり、もはや存在せず海洋プレートの記録が消えてしまっているためです。
 一方、大陸プレートの記憶は、大陸地殻中に保存されています。幸いなことに、大陸地殻の中には、海洋プレートの破片や、海洋プレートの状態の情報を残す岩石があります。例えば、沈み込み帯で形成される変成岩(高圧変成岩や高温変成岩など)や火山岩(島弧の火山活動によるもの)、あるいは、海溝付近で形成される堆積岩(付加体の岩石やタービダイト)などがあります。そのような過去のプレートの断片的なピースを読み取って、古い時代を復元していきます。
 断片的なピースですから、古い時代のプレート運動を厳密に復元することは不可能です。大陸の配置や位置の概略は、なんとか復元できます。大陸の位置では、化石や堆積物の特徴から、熱帯や寒帯、湿地や氷河の様子、地球全体の寒暖の状態などの復元が可能です。
 大陸の配置では、現在はひとつになっている大陸でも、いくつかの素性の違った大陸が合体していることを復元することも可能です。例えば、まったく形成時代(A時代、B時代としましょう)が別の岩石種(A時代では暖かい地域、B時代は寒い地域でできた岩石)の違う大陸の岩石が、より新しい時代(C時代)の付加体の堆積物を挟んで接していたとしたら、次のような歴史が考えられます。まず、A時代にある大陸が暖かい地域で形成されます。次にまったく違ったB時代に寒帯で別の大陸が形成されます。それらの大陸がプレートの移動によって、C時代に衝突して合体します。このような履歴が、大陸の中のピースを解読することで復元できます。実際にはもっと複雑な履歴でしょうが。
 上の2つの例の大陸自身も、もっと古いものが寄せ集まってからできているかもしれません。その復元の背景には、膨大な作業と労力が投入されています。しかし、原理としては上述の復元を時代ごとに、大陸のピースからできれば、大陸の配置が復元できます。
 このような復元の結果、かつていくつかの時代で超大陸が存在したことがわかってきました。そして、一番新しい時代の超大陸は、パンゲア(Pangea)と呼ばれるものです。パンゲアは、古生代ペルム紀の終わり(2億5000万年前ごろ)、以前にあったいくつかの大陸(ローレンシア、バルティカ、シベリアなど)の衝突合体によって形成されたものです。この超大陸は、中生代三畳紀(2億年前ごろ)に、再び分裂をはじめました。これが、現在の大陸の配置につながっています。
 パンゲア超大陸以前には、どのようなものがあったのでしょうか。それは次回としましょう。

・出張・
水曜日から木曜日には、
出張で青森で出かけています。
木曜日朝に教育実習の授業があるので、
青森で1泊しなければなりません。
陸路でもなんとか行けるのでしょうが、
幸い千歳から飛行機を利用することが
大学で許されています。
体力的には楽できますが、
多くの移動時間が必要になります。
札幌-青森も遠いのですが、
道内でも網走や釧路、稚内もかなり遠くなりますが
陸路の移動になります。
そんな時は、北海道の広さを体感させられます。

・予防接種・
ここしばらく、天候が
めまぐるしく変わります。
夕立の様な激しい風雨があったかと思うと
すぐに青空が広がったりします。
室内では上着もいらないほど暖かったり、
あるいはストーブを焚くほど寒かったりします。
体調を崩しそうです。
インフルエンが怖いので
予防接種を早めにしました。

2011年10月13日木曜日

3_100 影響:超大陸 2

(2011.10.13)
 超大陸が形成されると、何が起こるのでしょうか。海洋や大気で、環境変化が起こると考えられます。それは、急激な変化ではありませんが、ゆっくりとした変化になるはずです。大陸が分裂している時にはない、超大陸だから起こる変化になりそうです。

 プレートテクトニクスで移動してきた大陸プレートが、たまたま集合したら、大陸が集まった地域ができることもあるかもしれません。ほとんどの大陸が一箇所に集まったものを、超大陸と呼んでいます。どの程度が「ほとんど」かは厳密ではありませんが、8割以上集まった状態を超大陸としようとされています。
 では、超大陸が形成されると、地質学的に何が起こるのでしょうか。大局的に見た時、海と陸の配置が非常に単調になっています。一つの大きな海洋と一つの大陸という状態です。この状態になると、分裂した大陸が存在するときにはない条件が生じます。何が起こるでしょうか。
 海がつながって一つになっていると、ある時、ある地域で起きた海の変化が、全域へ波及する可能性があります。例えば、寒冷化で海が凍りだすとき(季節変化ではなく長期の氷河期のような大規模なもの)、氷結する海域が一気に暖かい海域まで拡大する可能性があります。つまり、寒冷化が起こると、海がすべて凍ってしまうような氷河期に突入してしまうかもしれません。
 巨大な大陸があると、内陸から海までの距離が長くなり、大河が多数形成されることになります。大河の下流域には、広大な氾濫原からなら平野が形成されます。浅海や陸域で堆積物が大量に形成されることになります。大河はゆっくりと陸地を流れるので、陸地を構成している岩石の成分が、短い川より溶けやすくなります。そのような成分として塩類があります。もし塩分が、陸から海に大量に流れこむと、海水の塩分濃度が増加することも起こるでしょう。陸上に植物があれば、堆積物とともに、大量の有機物も堆積して、大気中の二酸化炭素が固体として抜かれることが起こります。
 マントル対流は地球の熱の放出によるメカニズムですが、熱の出口は海洋の海嶺が主となります。超大陸が存在すると、大陸の下のマントルの熱は長期間、放出されることなく、大陸下に蓄積されることになります。やがてはその熱が何らかのきっかけで一気に放出されることになります。それは、超大陸を分裂する活動となり、巨大な陸域の分裂ですから、大規模な火山活動を伴うと予想されます。
 超大陸があると、大陸が分散しているときにはみられないような変化が、急激ではありませんが、ゆっくりと大気や海洋の環境を変えてしまうことが起こる可能性があります。長期にわたる変化でありますが、地球の歴史においては、記録に残るほどの異変となる可能性があります。超大陸がいつ、どこに存在したかは、地球史において重要となります。
 超大陸の存在で、本当に上で述べたようなことが起こったのでしょう。そもそも超大陸などというものが、本当に存在したのでしょうか。過去の超大陸を復元するにはどうすればいいでしょうか。いろいろな疑問が湧いてきますが、それは次回としましょう。

・Steve Jobs氏の死・
Steve Jobs氏の死去の報を、6日に知りました。
2011年10月5日に亡くなったそうです。
前回のメールマガジンは、すでに発行していました。
Jobsがなくなって、1週間ほどたちます。
日本ではauからiPhoneの販売日と価格が公表されました。
Appleのビジネスは続くのですが、Jobs氏はもういません。
追悼の意を込めて、私のAppleやMacへの思い出を書きます。
かつて、私は、AppleやMacの信者でした。
ただし、Macは高価なので、
給料をもらうようになってからMacを使いはじめました。
AppleやMacの存在は、学生時代から知っていて、
魅力を感じ、あこがれを抱いていました。
購入したかったのですが、
学生の身分には高すぎて手が出でませんでした。
Macは憧れの存在でもありました
私自身は、大学院の時代からコンピュータを使用し、
所有もしていました。
それはDosマシーンでした。
就職して最初に購入したのがMac SE30でした。
高かったです。
その後、ソフトもそろえ、その素晴らしさに心酔していきました。
Macのソフトを更新しながら、本体も買い換えてきました。
私の周りも、私につられて、そして共同作業をするために、
Macを使う人も増えてきました。
博物館の業務でも印刷原稿をデジタル入稿していました。
印刷屋さんが使っていたシステムも
Macだったので都合が良かったのです。
ところがある時期、研究で使っていたMicrosoftのアプリケーションが
Windowsではバージョンアップしているのに
Macでは古いバージョンのままの時期がありました。
歯がゆく思っていたのですが、
同じ頃、Macでしが動かなっかたFreehandというドロー系ソフトも
Windowsに移行しました。
またPagemakerもWindow版が出まし。
このような状況の変化によって、
Macにこだわる理由がなくなりました。
選択肢が多く、価格も多様なWindowsに私は移行しました。
その後、MacあるいはAppleの製品にはしばらく魅力を感じませんでした。
Jobs氏がいなかった時期でした。
Jobs氏がAppleに帰ってきてから、輝きだしました。
私は、Windowsを使いながらも
iTunesを導入し、そしてiPodの購入をしました。
コンピュータはwindowsのままでしたが、
Appleが私の身の周りに再来しました。
現在も、我が家で初代のiPodは動いています。
バッテリーはだめになっていますが、
ダイニングに音楽を供給しています。
家内も長男もiPodを購入し使っています。
でも、iPhoneには魅力を感じませんでした。
なぜなら私は、携帯電話をあまり使用しないからです。
研究室でも自宅でも、ネットは高速回線を利用しています。
携帯電話は最低限の連絡用となっています。
でも、iPadには魅力を感じ、発売前に予約し購入しました。
現在、自宅のWiFiでネット接続の端末になっています。
子供たちも使っています。
コンピュータも、Windowsばかりなのに、
現在、Apple製品としては、
iPadとiPod(家族用3台、私自身はSonyのWalkman)があります。
私は、Windowsでしか動かないソフトをいくつか使っているので、
Macには移行はできません。
Macには魅力的なソフトがいくつもあり、
購入したい気も時々起きるのですが、
なかなか踏み切れません。
Jobs氏亡き後、再度Appleの製品を使ってみたい気もしています。
Appleには機械以上のなにかがありました。
それが魅力でした、
その魅力は、Jobs氏が生み出したものです。
なんにするかは、決まりませんが。
冥福をお祈りします。

・秋深し・
北海道は、秋が足早に深まって来ました。
朝夕は、結構冷え込みます。
曇りの日には寒々として、
冬の到来を予感させます。
快晴の青空は、いつにも増して澄み渡り、
清々しさが深まります。
北海道の秋は真っ盛りです。

2011年10月6日木曜日

3_99 大陸の成長:超大陸 1

 大陸はプレートによって形成され、移動し、変化していきます。そんな大陸の歴史の中で、たまたまほとんど大陸が一箇所の集まることことがあります。このような状態の大陸を超大陸と呼んでいます。今回は超大陸のシリーズです。

 プレートテクトニクスという考え方によって、大地の営み、そして生い立ちが説明されています。プレートテクトニクスとは、地球の表層が10数枚のプレートによって覆われていて、それらのプレートの運度によって大地の営みを説明しようという考え方です。
 プレートには海洋プレートと大陸プレートがあり、それら性質の違いによって、すべての地質現象を説明できるというものです。プレートテクトニクスが提唱されたころから、以前の考え方である地向斜モデルの欠点を補うだけでなく、過去のプレートが動いているという証拠が多数ありました。しかし、プレートが現在進行中の現象として、本当に動いているかどうかは、まだ示されていませんでした。それが批判、反論の最大の理由でもありました。
 今では、超長基線電波干渉法(Very Long Baseline Interferometry、VLBIと略されています)によって、プレートの移動は実測されています。ですから、プレートテクトニクスは、実証されたモデルといえます。まあ、今もかたくなにプレートテクトニクスを信じない人もいますが、納得できる対案がないので、あまり説得のある反論はありません。
 海洋プレートは海嶺で新たに形成され、海溝で沈み込み、地表の物質は新陳代謝されています。一方、大陸は、海洋プレートに比べて軽い物質からできているので、マントルに沈み込むことなく、大陸プレートとして地表を移動していきます。
 大陸を構成する物質は、列島(地質学では島弧と呼ばれます)で新たな大陸物質が形成されていきます。列島の沈み込み帯では、海洋プレートからしぼりだされたを成分によって、マントル物質が溶けマグマができます。マグマは列島の成分と混じり合うことで列島固有の成分となります。列島固有の成分は、実は大陸の成分の本質でもあります。少しずつではありますが、大陸物質は増えていくことになります。
 大陸物質は、いろいろな時代に、いろいろな量、形成されていきます。ある時期には大量に形成され、またある時期には余り形成されない時期もあったようです。造山運動や火山活動、侵食、風化などの作用によって、大陸物質は変化を続けています。昔のまま、今まで残っている大陸物質はほとんどなく、変形、変質、変成など変化しています。変化は起こりますが、いったんできた大陸物質の大部分は、地表に滞留することになります。そのおかげで、地球の古い歴史まで復元することができるのです。
 大陸プレートは、割れたり、合体したり変化をすることがあります。そして、時には、ほとんどの大陸が一箇所に集まることがあります。そのような大陸を超大陸と呼びます。

・パラダイム転換・
今では、ほとんど地質学の論文が
プレートテクトニクスを前提に書かれています。
プレートテクトニクスが否定されると、
大混乱になることでしょう。
そのような大混乱を地質学は経てきました。
地向斜からプレートテクトニクスへの変化は、
大きなパラダイム転換の時期になりました。
1960年から起こった科学革命です。
その当時のことを、私は知りませんが、
しばらくあとの1980年前後、私がいた時期の大学には
まだ科学革命の名残がありました。
科学革命では、流血こそしませんが、
人間の営みですから、いろいろ軋轢、不和、怨恨なども生じます。
それらの心模様は、弟子の世代まで残ることもあります。
科学の場は、純粋に論理だけですから、
そのような痕跡は表面上は消えていますが、
心の問題は、なかなか消えないようです。

・冬の勇み足・
北海道は、先週末から急激に寒くなりました。
近くにみえる山並みには初冠雪があり、
平野にも、みぞれやあられが降りました。
今年の冬は、例年より少々早めのようです。
まだ紅葉は済んでいないのに、
寒さが一気にきました。
もっと秋を楽しみたいのですが、
冬の勇み足でしょうか。

2011年9月29日木曜日

2_98 光スイッチ説:眼の誕生 3

 光が生物の進化を促したという「光スイッチ説」は、魅力的で、素晴らしいアイディアです。今回の最古の節足動物の複眼の発見は、その説をサポートする重要な証拠となります。でも、「光スイッチ説」を実証するには困難な壁が立ちはだかっています。

 三葉虫以外で最古(5億1700万年前)の節足動物の化石が発見されました。その節足動物には、非常に発達した複眼があることがわかってきました。この発見により、少なくとも節足動物、あるいは動物全般は、カンブリア紀にはすでにかなり眼が発達していたという重要な根拠になります。
 なぜ、節足動物(あるいは動物全般)で眼が発達したのでしょうか。その原因として「光スイッチ説」という有力な仮説があります。この「光スイッチ説」は、「カンブリアの大爆発」の原因も説明できるので、人気があるようです。
 「光スイッチ説」とは、古生物学者のアンドリュー・パーカーが1998年に提唱したものです。パーカーの「光スイッチ説」は、彼の著書「眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く」で一般の人にもわかるように詳しく紹介されています。「カンブリアの大爆発」は、眼ができたことによって、生存競争が激しくなり、進化を促したという説です。
 眼の誕生の原因自体は不明ですが、ある生物が眼を持つと、眼のない生物と比べて、非常に有利な特性を持つことになります。草食性や腐食性、あるいは肉食性の生物は、眼のない生物と比べて、明るい環境ではより多くの餌を得ることができます。また被捕食者に眼があると、眼を持たない捕食者から逃げることができます。眼の誕生によって、眼を持つ動物間、あるいは他の種との間でも、激しい生存競争が起こり、進化が促されたことが予想されます。
 非捕食者は、硬い殻で防御する方法が進化しました。固い殻などで防御していくることが、捕食者から生存競争に勝つことになります。多くの生物種(門の階層)で、硬い殻や組織を持つタイプの生物が「カンブリアの大爆発」の時期に起きています。硬い組織の誕生が、眼の獲得の時期と呼応して進化したとパーカーは考えています。
 今回の節足動物の化石での眼の発見は、「光スイッチ説」を一般化を示す有力な証拠になると考えられます。もし他の生物種でも眼の証拠が見つかれば、「光スイッチ説」は、より強固になっていくでしょう。
 ただ「光スイッチ説」は、眼という証拠から生まれた説ですが、なかなか実証にしくい説です。なぜなら、原因である光と、結果として眼の誕生を結びつける証拠が見つけにくいからです。眼は化石が見つかってますが、原因である光は化石になりません。光と眼、原因と結果を結びつける証拠とは一体なんでしょうか。これは、もしかすると越えられないような大きな壁かもしれません。なかなか難しい問題です。でも、科学者は、素晴らしいアイディアで新たな証拠を見つけるかもしれません。今後の課題ですが、期待しましょう。

・再構築の繰り返し・
パーカーの「眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く」
(2006年発行、ISBN978-4794214782)を読んだ時、
こんな考えがあるのだと感動した記憶が残っています。
今回の節足動物の化石の報告は、
「光スイッチ説」に重要な証拠を提示したことになります。
上で述べたように、強力な支持をする証拠があったのしても、
論理が完結するわけでありません。
進化は、過去の化石からの論証です。
化石は生物のほんの一部分にしかすぎません。
過去の生物の総体を見ているわけでありません。
これは過去の生物には、常に付きまとう問題です。
限られた証拠から、もっともらしい論理、仮説を組み立てること。
そして、新らたな証拠が見つかれば再構築すること。
古生物学は、この繰り返ししかありません。
これは、科学のもつ宿命でもあります。
自然界に真理はあるのかわかりませんが、
今ある仮説は、一番もっともらしく見える論理に過ぎません。
再構築の繰り返しこそが、科学なのかもしれません。

・北国の秋・
ここ最近、北海道は快晴の好天が続いています。
これぞ北国と思える素晴らしい天気です。
ただ、朝晩の冷え込みが深まって来ました。
はや先週には旭岳での初雪の便りも聴きました。
平野部の秋も深まって来ました。
秋を楽しみたいと思っています。
先日家族でジンギスカンをしました。
自宅でしたのでが、久しぶりでした。
ジンギスカンは食べているときはいいのですが、
後片付けと匂いが大変なので
楽しみが大きいと辛さも大きのです。
北海道の秋が素晴らしいのですが、
冬の寒さが厳しいのも同じかもしれません。

2011年9月22日木曜日

2_97 節足動物:眼の誕生 2

 化石として三葉虫は有名です。化石ショップでも三葉虫はたいてい置いてあります。ある時期には大量に生息していた生物でなのでしょう。三葉虫は節足動物の一種です。三葉虫の特徴が節足動物全般になるわけでありません。どこまでが三葉虫の特性で、どこまでが節足動物全般の特徴なのでしょうか。

 南オーストラリア州のエミュ・ベイは、保存のいい化石をふくむ地層「ラーゲルシュテッテン」として有名です。形成時代は、5億1700万年前で、澄江(5億2500万年前)より新しく、バージェス頁岩(5億0500万年前)より前の時代です。
 エミュ・ベイの地層から、保存のいい珍しい化石がみつかりました。南オーストラリア博物館のリーたちによって、2011年6月30日のNature誌に、この化石についての記載が報告されました。以下では、その報告に基づいて紹介していきます。
 発見された化石は、節足動物ですが、三葉虫でありません。三葉虫でないことが、今回の発見の重要な点です。澄江でもバージェス頁岩でも、三葉虫の保存のよい化石が見つかっています。三葉虫は1対の複眼を持っていて、眼の化石があります。しかし、古生代の初期(カンブリア紀からオルドビス紀ころ)で、生物で眼の化石が残っているのは、ほとんどが三葉虫なのです。
 生物の多様性や進化を考える場合には、いくつかの種の化石が必要です。ある器官(今回は眼)の形成を考える場合、そのような器官が他の種にあるのかどうかは非常に重要なものとなります。なぜなら、他の種で同様の器官が発達していないということは、ある種固有の特徴かもしれません。もし他の種でも、似た器官があるとすれば、あるグループの生物は、その器官を発達させる必然的な条件があった可能性があります。その必然性がわかれば、生物の進化に重要な情報となります。まして、今回の化石は、「カンブリアの大爆発」の時期の化石なのです。
 三葉虫以外の生物で目が判別できる化石は、カンブリア紀末期(4億3000万年前)のカンブロパキコーペ(Cambropachycope clarksoni)とよばれる生物です。今回の報告まで、カンブロパキコーペが最古のものでした。カンブロパキコーペは、スウェーデンから発見された一つ眼の奇妙な動物です。眼だけでなく姿形も奇妙な生物です。
 カンブロパキコーペの生きていた時代はカンブリア紀末期ですから、「カンブリアの大爆発」を考えるには、新しすぎます。もっと古いものが必要なのですが、三葉虫しかなったのです。
 今回の化石は、三葉虫以外の節足動物で最古の目の化石となります。この化石はバージェス頁岩より前の時代ですから、非常に重要な意味のあるものになります。
 目の化石は複眼で、3000個以上の個眼(複眼の中のひとつひとつの眼のこと)からなり、周辺部と中心部では大きさが異なる(機能も違う)非常の複雑なものとなっています。個眼の大きさも、カンブリア紀の三葉虫と比べても非常に大きくなっています。この複眼化石は、三葉虫のもの明らかに複雑で、現在の節足動物に匹敵するほどの機能、能力を持っていた可能性があります。もしかすると、眼は、カンブリア紀中期には、すでに現在の節足動物並みに一気に発達したのかもしれません。
 では、なぜ、眼が発達したのでしょう。その原因として「光スイッチ説」が有力です。それは次回としましょう。

・カンブロパキコーペ・
一つ目の不思議な生物、
カンブロパキコーペの想像は、
http://cambrian-cafe.seesaa.net/article/153352172.html
にあります。
化石からの想像図ですから、
真の姿とは限りません。
化石では5つ目のオパビニアが有名で
クモは8つ目ですから
一つ目の生物も、
それほど驚くほどではないのかもしれません。
驚くべきは生物の多様性かもしれません。

・一気に秋・
先週末、室戸の調査から帰って来ました。
幸い、天気に恵まれて、
順調に調査をすることが出来ました。
ただ、北海道に帰ってきて、
急に冷え込んできました。
長袖だけでは寒く、上着を着なければならないほどです。
一気に秋が深くなったようです。
四国の炎天下を歩いた後の
北海道の寒さなので、
少々体調が変です。
連休が今週末もあるので、
ゆっくりとして体調を戻したいと考えています。
来週からはいよいよ大学の後期がスタートします。

・訂正・
前回「グリーンランドのシリウス・パセッ」
と表記しましたが、
「グリーンランドのシリウス・パセット」
の入力間違いでした。
申し訳ありませんでした。

2011年9月15日木曜日

2_96 カンブリアの大爆発:眼の誕生 1

 カンブリア紀のはじまりは、生物の爆発的進化の起こった時代でもありました。カンブリア紀の大爆発がなぜおこったのか。それは大きな問題でした。しかし、その謎に対する一つの鍵が示されました。その鍵を紹介していきましょう。

 地球の歴史において、カンブリア紀は、特筆すべき時代であります。カンブリア紀は、顕生代のはじまりで、隠生代と顕生代の時代境界の時代でもあります。区切りの時代として重要です。時代の区切りは、カンブリア紀になって、化石が出現しはじめることです。つまり化石に残るような生物が、カンブリア紀から出現したのです。
 その出現が、ある日、突然というほど、唐突で、爆発的でした。カンブリア紀を境に、生物(動物)が突然に爆発的な進化をしたことから「カンブリアの大爆発」と呼ばれています。スティーヴン・ジェイ・グールドが、「ワンダフル・ライフ:バージェス頁岩と生物進化の物語」という本で紹介して以来、「カンブリアの大爆発」は、広く知られるところとなりました。
 5億4520万年前からはじまるカンブリア紀(終わりは4億8830万年前)ですが、それ以前から化石の痕跡は見つかっています。またカンブリア紀の直前の時代、エディアカラ紀から化石がけっこう見つかりはじめます。産地としては、カンブリア紀の前の時代名であるエディアカラ紀の由来となっている南オーストラリア州のエディアカラ生物群は、約5億8500万年前から出はじめて、カンブリア紀に入ってすぐの5億4200万年前には、その多くは絶滅してしまいます。
 カンブリア紀になると系統性のある生物の化石が出はじめます。産地として、中国雲南省の澄江(ちぇんじゃん)(5億2500万年前)、グリーンランドのシリウス・パセッ(5億1800万年前)、カナダのブリティッシュコロンビア州のバージェス頁岩(5億0500万年前)が有名です。
 ところが、カンブリア紀の頃の生物は、殻も骨も持たない軟体動物が主流でした。つまり、化石になりにくい生物がほとんどでした。骨や殻がない生物は、保存の良い化石が見つかることは、非常に稀なことで、生物相の実態の把握はなかなか難しいものでした。保存のいい化石が見つかれば貴重な試料となります。
 特に保存状態がいい化石を伴う地層を、地質学では「ラーゲルシュテッテン(Lagerstatte)」と呼んで特別扱いします。地質学者は、「ラーゲルシュテッテン」の地名と共に、時代やその特徴的な化石を学んでいきます。そんな「ラーゲルシュテッテン」でも、カンブリア紀やそれ以前のものは、軟体生物が多いので、特に貴重です。上に挙げた産地は、すべて「ラーゲルシュテッテン」となっています。
 さて、「カンブリアの大爆発」の契機、原因になったのは、一体なんだったのでしょうか。いくつかの説がありますが、まだ確定したものはありません。今年になって、「ラーゲルシュテッテン」でもある南オーストラリア州のエミュ・ベイの5億1700万年前の地層から、節足動物の保存のいい化石がみつかりました。澄江(5億2500万年前)より新しく、バージェス頁岩(5億0500万年前)より前の時代の生物相です。その化石は、「カンブリアの大爆発」の原因か解明する鍵になるかもしれないという研究が報告されました。その詳細は次回としましょう。

・ラーゲルシュテッテン・
ラーゲルシュテッテンとは、
ドイツ語のLagerstatteの読みそのままで、
Lagerというのは「貯蔵」、
statteは、「場所」という意味ですが、
鉱床という意味もありますが、
地質学では特に保存状態の良い化石を産する地層
という意味にも使われています。
今では、地質学でもあまり使われませんが、
特異な化石に産地を意味します。
そんな産地は、今では保護されていることがほとんどです。

・国内調査・
私は、カンブリア紀のはじまり(E-C境界)に興味があります。
それは地質学においては、非常に重要な意味を持つ時代境界でもあり、
生物史においても一線を画する時代でもあります。
その現地に赴いて、その地の様子を感じること、
これは私にとって至福の時でもあります。
E-C境界は、海外にしかありません。
最近私は、国内の調査しかしていません。
時間的にも、費用的にも国内調査しかできないからです。
しかし、テーマさえあれば、国内でも重要な仕事が出来るはずです。
これは、負け惜しみではありません。
今、その国内の野外調査の真っ最中です。

2011年9月8日木曜日

2_95 10億年に1度:K-Pg 3

 精度の悪い情報からは、精度の悪い見積しかでてきません。精度が悪くても情報が欲しい時もあります。そんな時は、精度の悪さを理解して情報を受け止める必要があります。数値の一人歩きは危険です。

 前々回、小さい衝突はたくさんあるのに、大きな衝突になると稀になっていきます。このような関係を「べき乗則」と呼ばれています。べき乗則から生物の大量絶滅を起こすような衝突は、5~10億年に一度の頻度となりそうだと見積もられました。隕石の地球への衝突頻度を正確に求めることは、非常の難しい問題です。前回はその難しさについて紹介ました。
 そのような稀な出来事の見積もりは、どの程度の確かさがあるのでしょうか。また、衝突の規模と絶滅の程度の関係はあるのでしょうか。後藤さんと田近さんの研究成果に基づいて紹介ましょう。
 顕生代に形成された衝突クレーターで、大きいものから順にみていくと、直径180kmのチチュルブル(Chicxulub)クレーター(6550万年前)が最大で、K-Pg境界での大絶滅を起こしています。ついで、直径100kmのマニコーガン(Manicouagan)クレーター(6億1400万年前)、直径100kmのポピガイ(Popigai)クレーター(3550万年前)、直径85kmのチェサピーク湾(Chesapeake Bay)クレーター(3570万年前)、直径80kmのプチェジ・カツンキ(Puchezh-Katunki)クレーター(6億1400万年前)があります。ただし、海の部分のデータは含まれていません。
 いずれのクレーターでも、大絶滅との関連が証明されているものは、K-Pg境界だけです。それ以外のものは、絶滅との関連は不明となっています。つまり、すべてのクレータの形成年代が大絶滅の時代とはずれていて、またどの絶滅でも衝突の関連が示されていないということです。顕生代の大絶滅で、衝突と関係があったのは、K-Pg境界のものしかないのです。
 一般化すると、直径100km程度より小さなクレーターをつくるような衝突では、大絶滅が起こらないということになりそうです。絶滅の起こる限界サイズは定かではありませんが、直径200km程度以上のクレーターが候補になりそうです。
 地球では、直径200km程度のクレーター形成は、顕生代ではK-Pg境界で一回だけ起こった出来事のようです。200km級のクレーターを形成する頻度として、5~10億年に一度という地球で求めた値は、はたして一般的なものでしょうか。
 地球上で大きなサイズのクレーターを調べていくと、フレデフォート(Vredefort)クレーターが直径300kmで20億年前、サドベリー(Sudbury)クレーターが250kmで18億5000万年前、そしてチチュルブル・クレーターの3つが知られています。35億年以降で200km級以上のクレーターが3つできます。まあ、間隔にはムラがありますが、10億年に一度程度という値のオーダーは正しそうです。
 月には多数のクレーターがあります。数100kmから数1000kmの巨大クレーターもたくさんあります。しかし、月のクレーターの多くは、創生期(38億年前より古い)ものです。創生期以降は、あまり大きなクレーターは形成されていません。他の惑星(金星、火星など)でも同じような結果になっています。金星で見つかっているミード(Mead)クレーターが、280kmで最大で、5億年以降に形成されたようです。
 不確かさは消えませんが、大絶滅を起こすような200km以上のクレーターを形成するような衝突はそうそうそ起こるものではなく、35億年以降、太陽系天体では、10億年に一度程度の稀な事件といってもいいでしょう。ただし、この数値は、オーダー(桁数)を表していると考えるべきです。これが、後藤さんらの結論です。
 不確かで、歯切れの悪い結論ですが、後藤さんらも指摘しているように、クレーターに関する詳細な調査が必要だということです。

・情報の変質・
不確かな状態、情報で科学を進めるのはなかなか難しいことです。
そんなときでも、だいたいでいいから
数値や見積が欲しいのは人情なのでしょう。
科学者も人ですから、同じような気持ちになります。
そして、見積もりを出します。
その不確かさは理解しています。
そしてオーダー(桁)で合えばいいというものであれば
その扱いをします。
しかし、数値が一人歩きをするとことがままあります。
数値の一人歩きで被害がなければいいのですが、
もしあるとそれは、科学者の責任でしょうか。
それとも、伝えたメディアの不手際でしょか。
よく聞かなかった受け手のせいでしょうか。
情報とは、中継や受け手に伝わる過程で
変質することがあります。
注意しておく必要がありそうですね。

・台風・
進度の遅い台風が、西日本を通りました。
ゆっくりした進度なので、
前線を刺激したり、暖かい湿った空気が流れ込んだりで、
北海道も、風、雨、蒸し暑い天気など
めまぐるしく変わって行きました。
また、次の台風も来ています。
9月は、時期的に台風のシーズンなのですが
私にとっては、野外調査の時期でもあります。
今回は室戸に出かけますが
テーマをもった調査ですが、
そのテーマにあった露頭を見つけることが重要です。
3ヶ所ほど見つけたいのですが、
どうなるかは、いってみないとわかりません。

2011年9月1日木曜日

2_94 不確かさ:K-Pg 2

 衝突の証拠は、クレーターとして残ります。その証拠を得るために、クレーターの時代、大きさ、放出エネルギーなどいろいろな検討がなされます。その結果、生物の大量絶滅をさせるのは、カンブリア紀以降一度しか起こらないようなものであるというものです。それは、本当に推測といえるのでしょうか。そのあたりについて考えていきます。

 前回から、K-Pg境界の絶滅について考えていますが、絶滅の原因が隕石の衝突というのは、多くの人も知るようになってきました。地球の生物史において起こった何度かの大絶滅は、その原因は定かでないものが多いのですが、隕石の衝突と証明されているものは、K-Pg境界以外ではありません。
 言い換えると、K-Pg境界の絶滅だけが隕石の衝突だと証明されていて、それ以外は、隕石の衝突ではない可能性が大きいことになります。地球の生物史で大絶滅が、衝突により大絶滅が、どれくらいの頻度で起こるのでしょうか。
 衝突の証拠はクレーターとして残ります。ですから、クレーターを見つけ、大きさ、形成時代(衝突の時代)、放出エネルギー、絶滅との関連などの情報が集められます。データが揃ったら、さまざまな検討がなされます。
 後藤和久さんと田近英一さんが、衝突と絶滅について詳しく検討された論文が、2011年4月に地質学雑誌に発表されました。その結論は、大絶滅を起こすような衝突の頻度は、5~10億年に一度であり、6550万年前の絶滅がそれに当たるというものでした。
 非常に無難な、そして当たり前の結論ですが、私は、この結論には十分な信頼性があるわけではないと考えています。後藤さんらの結論が間違っているということではなく、著書らも指摘していますが、充分な調査研究が足りないという点、そして背景にこのような頻度の計算の難しさが隠されているためです。以下で、説明しましょう。
 まずは、検討できる期間の短さが難しさを増しています。絶滅と衝突の関係を考えるためには、まずは大規模な絶滅が起こったことがわからなければなりません。生物が多数出現し化石が多種、大量に出現する顕生代以降(カンブリア紀より新しい時代)の時期でなければなりません。絶滅頻度を検討するのに利用できる有効期間は、5億4200万年分しかありません。その期間で、統計処理や確率の計算をしなければなりません。数千万年の頻度の話なら信頼性もありますが、数億年以上の頻度の話なら、かなり信頼性は落ちてきます。まして、検証はしづらくなります。
 次が、数の把握の難しさ、不確かさです。地球上には、多数のクレーターが発見されています。クレーターのデータベースによると、175個以上あることがわかっています。大陸地域でみつかったクレーターがほとんどです。大陸地域では、地殻変動や侵食、火山活動などで、クレーターの地形は、不確かになったり、消されてしまっているものもあるはずです。古ければ古いほど、小さければ小さほど、クレーターは消えていく可能性が大きくなり、証拠あるははデータが消えていきます。クレーターの数には、時間による不確かさが伴います。
 サンプリングに偏りもあることです。衝突は、陸域だけでなく、海洋域でも起こったはずです。地球の表面積の比から考えると、陸域の2倍の数のクレーターが、海洋域にもあったはずです。海洋域は、発見の困難さ、そして海洋プレートが沈み込むことで消え去ったものもあることから、海洋域のデータがほとんど得られていません。地域によるサンプリングの偏りがあることになります。
 さらに、海洋と大陸の分布を考えると、大陸は北半球の中高緯度に多く、海洋は赤道から南半球に多くなっています。地球が球体で衝突断面と陸域の分布の偏りがあります。また、小天体の軌道は、公転面が同じものが多いことから、赤道周辺の低緯度に多くの衝突頻度があると考えられます。しかし、実際に発見された陸域のクレーターの分布をみていくと、必ずしもそのような傾向は認められません。むしろ、北メリカやヨーロッパ、オーストラリアに偏って分布しています。この分布の意味するところはよくわかっていません。もし、発見される頻度が、発見しやすさに依存しているとすると、明らかに調査不足です。
 クレーターから衝突頻度を求めることには、かなり困難な仕事で、その結果には不確かさが伴います。しかし、なんとか補正、検証する試みはなされています。それは、次回としましょう。

・執念・
少ない統計で、何らかの結論を出すためには、
収集したデータの質が問題になります。
データに偏りがあると、正確な推測はできません。
今回のデータのそのようなものでしょう。
しかし、研究者は、不揃いのデータでもそれしかないのであれば、
なんとか活用できないかと、いろいろな試みをします。
そのような「しつこさ」あるいは「執念」が
研究には必要なのでしょう。

・レフレッシュ・
早いものです。
もう9月です。
特に私にとって、8月は本当に短いあっという間でした。
やるべきことをいっぱい積み残しました。
サボっていたわけではありませんが、
どうしても、急ぎの仕事、校務が優先になったためです。
来週から1週間ほど調査に行きます。
それで少しリフレッシュできればと思います。
でも、積み残した仕事は減るわけではないのですが。

2011年8月25日木曜日

2_93 恐竜絶滅:K-Pg 1

 恐竜を絶滅させたのが隕石であるというのは、多くの人が知るようになりました。しかし、隕石がどのよう頻度で落ちてきて、どの程度の絶滅を起こすかは、まだ謎のままです。隕石による絶滅が稀でありますが、何度か起きるようなものであったことがわかってきました。そんな研究を紹介します。

 恐竜に代表される大量絶滅は、白亜紀の終り、6550万年前に起こりました。その原因が隕石の衝突であるというのは、皆さんご存知でしょう。今では子供でも知るようになってきました。その背景には、絶滅の原因になった隕石やそのクレーターの認定、あるいは衝突によって形成されたさまざまな事件などに関する多くの研究がなされてきました。
 ところが、隕石による絶滅が実証されているのは、白亜紀のものだけです。他の時代にも大絶滅がいくつもありました。でもその原因は、必ずしもよくわかっていません。そして少なくとも隕石であると確定されているものは、白亜紀のものを除いてありません。
 白亜紀の末の絶滅を引き起こした隕石というのは、太陽系をめぐる小天体が地球にぶつかったものです。小さいものであれば、それこそしょっちゅう衝突は起きています。小さい物質で、一番目立つ衝突は流星です。流星の多くは、大気圏で燃え尽きてしまっている物質で、地表には達していません。
 時には地表にまで達するものもあります。小さいもので地表に達するものは結構な数があるといわれています。人知れずチリのような隕石が落ちきています。古くからあるビルの屋上で、あまり清掃されていないところで、チリを集めると、小さな隕石が結構混じっているそうです。私は試したことがありませんが。このような小さな隕石は宇宙塵(うちゅうじん)と呼んでいます。
 地表に達し、なおかつ人目に触れるほどのサイズとなると、それほど多くはありません。日本のような狭い国土でも、数年ごとに落下が目撃され、ニュースになります。つまり、小さいものが多く、大きくなるにつれて少なくなるということです。
 この「小が多く、大が少ない」という傾向は、地球以外の天体のクレーターのサイズと数(頻度)で確認されています。大きな隕石(小天体)が衝突すると大きなクレーターができ、小さな隕石だと小さなクレーターしかできません、単位面積あたりのクレーターのサイズと数の関係を調べると、指数関数になるという規則性(べき乗則と呼ばれる)があることがわかっています。べき乗則は、隕石だけでなく、自然界の一般則となっているものです。
 話は変わりますが、恐竜の絶滅が起きた白亜紀の終わりは、K-T境界と呼ばれていました。Kは、白亜紀(Cretaceous)の略号(Cはカンブリア紀が使うのでドイツ語で白亜紀のKreideを用いる)です。Tは、第三紀(Tertiary)のTです。新しい地質年代区分では、第三紀という時代は使わなくなました。そのかわり、古第三紀(Paleogene)と新第三紀(Neogene)を使うようになりました。ですから、白亜紀の次の時代は、古第三紀になるので、T-Pg境界というのが正式な呼び名となります。ですから、このエッセイの表題もそれに基づいてK-Pg境界とすることにしました。
 さて、恐竜を絶滅させた小天体は、どれくらいの頻度で起こるのでしょうか。それについて、詳しく検討された論文が今年の4月に発表されました。その内容を次回から紹介します。

・同じ轍・
使い慣れたK-T境界を
有る時からK-Pg境界にするというのは、
最初はかなり抵抗があります。
今でも、まだ抵抗があるのが本音です。
でも、論理的によかれと決めたものなら
それに従うべきでしょう。
私たち地質学者が決めたことを
私たちが使わなければ定着するはずがありません。
第三紀というのも、過去の名前を引きついできたから
生じた不具合であったはずです。
かつては、第一紀、第二紀があり、
そして第三紀、第四紀があります。
第三紀と第四紀が消えることなく残りました。
第三紀をやっとの思いで使わないことにしたのですから、
同じ轍を踏まないためにも、
K-Pg境界を早く定着させましょう。
その責務を私たち地質学者が負っているはずです。
残念ながら第四紀は残ることになりましたが。

・恒例の調査へ・
北海道は涼しくなってきまひた。
朝夕には上着をきていても
おかしくないほどの気候となりました。
歩いてきたも汗だくになることも
もうなくなりました。
今年もこれで、短い夏が終わりました。
これからは秋です。
私は、9月になったら調査に出ます。
台風来襲の時期なのですが、
この頃しか出かけることができません。
今年の夏はとりわけ忙しかったので、
調査が待ち遠しいです。

2011年8月18日木曜日

6_94 課題:レアアース5

 レアアースの大量の資源の発見は、日本とって、そして人類にとって非常に明るい話題となりそうです。しかし、このシリーズ・エッセイの最後に少々苦言を呈したいと思っています。今後の課題とすべきことです。

 前回、海洋底の堆積物には大量のレアアースが含まれていること、それが有望な鉱床になりそうなことを紹介しました。その報告は、公海の広大な海洋底で、日本の領海内でもそれなりの資源量になりそうなので、日本にも人類にとって、いいことづくしのようです。しかし、手放しに喜べることばかりではなく、いくつかの課題がありそうです。それを考えていきましょう。
 まずは、堆積物が深海にあるということです。今回見つかったのは、3500~6000mほどの深さの海底です。そのような深度から、堆積物をどう効率的に回収するかという技術的課題があります。今、レアアースの価格が高騰してしています。半年で3倍にもなったようですので、かなりの設備投資は可能でしょう。紅海で1979年に、2000mの海底の鉱床を採掘するという開発テストがおこなわれたようです。ですから今の技術をもってすれば、6000mの深海からでも採掘が可能であろうと、加藤さんらは述べています。まあ、鉱業は経済的、技術的に可能であれば、実用化は案外短期間になされるかもしれません。しかし、現実に採掘可能かどうか、まだ不明です。
 次に、廃棄物の処理の問題です。レアアースを取り除いても海底の堆積物だ残るだけで有害な廃棄物はでることはないのですが、堆積物をそのまま海に戻すのは十分慎重になるべきです。細粒の物質(混濁物)を大量に海に流すことになります。もしかしたら海洋全体の生態系に、大きな影響を与えることもあるかもしれません。環境評価を十分検討なしに、開発を進めることはもってのほかでしょう。何らかの処理をして戻すにしても、海上で捨てるのではなく、深海に直接戻すべきせしょう。なぜなら、海上でばらまけば、深海底にそのまま貯まるわけではなく、海流に乗って広範囲に懸濁物をばらまくことなるかもしれません。
 そこまで配慮されたとしても、まだ深海の不可知の領域で環境破壊が起こる可能性があります。人類にとって深海はまだまだ未知の世界が広がっています。一部地域では、不思議な生態系があることがようやくわかってきましたが、まだまだ調査の目が届いていません。そこに、鉱業的に大規模に採掘が進めば、未知の生態系があったとしても破壊されるかもしれません。採掘後の環境回復の確認は、それなりに手間もかかるでしょうが必要となります。
 採掘することは、広域に堆積物をかき混ぜることになります。その行為は、非常に長い時間かけて蓄積されてきた貴重な記録を、ことごとく破壊してしまうかもしれません。深海底の堆積物は、長い時間かけてたまったものです。学術ボーリングによって、その堆積物が回収され、過去のタイムレコーダーとして重要な役割と果たしてきました。今回加藤さんらが調べたボーリングコアも学術目的でおこなわれたものを利用しています。ある資源だけ回収のために、ある国や企業の営利のために、野放図に採掘を進めていいのかということです。さらにいえば、上での述べたような様々な問題だけでなく、目先の利益のために、自然の資産を一気に食い潰してもいいのだろうかという疑問があります。
 加藤さんらの報告は、研究としてなされたものです。これは非常に重要な意義のある成果です。それをすぐに資源開発や営利目的、経済活動に結びつけるのは、慎重にやる必要があると思います。ただ、そこから先は科学者だけの判断ではないでしょう。政治や経済など複雑な要因があるでしょう。
 私は、レアアースに関しては、ふんだんにある素材を用いた代替技術の開発を優先すべきではないかと思います。日本、いや人類は、常に発展、経済成長を目指していますが、少しの停滞や我慢も必要なのではないでしょうか。そんな余裕とゆとりをもって技術開発はできないでしょか。最小不幸ではなく、最大幸福(≠最大利益)を目指すべきではないでしょうか。福島原発を教訓とすべきではないでしょうか。

・日本人の志・
科学と政治の役割分担が不明瞭になってきました。
技術を考える時、どうしても経済がからみます。
科学と政治が近づきすぎ、なんらかの関係ができ、
その関係が本来の役割より重要性を持ってしまいます。
その関係が本来の役割を歪めてしまいます。
悪循環を断ち切るためには、勇気が必要でしょう。
そのためには、金銭に執着することなく、
本質を目指す志が重要になることでしょう。
そこには強い精神力が必要になります。
多くの日本人が忘れてしまった心が
必要になるのでしょう。

・猛暑過ぎ・
北海道は暑さのピークは過ぎたようです。
昼間はまだ暑いですが、
朝夕は涼しく、北海道らしい快適な時間になります。
今週で大学の成績評価などの校務が終わります。
大学は夏休みから復帰します。
ただ、私は校務から解放され、
溜め込んでいた仕事にかかります。
少々溜め過ぎで、けっこう大変ですが、
頑張るしかありません。
今週は校務と休養をここらがけましょうか。

2011年8月11日木曜日

6_93 大鉱床:レアアース4

 国際政治によってレアアースの不足が話題になりました。そのレアアースが大量に埋蔵されているというニュースが、流れました。まだ、研究段階ですが、その内容を紹介しましょう。

 東大の加藤泰浩教授らは、海底に大量のレアアースがあることを発見しました。加藤さんらは、太平洋の海底を掘削したコアを対象に分析をしました。コアは、東大海洋研究所や深海掘削計画(DSDP: Deep Sea Drilling Project:DSDPの略されます)や国際深海掘削計画(Ocean Drilling Program:ODP)で採取されたものが使われました。調べられたコアの数は78本ですが、分析された試料は2037個になります。同じコアで深さの違う部分の分析を多数なされたことになります。
 大量の分析から、海洋底の堆積物中にレアアースの濃集があることがわかりました。南東太平洋の海底では、平均の厚さ8mの堆積物で、総レアアース(すべてのレアアースの元素)の濃度は1054ppmとなりました。中央太平洋では平均層厚23.6mで総レアアース濃度625ppmになりました。地球の存在度と比べても、非常に濃集しているといえます。
 鉱業的に採取できるものを鉱床といいますので、海洋底の堆積物中のレアアースは鉱床と呼んでいいものです。海底の堆積物はほとんどが未固結の泥なので、粉砕などの手間をかけることなく、簡単に抽出できるようです。論文ではその検証されています。薄い硫酸を用いれば、セシウム(Ce)以外のレアアースは、1時間から3時間程度で100%近い回収率になることを示されています。非常に簡単に効率的にレアアースを取り出すことができます。
 海底のどの深さにレアアースが濃集しているかは、コアによってさまざまのようです。表層に濃集しているもの、深部に濃集しているもの、ある層に濃集しているもの、まんべんなく濃集しているものなど、いろいろなパターンがあるようです。
 なぜ、このようなレアアースの濃集が海底の泥にあるのでしょうか。さらになぜ、濃集の規則性がいろいろあるのでしょうか。
 鉄質懸濁物質と沸石の仲間の鉱物(フィリップサイト)に、海水中のレアアースが吸着されたためだと考えられています。海洋底の堆積物は、次々と上に積み重なります。いずれの層もある時点の海底の表層にあったものです。海洋底表層の環境、状況によって、鉄質懸濁物やフィリップサイトの堆積量が変わったと考えられます。風や海流による陸からの供給量の変化、火山活動に変動よる成分量の変化などがあれば、吸着されるレアアースの量は変わってきます。深さ方向の濃集部の違いは、このような堆積状態に影響を受けているのかもしれません。今後の検討課題でしょう。
 堆積物の濃集部がどこにあるかは不規則なので調べてみなければなりません。しかし、堆積物全体を対象にすれば、上記の平均値となる量を回収できるはずです。上記の2つの海域だけで、陸上の埋蔵量の1000倍もあると見積もられています。
 他にも、バナジム(V)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、モリブデン(Mo)などのレアメタルも豊富にあることがわかってきました。深海底の堆積物は、レアアースやレアメタルなどの希少元素の大規模な鉱床となりそうです。
 非常に有望な鉱床だと考えられるので、国際的なレアアースの問題もあった後なので、多くのメディアにニュースとして取り上げられました。まだ研究段階なので、まだ課題もいつくかありそうです。それは次回としましょう。
・卒業研究・
今、4年生の卒業論文の構成をチェックしています。
12月の提出に向けて、
今まで積み上げてきた内容のチェックをしています。
まだまだ、論文や研究報告の形にはなっていません。
もちろん、私が担当している学生に
研究者を目指してい人はいませんが、
大学の学びの総まとめとして卒業研究はいい経験だと思います。
大部の報告を作成するという経験は
きっと将来役に立つと思います。
卒業研究が、大学でどんなことを学んだのかを示す時の
一番のものとなって欲しいものです。
そんな思いがどこまで通じるかどうかわかりませんが、
ただひたすら、個別面談に時間を使っています。
一度で終わった学生は一人だけです。
後は、全員やり直しをしてもらっています。
そして成果は上がっています。
暑けれども頑張ってもらっています。
この苦労はきっと役に立つぞ、4年生諸君!!

・夏休み・
いよいよ大学も夏休みになりました。
教員は採点、評価、そして入力作業と
まだいろいろ忙しいのですが、
来週の半ばに2泊3日の家族旅行へ出かけます。
海岸をめぐり磯遊びをする予定です。
台風の影響が気になります。
直撃でなくても、うねりが残りそうな不安があります。
まあ、いってみるしかありません。
昨年は雨に祟られたのですが。
今年こそはという思いもあります。

2011年8月4日木曜日

6_92 海底から:レアアース3

 現在の科学技術において、思わぬところや、新しい素材に、レアアースが使われています。そのようなレアアースがある日突然、なくなったら今までの技術は方向転換しなければなりません。そんな時、朗報がありました。ただし、まだこれからの可能性ですが。

 レアアースは、少ない資源です。なのに重要視されています。そのような利用のされ方をしているのでしょうか。
 レアアースの用途として、古くはライターの火打ち石やテレビのブラウン管に使われてきました。ですから、案外身近なところで利用されていました。ところが、喫煙率の低下や電子ライターの出現、プラズマ・ディスプレイや液晶ディスプレイの発展によって、需要量は変化していきます。
 一方、強力な磁石・磁性体材料、光や光磁気ディスク、蛍光体やレーザーなどにレアアースは使われはじめています。今までにない新しい素材となっています。いずれもICT関係ですが、他にも、水素吸蔵合金(新しいタイプの燃料電池)、光ファイバ増幅器や超伝導材料など、これからのおおいに使われていく素材にも利用されています。どれも、現代の科学技術を考える上で、非常に重要な役割を持っています。
 このような重要素材にレアアースは使われているので、資源が枯渇するなら代替のものを見つけなければなりません。それには新素材や新しい技術を開発することになり、費用も人材もつぎ込まなければなりません。そしてなんといっても、時間的余裕必要です。ある程度の時間があれば、じっくりと開発できます。ところが先日のようには、国際事情である日突然、レアアースの供給が止まってしまうと、日本の工業が生命線を絶たれることになりかねません。とりあえずは、他の国の供給源、複数の供給源を確保することが重要になり、各地でのレアアースの確保が模索されています。
 そこに、新しいタイプのレアアース鉱床が発見されたというニュースが報告されました。発見者は東京大学の加藤泰浩さんたちです。イギリスの科学雑誌「ネイチャー・ジオサイエンス(Nature Geoscience)」の電子版2011年7月4日号に掲載されました。
 この論文は、太平洋の海底の泥から、レアアースが見つかったという報告でした。この論文の重要性は、海底の泥は、無尽蔵ではありませんが、膨大な量あります。これは朗報です。さらに、今までにないタイプの鉱床であることは、科学的な重要性を持ちます。この報告には、他にもいろいろ将来の可能性を感じさせる内容があります。ただし、いずれも実用化はこれからです。その詳細は次回としましょう。

・研究環境・
Natureというイギリスの雑誌は、
科学の世界ではもっとも権威ある雑誌のひとつです。
この雑誌はかつては
Nature一誌しかなかったのですが、
いろいろな姉妹雑誌が出版されてきました。
今回のNature Geoscienceのそのひとつです。
他にも、Natureがつくだけでも20以上の雑誌があります。
それぞれの専門分野に別れて出版されています。
それだけ研究分野も研究者の数も多くなったのでしょう。
また論文の生産量が多くなったこともあるのでしょう。
フォローするものは、どの雑誌を見ればいいのか、
個人で雑誌を多数購入するのはもともと不可能ですし、
大学でも購入雑誌の数には限界があります。
それでも予算のある大きな大学はいいのでしょうが、
小さな大学は情報からも取り残されます。
我が大学では、Nature本誌はありますが、それ以外はありません。
研究環境において、格差がでてきます。
でも、環境や条件に左右されない
普遍的なアイディアや研究もあるはずです。
そして逆境は、なによりモチベーションになります。
これは負け惜しみでしょうか。

・教育・
大学は、今週は定期試験の真っ最中です。
午前中はまだ涼しいのですが、午後は暑いです。
まあ、北海道ですから、本州と比べるとましでしょうが、暑いです。
そんな中でテストを受ける学生はかわいそうです。
しかし、大学の講義が15回+定期試験となると
この日程になってしまいます。
この日程でも、きつきつです。
おかげで補習日が、ほとんど確保されていません。
まあ、補習などしなくてもいいのなら楽なのですが、
今度はFDや大学評価などで、授業保証や学生の満足度など、
昔は聞いたこともなかったことで、締め付けもあります。
いろいろややこしくなっています。
学生も大変、教員も大変です。
12、3回の講義から15回の講義になって、
昔より学生は、高度な内容を理解して卒業しているかというと、
必ずしもそうではありません。
昔の高校生の方がレベルが高いような部分や
高校で学んでおくべきことを大学で肩代わりしていることもあります。
大学が再教育機関であれば問題ないのですが、
これでは教育全体がレベル低下をしていることになります。
なによりモチベーションや目的意識の低下が気になります。
これでは、国民の教育度が低下していくことになります。
大学教育だけが変わってもあまり効果はなさそうです。
もっと抜本的な変化が必要なようです

2011年7月28日木曜日

6_91 ランタノイド:レアアース2

 レアアースの中で、ランタノイドと呼ばれる元素群は、化学的性質が似ています。ランタノイドは大局的な挙動は似ているのですが、少しの性質の違いが、トレーサーとして利用されています。ランタノイドについて紹介します。

 レアアース(希土類元素)は、地球では稀な元素です。前回は、自然界でそのような状態で産出(産状)するのかを示しました。
 21世紀にはいろいろな分野で利用されているのですが、工業的に利用されるようになってきたのは、20世紀後半からです。その時の主な産地はアメリカ合衆国でした。1980年代になって中国でも産出が始まり、現在では、90%以上を占めるようになってきました。日本を中心として急激な需要があるのですが、中国の埋蔵量も限りあることと、政治的な問題もあるために、新たな供給元の開発が模索されています。
 レアアースの需要がなぜあるのかを考えるために、その化学的性質をまずは、みていきましょう。元素の性質を考えるときは、周期律表を参照することが、まずはスタートとなります。
 レアアースは、周期律表では、左から3列目(第3族と呼ばれている)にある元素で、4行目(第4周期と呼びます)からスタートしています。同じ列にある元素は、似た化学的挙動をします。
 レアアースは、4行目のスカンジウム(Sc、原子番号21、第4周期)から始まり、イットリウム(Y、原子番号39、第5周期)に次いで、6行目(第6周期)にある15個の元素群です。ひとつの元素占めるべき位置に、15個の元素が入っていて、ランタノイドと呼ばれています。スカンジウム、イットリウム、そして15個のランタノイドをあわせて17種の元素を、レアアースと呼んでいます。
 第7周期でもランタノイドと同じように15個の元素群があり、アクチノイドと呼ばれていますが、レアアースとはされていません。
 ランタニドを羅列しておきますと、次のようになります。

元素番号 名称      元素記号
 57   ランタン     La
 58   セリウム     Ce
 59   プラセオジム   Pr
 60   ネオジム     Nd
 61   プロメチウム   Pm
 62   サマリウム    Sm
 63   ユウロピウム   Eu
 64   ガドリニウム   Gd
 65   テルビウム    Tb
 66   ジスプロシウム Dy
 67   ホルミウム   Ho
 68   エルビウム    Er
 69   ツリウム    Tm
 70   イッテルビウム  Yb
 71   ルテチウム    Lu

 ランタニドは、周期律表で同じ枠(第3族、第6周期)の位置あるため、化学的に似た性質をもっています。
 元素の性質を決める上で外側の電子の数や状態が重要になります。電子は、原子核の周りをめぐる軌道があり、軌道毎にめぐる電子の数が決まっています。ただしすべて偶数です。原子番号の小さいものでは、電子は内側の軌道から満たしていきます。原子番号が大きくなると外側にも電子が満たされていきます。
 ランタノイドは、外側の軌道(5d軌道と6s軌道と呼ばれるもの)には、3個の電子が常に入っている状態になっています。そして、より内側の4fと呼ばれる軌道に、順番に電子が入ってきます。4f軌道には14個の電子が入ります。4f軌道に入る電子の数(0個から14個まで)だけ同じ軌道に収まるので、ランタノイドという似た15種の元素群ができるのです。アクチノイドも同じ仕組です。
 そして、いちばん外側に3個の電子があるため、原子価は+3になり、性質が似てきます。ランタノイド全体として似た挙動になり、挙動を伴にすることが多くなります。ただし、元素によっては、化学的状態によっては、+2価(Sm、Eu、Yb)や+4価(Ce、Pr、Tb)価になることもあります。そのような原子価の違いが、元素ごとの挙動を違ったものとするため、化学的状態の読み取るためのトレーサーとして利用されてきました。
 ではレアアースは、現代の工業において、どのような利用をされているのかを、次回見ていきましょう。

・分析・
私はランタノイドの一連の分析はしたことがありません。
しかし、年代測定に利用するために、
ネオジムとサマリウムの2つの元素は
精度良く分析していました。
ただ、2つの元素では、ランタノイドとしての
挙動を吟味することは少々乱暴なので
単純に年代測定として利用していました。
しかし、レアアースである
スカンジウムやイットリウムは分析をして
その化学的性質を利用して、
議論に使っていました。

・2学期制・
いよいよ7月も終わろうとしています。
多くの学校は夏休みになったことでしょう。
我が家の子供達も夏休みにはいりました。
長男の中学校は2学期制、
次男の小学校も来年度から2学期制を導入するそうです。
多くの2学期制では、9月に学期の境目がきます。
私のいる大学も実は
2学期制(セメスターと呼んでいます)になっています。
しかし、大学の前期では、
8月までに講義や試験をして終わらせてしまいます。
その分、前期の終わりがきつくなってしまいます。
そこまでして、夏休みに終わらせることに
こだわる必要はあるのでしょうか。
いろいろ理由はあるのでしょうが、
制度を変えるのはなかなか大変なので
とりあえず私は静観でしょうか。

2011年7月21日木曜日

6_90 存在度:レアアース1

 先日、ニュースでも大々的に取り上げられたので、ご存じの方も多いと思いますが、海底から発見されたレアアースの大鉱床が今回の話題です。そもそもレアアースとはどのようなものなのか、そしてなぜニュースになるような話題なのかを説明していきたいと思います。

 レアアースと呼ばれる資源が、最近何度か話題になりました。ひとつは重要な産出国である中国が輸出規制をしはじめたこと、尖閣諸島の漁船拿捕への報復として事実上の輸出ストップしこと、そして最新のニュースとして大きな鉱床を海底で発見したというものです。今回は、海底のレアアースについて考えていこうと思います。
 レアアースとは、正確には「希土類(きどるい)元素」と呼ばれている一連の元素類です。英語では"Rare Earth Elementes"になります。研究者間ではレアアース略して呼んでいたのが、いつの間にか世間に流布して、多くの人が使う用語となりました。英語も日本語も、「地球では稀な元素」という意味で、もともと少ない元素であることを意味しています。
 何にくらべて稀かというと、宇宙や地球、地殻などの代表的な物質の構成元素全体に占めるそれぞれの元素の割合でみたとき少ないということです。そのとき、代表的な物質として、宇宙はある種の隕石(オルゲイユとよばれる隕石)や太陽の平均化学組成を、地球はいろいろな岩石から推定された化学組成を、地殻は大陸の堆積物や堆積岩の平均値を用いています。ある基準となる元素、水素(H)やケイ素(Si)と比べてどれくらいあるかを比率で示されたもので、存在度と呼ばれています。いずれの存在度でみてもレアアースは稀となります。
 ただし、宇宙や地球の存在度と地殻の存在度を比べると、10倍から100倍程度の多くなっています。これは、レアアースが地殻に農集しているということです。それでも、地殻の主要成分であるケイ素とくらべて10万分の1程度、濃度でいうと数10ppmから数ppm(100万分率)程度しかありません。
 いずれにしても少ない元素です。工業的に利用しようとすると、ある程度農集したものが必要になります。それは、レアアースを多く含む鉱物を見つけることです。
 フッ化セリウム石、フェルグソナイト、フェルグソナイト、バネスト石、シンキス石、パリサイト、モナズ石、ゼノタイム、ガドリン石、褐れん石などにレアアースがたくさん含まれています。ですからこれらの鉱物がたくさん産出するところが産地となります。ただし、岩石中では稀な鉱物ばかりで、大量の岩石からも少ししか見つかりません。抽出することは経済的にも不可能となります。
 ただ、これらの鉱物は比重が大きく、川底に農集しやすい性質があります。川底の鉱物濃集部が鉱床となります。砂金と同じ起源ですので、昔の大河の跡などが鉱床となります。レアアースを比較的たくさん含む花崗岩が風化して、それが土壌となります。土壌の中の粘土鉱物がレアアースを吸着することがあります。そのような鉱床をイオン吸着型鉱床といいますが、中国南部の鉱床はこのタイプになります。いずれの鉱床も、大陸地域に多く見つかっています。残念ながら日本ではほとんどれません。
 では、レアアースは元素類だといいましたが、どのような種類の元素があるのでしょうか。なぜまとめて扱われているのでしょうか。それは、次回としましょう。

・ICP-MS・
研究者は、レアアースとも呼びますが、
希土類とか英語の頭文字でREEと略記することもあります。
レアアースは、かつては分析が難しく
手間のかかる成分でした。
最近ではICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析装置)を用いると
比較的簡単に精度良く測定できるようになりました。
大量に分析ができるようになってくると、
今まで探すことのなかったところへも
探求の目がはいることになります。
探索によって、思わぬところに
レアアースが大量にあったことがわかりました。
今回は、それを紹介するシリーズです。

・梅雨開け・
梅雨も開けて暑い日々が続いていると思います。
本州の梅雨前線が北海道に上がり、
北海道が少々蒸し暑くなりました。
しかし北海道の梅雨前線も台風の影響でしょうか
太平洋に追いやれて、夏めいた天気になりました。
台風が来るので、災害が心配ですが、
これで少しは大地も冷やされるでしょうか。
台風で少しでも冷えれば省エネになるでしょう。

2011年7月14日木曜日

2_92 3か4か:恐竜の子孫 3

 今まで指番号を決めていた発生学的方法ですが、より厳密に突き詰めて研究すると、今までの見落としていたズレが見つかりました。そのズレが、指番号の違いを生み出していました。ズレの発見によって、指番号の問題が解決し、鳥は恐竜の子孫であるという説がより磐石になりました。

 鳥類は、恐竜の仲間から進化してきたと考えられています。ただ、ひとつ問題がありました。恐竜の指は、もともと5本でしたが2本が退化して、3本になっています。親指側から、第1指、第2指、第3指という指番号になります。一方、鳥も3本指なのですが、第2指、第3指、第4指が残っています。
 この鳥の指番号ですが、発生時にできた指のもと(原基と呼ばれる軟骨の塊)のうちどれが成長しているかで決めていました。ニワトリの発生をみていくと、後肢の第4指がつくられる時期に、前肢では同じような位置関係で指が認められています。それは第4指に当たるはずです。そこから若い方へ指番号をたどってくいくと、第2指でおわっています。そのため、鳥の前肢は、第2指、第3指、第4指という指番号になります。これは、動かし難い事実のようにみえます。
 指の発生の過程を、東北大学の田村宏治さんと野村直生さんが、詳しく検討されました。その結果、ニワトリの前肢の指番号が、第1指、第2指、第3指であることがわかりました。
 実は、ニワトリの前肢と後肢では、発生の段階でできかたが違っていることが分かってきました。指番号が決まる段階で重要なZPAと呼ばれる領域があります。ZPAは、ほかの細胞に指の形成という指令を出す「形態形成因子」の細胞群です。今までZPAを基準に指番号が決められていました。
 田村さんらは、ZPAを基準に指番号をみていこうと実験をされました。発生の段階をおってみていくと、前肢と後肢の指のできかたが異なっていることが分かってきました。
 後肢では、指の番号が決まる時期に第4指はZPAの中にあります。ところが同じ時期の前肢では、第3指までがZPAの外にあり、第4指は見えませんでした。前肢のもっとも後ろの指は、第3指として形成されたことになります。発生段階が進むにつれて、後肢の第4指はZPAの外に移動します。この時期に前肢との対応関係をつけると、前肢の第3指が、後肢の第4指に対応して、発生段階の違いによってズレが生じます。
 この移動が生じる現象を今まで気付かれずにいたため、前肢も、後肢に対応させて第2指、第3指、第4指とみなされていたのです。後肢の第4指の移動が発見されたことによって、前肢で第4指とされてきたものが、第3指であることが判明したのです。
 田村さんらの研究によって、恐竜と鳥の指番号の違いは修正され、同じであることになりました。その結果、恐竜と鳥の系統関係における問題が解消されました。鳥は、恐竜の子孫であることが、はっきりしたのです。

・怪我の功名・
田村さんたちのインタビュー記事を読むと、
最初村田村さんが発生の実験をしたとき
ニワトリの前肢が第1-2-3指であるという結果がでました。
ところが大学院生の野村さんが
別のテーマで似た実験をしていたのですが
第2-3-4指という結果を出しました。
検討の結果、観察した時期の違いによって、
ZPAからの見かけ上の位置に
ズレが生じることがわかったのです。
このような2つの実験の違いによって、
ズレを生じた原因も同時に解明できたのです。

・梅雨前線・
北海道も梅雨前線の影響で
蒸し暑い日が続いています。
本来なら、からりとした爽快な初夏を
楽しんでいるはずなのですが、
今年は、少々蒸し暑いです。
ここ数日の蒸し暑さで少々へばっています。
昼前後の授業は暑いです。
窓を全開しても、
板書をしながら授業すると汗だくになります。
ましてパソコンを使った授業は大変です。
それがまだ続きます。
梅雨明けが待ち遠しいです。

2011年7月7日木曜日

2_91 1か2か:恐竜の子孫 2

 指は、親指を第1指、小指を第5指という番号がふられています。指の番号は、今見えている指の順につけられているわけでなく、発生学的に退化した指にも番号がふられています。恐竜と鳥の指番号が違っていました。これが、恐竜の子孫が鳥類であるという説において大きな問題でした。

 恐竜の子孫が鳥であるというのは、今では多くの人に知られるようになった説でした。もちろんその情報の発信元は、科学者たちの成果に基づくものです。ところが、科学の世界では、完全にそれが証明され、納得されている訳でありません。その理由は、恐竜類が進化して鳥類になったとすると、いくつか説明できないデータがあるためです。
 その中でも一番の問題は、指番号でした。前肢の指です。鳥の前肢とは、羽に当たります。羽にも骨があり、指が進化したものです。ですから、指の番号をつけることができます。
 指番号とは、親指から第1指、第2指と番号がつけられ、小指が第5指となります。両生類から爬虫類、鳥類、哺乳類と、動物の指をみていくと、いろいろな指の数があることが分かっています。しかし、もともとは、いずれも5本の指があったのが、進化によっていろいろな本数になっていったと考えられています。
 さて、恐竜です。恐竜の指も、もともと5本でした。鳥類の直系の祖先は、獣脚類だと前回のエッセイで紹介しました。獣脚類は、3本指ものが多くなったいます。しかしもともと獣脚類は、5本指で進化の過程で3本指になっていっきました。第4指と第5指がなくなり、第1指、第2指、第3指が残ったことが化石からわかっています。ちなみに始祖鳥は、恐竜と同じように、第1、2、3指であると考えられています。
 ところが、鳥類の指は、第1指と第5指が退化し、第2指、第3指、第4指が残っているとが、信じられてきました。その根拠は、鳥類の卵の状態から、指のできかたを調べる発生学から得られた知見でした。ニワトリやダチョウを発生学的に調べると、もともと5つの指のもと(原基と呼ばれる軟骨の塊)が形成され、そのうち真ん中の3つが残り、両側の原基は退化して消えていきます。そのことから、鳥の指の番号が、第2指、第3指、第4指となると考えられています。
 その発生学的証拠が、今回、東北大学の田村宏治さんと野村直生さんが書き換えられました。大きな問題が解消されたことになるわけです。その内容は次回としましょう。

・パンダの指・
今回の論文を見たとき、みえているものが、
必ずしも真実を示しているとは
限らないということを感じました。
パンダの第6番目の指というものがありますが、
あれは位置的には、第1指より内側にあります。
ですから、第0指というのでしょうか。
ただし、これも本当に指が骨があるわけでなく、
発生学的には指と認定されないはずです。
第1指の骨が変化したものだそうなので、
第1.5指とでもいうべきなのでしょうかね。
まあ、科学的にはどうなるのかわかりませんが。

・月日の経過・
7月になりました。
いつも7月になると、
もう1年の半分が終わったのだと思っていまいます。
学校や会社の移動などが、4月スタートなので、
ついつい今年もまだまだ月日がありそうな気がしてしまいます。
でも、暦の上では、2011年が半分過ぎてしまいました。
1年の休暇の後、新しくスタートした大学の講義が
新鮮でもあり、重くもあり、
なかなか月日の過ぎるのが遅く感じます。
日々大変な思いをしているせいなのでしょうかね。

2011年6月30日木曜日

2_90 鳥類?:恐竜の子孫 1

 鳥類が恐竜の子孫であることは、20世紀後半からさかんに紹介されるようになってきました。その結論は、多くの人の知るところなってきました。しかし、完全に証明されたのかというと、そうでありません。まだ、未解決の問題がありました。しかし、今年の2月に、大きな問題が解決されました。その話題を紹介していきましょう。

 鳥類が恐竜から進化してきたものであるということは、以前からいわれてきました。その発端となったのが、以前にもこのエッセイでも紹介したのですが、始祖鳥の化石の発見でした。
 そのあたりを少し紹介しておきましょう。
 始祖鳥の発見は、19世紀中葉にまでさかのぼります。ダーウィンが進化論を発表した「種の起源」の出版は、1859年11月24日でした。そして、1860年、ドイツのバイエルン州ゾルンホーフェンから、最初の始祖鳥の化石が見つかりました。1962年には、その化石の記載論文が出版されました。
 始祖鳥の骨格が、小型恐竜や爬虫類のある仲間(槽歯類)に似ていたことから、恐竜と鳥類と類似性が考えられるようになりました。それ以降、恐竜と鳥類の系統関係については、さまざまな議論がなされてきました。
 20世紀末になると中国大陸の各地から始祖鳥の化石が発見されてきました。また、空をとぶ恐竜の仲間(ドロマエオサウルス類)が見つかったりもしました。そして、恐竜と鳥類には密接な関係があることが確実になってきました。
 ただし、恐竜の子孫として鳥類を考えるとき、いくつかの問題がありました。
 例えば、恐竜には鎖骨がないのに鳥類にはあることが、解剖学的には大きな問題でした。鳥類と一番似ているのは恐竜の中でも獣脚類なのですが、それは収斂という進化の結果にすぎないとされてきました。そして、鎖骨を失っていない恐竜(槽歯類)こそが、鳥類の祖先であると考えられてきました。しかし、多数の化石が発見されてくると、恐竜には大きな多様性があり、獣脚類の恐竜でも鎖骨を持つものがいることが分かり、解剖学的に類似性がある獣脚類が直系の祖先であるという見方が正しかったことが分かってきました。
 近年では、始祖鳥は現生鳥類の直接の祖先ではなく、鳥類は恐竜(獣脚類)の子孫であると考えれるようになってきました。
 もちろん、すべての問題が解決できたかというとそうでありません。まだ、未解決の問題がありました。例えば、なぜ鳥類だけ生きのびて他の恐竜は絶滅したのか、なぜ空を飛ぶようになったのか・・・。生物学上の疑問として、指の番号の違いも問題でしたが、それは次回としましょう。

・涼しい6月・
6月も終わりにです。
本州では暑い日がありるようですが、
北海道は涼しいです。
たまには、暑い日もありますが、
今年は暑いがまだ少ないようです。
これも北海道の良さなんですが、
からりと晴れた暑い日もないのも、
少々もの足りませんが、
あれもこれも望むのは贅沢でしょうね。

・Natureダイジェスト・
このエッセイの書こうと考えていたら、
中学生の長男が鳥類の祖先が恐竜であることが、
確実になったという話をしていました。
だれに聞いたのかは聞き漏らしましたが、
このような科学の成果も話題になったようです。
この研究は今年の2月に発表された成果で、
かなり話題にもなりました。
ただ、Natureダイジェストの6月号に紹介されていたので
それを読んだ人から聞いたのかもしれません。
でも、新しい話題に興味をもつことはいいことです。
ただ、今まで何が問題で、それをどう解決したのか、
そしてその後の課題はなんなのかなどもわかっていると、
さらに興味がでてくるのですが。
まあ、あれもこれもいうのは贅沢すぎますね。

2011年6月23日木曜日

1_104 振り出しに:OAE 3

 今回でOAEのシリーズは終わりです。OAEは、欧米の大西洋や地中海でたまった堆積物を中心に調べられてきました。今回太平洋沿岸での報告がなされました。それは、今まで述べてきたことを否定するようなものなります。でも、これも科学の進み方なのです。

 OAE(海洋無酸素事件)は、急激な温暖化によって、深層水の循環が停止して起こったとされています。もう少し詳しく当時の様子をみていき、検討していきましょう。
 古生代末(石炭紀後期からペルム紀にかけて)の寒冷な時期(冷室期と呼ばれています)から、中生代になると、温暖な時期(温室期と呼ばれています)になってきました。白亜紀、中でもチューロニアン期(約1億年前)に、もっとも温暖化していた時期になります。チューロニアン期の海水の温度は、高緯度でも10℃を越え、低緯度では30℃に達していたとも推定されています。もちろん、陸地に氷床はまったくなく、海底も浅くなっていたこともあり、海水準も今より200mほど上がっていたと考えられています。
 温暖化の原因は、大気中の高い二酸化炭素濃度の温室効果であったとされています。二酸化炭素は、少なくとも1000~2000ppmの濃度(現在の数倍)、多い見積では、現在の10倍以上あったとするものもあるようです。このような大気中の二酸化炭素は、活発な火山活動が起こっていたため、放出された火山ガスに由来すると考えられています。
 白亜紀には、大規模な火山が連続的に活動しました。古いものからみていくと、パラナ洪水玄武岩(約1億3500万年前)、オントンジャバ海台(約1億2500万年前)、ケルゲレン海台(約1億1000万年前)、カリブ海台(約9500万年前)、デカントラップ(約6500万年前)などの火山活動が断続的に続き、二酸化炭素を放出していきました。
 最後のデカントラップの活動に対応するOAEはありませんが、それ以外は、だいたい対応するOAEが見つかっています。ただし、OAEがあっても、大規模火山活動がないところもあります。
 白亜紀の大規模火山は、核-マントルの境界から上昇してきたマントル対流(マントルプルームと呼ばれています)にその根っこをもっていたと考えられてます。ホットプルームは、大規模火山だけでなく、海嶺の活動も活発にし、海洋地殻の形成量も多くなっていきます。暖かい海洋底は膨張していますので、海が全般的に浅くなっていきます。その分、海水準が上がります。
 さて、中生代、あるいは白亜紀の気候を考えていくと、極地には氷床はなく、冷たい水による深層水の循環は、そもそも起こっていなかったことになります。ですから、海水の循環が悪い状態が長く続いていたことになります。深層水や中層水は酸欠になっていたはずです。そんな時期に、OAEがパルス的に起こったのは、なぜでしょか。
 少なくとも白亜紀の温暖期に関しては、深層水循環の停止だけでは、説明がつきません。以前、捨て去った仮説である、生物による有機物の生産が盛んで、分解しきれずに、有機物が堆積物に混じったという可能性を見直す必要があります。
 黒色頁岩の分布を詳しく見ると、大西洋沿岸や地中海、北米大陸の内陸地域では、たくさん見つかっていました。そのような浅く狭い海域では無酸素状態が形成されていたようです。狭い海の黒色頁岩は、有機物の生産量が多かったことで説明できそうです。
 OAEの研究は、このような地域を中心にして進められてきました。ですから、他地域、特に太平洋のような最大の海洋の研究があまりありませんでした。最近(2011年5月)、髙嶋礼詩たちのグループが報告をしました。ターゲットは、OAE 2と呼ばれる9400万年前の事件です。カリブ海台が活発に活動していた時期です。
 日本列島の太平洋沿岸や北米大陸の太平洋沿岸の大陸棚にたまった堆積物を調べたところ、黒色頁岩が見つかりませんでした。酸化還元の程度を推定できる黄鉄鉱(黄鉄鉱化度とよばれています)を調べていくと、大部分は無酸素状態ではなく、酸化的(酸素がある)状況でした。ただ、短い時期だけ還元的(無酸素)状態であったことがわかりました。短時間のものを考慮に入れると、OAE 2は全世界的に起こったことになりますが、全般的には太平洋の大陸縁辺海域は無酸素状態はほとんどんなかったことになります。
 氷床の欠如、酸化状態の海底の存在など、OAEのシナリオ(少なくともOAE 2)は、振り出しにもどったことになります。解決するには、もっと詳細な時間分解能と環境分解能を用いて、OAE毎に個別に当たっていくしかないようです。そして、再度、凡世界的な現象なのかどうかを考えていく必要があるようです。

・演奏会・
今週になって大学では、
校内で昼休みに音楽サークルの演奏が行われてます。
大学祭は秋なので、
夏は、サークルの発表会が中心になります。
ヨサコイも出陣式をしていました。
演奏自体は講義の邪魔をしないように
きっちりの時間厳守で行われています。
ただ、講義時間をけずって準備を行っている学生がいます。
クラブやサークルの活動は、
公欠が一度は認められています。
それをつかっていれば問題がないのですが、
クラブやサークルに熱心な学生には、
授業よりそちらが重要に考えている人もいます。
まあ、それも重要な学生生活でしょう。
教員からすると、何のために大学にいるのか、
高い授業料は何のためか、
などの小姑のごとく思ってしまいます。
まあ、それも教員側の思いなのでしょう。

・前進・
学問は、進みます。
研究者の考えも変動します。
同じデータを見ても、解釈が違うと
正反対の結論になることもあるでしょう。
時には、あるテーマを推進するつもりで、
否定することも起こるでしょう。
否定も成果なのです。
後退でなく、螺旋状の前進なのです。

2011年6月16日木曜日

1_103 パルス的事件:OAE 2

2011.06.16)
 前回は、地層の中で有機物に富む黒色頁岩は、海洋無酸素事件(Oceanic Anoxic Events、OAE)によって形成されることを示しました。そして、OAEは、急激な温暖化によって、深層水の循環が途絶することに由来する可能性があることを、紹介しました。今回は、そのOAEが、いつ、どれくらいあったかのかをみていきましょう。

 地球史における気候変動は、長い時間をかけて緩やかに変動していることが読み取られています。緩やかな変動は、昔は今と違って、穏やかな気候変動が起こっていたのでしょうか。「現在は過去の鍵である」というジェイムス・ハットンの言を信じるなら、過去が穏やかな変動で、最近だけ激しい変動というのはないことになります。緩やかな変動は、単に素材や技術の問題による見かけ上のものなのでしょう。
 過去の気候変動を読み取るのは、地層からです。地層は鉱物や岩石片が集まっています。そこには当時の気候の記録が、間接的にかすかな記憶として紛れ込んでいるだけです。ですから、そのような素材から高精度の気候記録を読み取ることは困難なこととなります。現在の技術は、氷床のコアのように気候を記録している成分がよく保存されていれば、非常に高い精度で過去の気候変動が読み取ることができます。素材さえ整えば、それくらいの技術は、今ではあることになります。ちなみに、ここ数十万年の気候は、非常に激しく変動していることを物語っています。
 素材の問題もさることながら、過去の記録は古くなればなるほど、その痕跡は薄れ、素材自体も断片化し、散逸していきます。そんな不完全な素材に対し、高い分解能で読み取る技術は、今のところありません。氷床の記録も古いものでは、堆積構造がゆがんでいたり、変形を受けていたりして、不正確になります。まして氷床の素材は、せいぜい数十万年分しかなく、それより古いものは、手にできません。やはり古い気候は、岩石片や鉱物の集まった地層に記録されていることになります。その地層は、断片的で、不揃いなものです。
 過去の気候変動は、最近同様、激しく変動していたのでしょうが、分解能がよくないため、大雑把な変動としてしか読み取れないのでです。それでも過去の気候の概略は読み取られています。
 ただし、OAEのような急激な異変は、地層に顕著な特徴として記録されているため、短いパルス的な事件として読み取れられています。
 OAEは、中生代に何度もおこっていたことが分かってきました。ジュラ紀、そして特に白亜紀には度々起こったことが分かっています。ジュラ紀には、明瞭なもの(トアルシアンOAEと呼ばれています)が一度と、不確かものが3つあります。白亜紀には10回ほどのOAEが見つかっており、それぞれに名称がつけられています。また一度のOAEと考えられていたもの(OAE1と呼ばれているもの)が、実は4回の事件からなることも分かってきました。
 OAEは、黒色頁岩の堆積や、生物相の変化などから、数万年から100万年の期間での事件であったことがわかります。ただし、100万年間ずっと無酸素状態出会ったとする説や、数万年単位の無酸素事件が何度も繰り返されていたという説もあり、決着はみていません。
 中生代はもともと温暖期で、中でも白亜紀前期(約1億年前)がもっとも高温の時期であったと考えられています。現在より平均気温で15℃ほど高かったと推定されています。OAEは、中生代が温暖期であるにもかかわらず、さらなる急激な温暖化が起こったことを意味します。どのような原因によるものだったのでしょうか。それは、次回です。

・短期調査・
晴れたり曇ったりの天気が続きます。
もう、肌寒さはなくなりました。
蒸し暑さを感じる日もあります。
でも、北海道が一番いい季節でもあります。
本来であれば、野外調査に出かけたいところですが、
授業ノルマの厳しい現状では、
なかなかそうもいきません。
私は、長期にわたる野外調査を研究手法としなくなったので
論文を書くことはできますが、
他の地質学者にとって、
野外調査が夏休み以外できないのは
死活問題になることもあるでしょう。
それでも、研究者はなんとか調査をこなしています。
もちろん他の分野でも野外調査を
手法としている人も同じような事情を抱えながら
研究をしていることと思います。
まあ、あまりグチをいっても解決にはなりません。
私は、夏休みに短期間、野外調査に出かけることにします。

・長い目で・
学生たちの学校での教育実習の山場は過ぎました。
ただし、まだ実習を続けている学生もいます。
遅い学生では、採用試験の直前まで実習をしています。
試験へのハンディが大きいのですが、
教育実習は必修であること、
受け入れ小学校の希望によって日程が決まるので、
まがままは言えないのがつらいところです。
でも、教員を希望するということは、
将来を長い目で見る必要があります。
数年後に結果として教員になっていればいいのです。
その間、非常勤教員として経験をつむこともできます。

2011年6月9日木曜日

1_102 黒色頁岩:OAE 1

 海洋無酸素事件はOAEと呼ばれています。海水中に溶存している酸素が著しく少なくなる事件です。無酸素の状態が長期にわたると、大絶滅や環境変化、それも地球規模の異変となります。その全貌は、必ずしも分かっているわけではないのですが、OAEのあらましをシリーズで紹介していきましょう。

 地層の中に黒い頁岩が見つかることがあります。黒い色の由来は、硫化物の場合もありますが、有機物のこともあります。有機物に富む黒色頁岩が今回の素材です。
 海で生物が死ぬと海底に沈みます。海底には、その死骸を処理する(食べる)生物がいて、多くの有機物は分解されてしまいます。また、生物が食べ残した有機物も、酸化され二酸化炭素や水などの分子に分解されてしまいます。ですから、ほとんどの有機物は、消費され、堆積物にはなりません。つまり、有機物は、再び生態系の中へのもどっていくことになります。炭素でみると地球規模の循環が成り立っていることになります。
 有機物の多い黒色頁岩が貯まるのは、炭素の循環を断ち切るような特別な環境が出現したことになります。そのような特別な環境が、もし広域的、あるいは全地球的にあったとしたら、それは地球史上の大きな異変となります。黒色頁岩の由来を調べれば、環境異変の記録が読み解けるかもしれません。
 地球環境を左右する重要な条件として、平均気温があります。現在温暖化が危惧されていますが、地球史においては、現在問題にされている以上の温暖化が何度も起こっています。特に急激に、そして短期間におこった温暖化の時期に、有機物に富む黒色頁岩ができることが知られています。
 急激な温暖化は、なぜ、黒色頁岩を形成する原因になるのでしょうか。そもそも有機物が分解されないような環境とは、いくつかの要因が考えられています。
 温暖化は生物にとって生活しやすい条件となります。暖かいと海での蒸発量が増え、降雨が増えます。陸地での雨量も増え、陸上生物が生育しやすくなります。繁茂、繁栄した陸地では、河川によって、有機物が大量に海域に流入します。その有機物を餌にして海洋でもプランクトンが大量発生します。このような結果として、海底には分解しきれないぐらいの有機物がたまるというメカニズムが想定できます。
 しかし、一番大きな要因は、海水循環の停止だと考えられています。
 極地に氷床がある時期は、定常的に海水が冷やされ、冷たい海水が極地から深海に沈み込み、それが海洋全域をめぐるような地球規模の海水の大循環の原動力となっています。深海をめぐる海水は、冷たく酸素を沢山含んだ塩分の多いものとなります。現在のその状態にあります。
 温暖化は、極地ほど激しく進行します。温暖化が極地で起こると、氷床が一気に溶けてなくなってしまいます。それまであった、極地からの冷たい水の流入がストップし、深海底への循環も止まってしまいます。急激な温暖化が起こると、海水のベルトコンベアが止まることになります。深海での海水の循環が停止すると、酸素を含んだ海水が供給されなくなり、深海底は、貧酸素あるいは無酸素の海水が長期にわたって滞留してしまいます。
 海面では酸素があるので、通常の生態系が維持されていますが、海底での有機分の分解の生態系が破壊されていきます。通常の深海底の生物は絶滅し、有機分の酸素による分解もストップします。無酸素の海水が有機物の多い黒色頁岩を形成する主要なメカニズムではないかと考えられています。
 つまり、海洋の無酸素の事件(Oceanic Anoxic Events、OAEの略称されています)が、黒色頁岩の形成の原因であったと考えられています。では、地球史で、そのようなOAEがどれほどあったのでしょうか。それは次回としましょう。

・OAEシリーズ・
OAEの証拠は、世界各地で見つかっています。
1976年に初めてOAEが報告されました。
ある時代の有機物をたくさん含む黒色頁岩が、
浅海や深海などの多様な環境で形成された地層でみつかりました。
OAEが、大きな海洋や全地球規模で同時期に
起こっているという証拠なので注目を集めました。
OAEの証拠は、日本各地で見つかっています。
ただ、どの時代でもあるわけでなく、
いくつかの時代にだけ見られ異変です。
また、OAEが起こったときには、
絶滅も起こっていることが多いようです。
OAEは地球における重要な異変の記録といえます。
OAEは、まだまだ研究途中でありますが、
その成果をまとめて示すのが、
今回のOAEのシリーズです。

・風物詩・
北海度では、エゾハルゼミが騒がしく鳴いています。
この鳴き声が、初夏の風物詩となっています。
いよいよ北海道の初夏の行事がはじまります。
まずは、YOSAKOIが今週からスタートします。
私は、教育実習の指導で出張が2件あり、
週末は次男の運動会になっています。
まあ、これらも季節の風物となりました。
実習指導でいろいろな地域にでかけられるのですが、
いって帰ってくるだけの余裕しかありません。
食事に道の駅などに寄ることが
唯一の楽しみでしょうか。

2011年6月1日水曜日

3_98 反論:暗い太陽4

 暗い太陽のパラドクスのシリーズも、今回が最後です。パラドクスを温室効果ガスではなくアルベドの低下で、解決しようとする説にも問題はあるようです。最後の回では、その問題点を反論からみていきましょう。

 「暗い太陽」のパラドクスを解決するために、温室効果ガスとして二酸化炭素が考えられていました。しかし、地表の地質学的根拠から、温室効果ガス(二酸化炭素)も、それほど多くはなさそうだという予想されました。パラドクスを解決するために、ロージングらは、アルベドについて検討して解決案を示しました。温室効果ガスが少なくても、アルベドが低ければ、太陽からのエネルギーを地表付近に蓄えて地球を温めることができるというのものです。
 ロージングらの考えに対して、反論もあります。その筆頭が、温室効果ガスによって「暗い太陽」のパラドクスを説明しているキャスティング(Kasting、2010)でしょうか。その反論の内容をみていきましょう。
 ロージングらは堆積物(縞状鉄鉱層内の鉄の酸化物の鉱物種)から大気組成を見積もったのですが、そこに問題もあるという指摘です。キャスティングの指摘によれば、太古代の大気組成が、もしメタンが二酸化炭素と比べて1割より多ければ、大気中にメタンから有機物が形成され、カスミのように漂い、アルベドを上げてしまう可能性があるということです。ロージングらによると、メタンが二酸化炭素と同じ程度の量が大気あったとしてシミュレーションをしています。もしそうなら、もっと多くの有機物が大気中にできてしまい、さらにアルベドを上げてしまいます。つまり、地表を冷やす効果となります。
 また、ロージングらのシミュレーションは、一次元モデルで行われているのですが、三次元モデルで計算すべきだと指摘しています。現状のコンピュータの能力であれば三次元モデルの計算も可能だから、三次元モデルで検証すべきだという反論です。一次元モデルの問題点は、極地に氷床があればアルベドを上げる効果があるのですが、そのような効果が反映できないため、不確かなシミュレーションとなるからです。
 ただ、彼らのモデルの利点もあると指摘しています。縞状鉄鉱層が大量に堆積した20億年前後は、酸素の急激な増加があった時期です。そのような時期にアンモニアのような還元的ガスのある大気が存在すれば、即座に酸化されて大気からなくなっていきます。それが温室効果ガスの急激な減少になり、太古代の末に起こった氷河期の原因の説明できます。このメリットは、一つの時代の変化は説明できても、長い歴史を説明できません。「暗い太陽」のパラドクスは時間と共に変化する効果ですが、全時代の通じての説明ができません。まだまだ、解決には時間が必要なようです。
 二酸化炭素の温室効果だけで、「暗い太陽」のパラドクスを解決するのは、地質学的証拠から難しいようです。でも、パラドクスをアルベドだけで説明するのも難しいようです。両者の効果を組み合わせて、解くのがいいのかもしれません。しかし、パラドクスは、時間とともに変化する効果です。その時間変化に対応したメカニズムを説明しなければなりません。
 まだまだ、パラドクスの解決までの道のりは遠そうです。まあ、科学はこのような議論を繰り返しながら進歩していくものなのでしょう。

・教育実習・
我が大学では、この時期に学生が教育実習に出かけます。
実習生は研究授業として教科指導を実際にします。
基本的には担任(ゼミの担当教員)が
その研究授業に出張指導に出かけることになっています。
私は、全ての学生の出張指導に行きたいのですが、
出張するということは、
私が担当している講義を休講することになります。
休講をすれば多くの受講している学生が被害を受けます。
一人と多数を秤にかければ多数が勝ちます。
でも秤で済まないのが現状です。
教育実習は大学の単位として認定します。
教員免許では必修の単位となります。
その指導は小学校などの組織や教諭にお任せします。
大学がその指導にまったくタッチしないのは問題ですし
受け入れ校に対しても失礼です。
その兼ね合いを計らなければなりません。
なかなか難しいです。

・快晴・
今日(5月31日)は非常に心地より
抜けるような青空の広がる晴れです。
北海道らしい青空は、非常に気持ちいいものです。
5月はいい天気の日が少なく寒い曇天が多かったのですが、
5月の最下旬になって暖かくなってきました。
北海道らしい初夏の天気です。
本当ならこんな時に外を出歩きたいのですが、
なかなか時間がありません。
でも、この時期は遠出の出張がよくあるので、
時間があれば、少し寄り道します。
日頃行かないところで
その地域の自然をみることができます。
四国にいるときは、頻繁に外にでかけていたのが
ずっと昔のことのようです。
まあ、過去を懐かしむのはやめましょう。

2011年5月26日木曜日

3_97 低アルベド:暗い太陽4

 「暗い太陽」は、過去の地球では降り注ぐ太陽の光が少なかったことをいいます。しかし、地球には、常に海が存在できるほどの暖かさを保っていたという証拠があります。そのような環境は、少しの大気組成の変化と表層の反射能(アルベド)の変化で、達成できると考えられると提案されました。どんな仕組みでしょうか。

 過去の温暖化ガスは、「暗い太陽」を補えるほど、多くなかったという見積りが、ロージング(Rosing, et al., 2010)らによって示されました。代替として彼らが提案した地球を暖める方法は、アルベド(地球表層の反射能)を下げるというものでした。アルベドが低ければ、地球に吸収される太陽からのエネルギーは多くなり、それが地球を暖める効果になったというものです。
 ロージングらは、アルベドさえ低ければ、自分たちが算出した900ppmv(ppmvとは体積における百万分率のこと)の二酸化炭素と900ppmvのメタンの大気でも、地質時代を通じて平均気温は、0℃を下回わらないと見積りました。では、アルベドを下げる方法には、どのようなものがあるのでしょうか。
 彼らは、現在と比べて過去(太古代)の地球の表層で違っているものとして、大陸の面積、陸上植物の有無、雲の性質を挙げています。
 大陸は、確かに太古代と比べて増えているということが、いろいろな研究者によって指摘されています。また、陸上植物は顕生代(古生代以降)になって出現するので、増えていることになります。大陸や陸上植物の存在は、氷で覆われない限り、アルベドを下げる効果があります。
 雲のもととなる核(凝結核と呼ばれています)が増加すれば、雲が多く形成されます。現在の凝結核としては、海からの塩の粒子や土壌粒子、硫酸エアロゾル、人為的なエアロゾルが主要なものです。過去には、人為的なエアロゾルはありません。海塩粒子は今も昔もあるので、凝結核の変化に関与なさそうです。
 一方、大陸が増えてくれば、風によって巻きあげられる土壌粒子が増えます。また、生物が増えたり、進化して陸上に進出してくれば、硫酸エアロゾルが多くなります。海洋植物の真核藻類や陸上植物は、硫化物をつくりだし、放出することが知られています。生物による硫化物が大気中で硫酸エアロゾルになり、凝結核を増加させたと考えられます。凝結核が増えると雲が増え、アルベドが大きくなります。つまり、過去のほうがアルベドが低かったことになります。
 さらに、陸地や生物が少なかった時代(太古代)は、雲の粒が大きなもので、雲があっても透過度の高い(アルベドの低い)ものであったと考えました。現在と比べて、過去の雲は、アルベドを下げる性質があったことになります。
 これらの効果を加味してしてアルベドの範囲を推定すると、かつていわれていたような温室効果が高い大気組成でなくても、充分「暗い太陽」の効果を補うことができるというものです。彼らの見積もりのある程度温室効果のある大気(二酸化炭素900ppmv、メタン900ppmv)でなくて、見積で一番低い温室効果の大気組成(二酸化炭素375ppmv、メタン1.7ppmv)であっても、アルベドの効果だけでも、30億年以降は0℃を上回ると推定されています。この見積もりでは、38億年前の海の証拠(堆積岩や枕状溶岩の存在)が上手く説明できませんが、大量の二酸化炭素がなくても、ある程度温室効果ガスがあれば、アルベドの効果によって、地球は海が存在できることを意味しています。
 「暗い太陽」のパラドクスは、大量の二酸化炭素による温室効果だと考えられていたのですが、アルベドさえ低ければ回避できるということです。この説に対して、反論がありますが、それは次回としましょう。

・悪天候・
前回も書きましたが、
いまだになかなかすっきりとした天気が訪れません。
自宅のストーブを今でもつけることがあります。
温度設定を20℃にしているので、
20℃を下回る朝夕には自動的にストーブがつきます。
昼間暖かくなれば、ストーブつけなくてもすむのですが、
からりとした晴天が長続きません。
晴れたと思っても、すぐに曇り雨がちらつきます。
農作物は大丈夫でしょうか。
日照不足と低温の影響はないか、
そろそろ心配になってきました。
東北震災を補うために北海道の農作物は
重要な役割をはたすはずです。
それなのにこの悪天候は少々心配になります。

・ジンギスカン・
北海道でも運動会のニュースが流れて始めました。
でも、寒々としてまだ、早いきがします。
息子の小学校は6月中旬なので、
もう少しは暖かくなっているでしょう。
最近小学校の行事に参加していません。
まあ、もともと運動会や学芸会などの
決まった行事でしか訪れていませんでした。
近々、校庭整備のボランティがあり、
それも待ち遠しいです。
整備のあとは、ジンギスカンがあります。
やっぱり北海道は青空のもとでのジンギスカンが似合います。

2011年5月19日木曜日

3_96 温室効果:暗い太陽3

 過去の大気は、地球表層で風化や蒸発、沈殿などで形成された鉱物の種類である程度見積もることができます。それらの見積では、大気の温室効果は、暗い太陽を補うのは不十分だったようです。それも、ケタ違いに不足していたようです。

 時間と共に明るさを増してきた太陽光に対し、地球の平均気温がそれに呼応していたわけではないようです。このパラドクスは、大気中の温室効果ガスの濃度(正確には分圧といいます)の変化で、解決できると考えていました。しかし、その論理は、必ずしも完成していないものでもありました。2010年、暗い太陽のパラドクスに、ロージング(M. T. Rosing)らは挑戦しました。
 温室効果ガスとしては、水蒸気、二酸化炭素、メタン、エタン、アンモニアなどが考えられています。最近の地球温暖化問題では、二酸化炭素が重要であるとされています。暗い太陽のパラドクスでは、大気中の二酸化炭素が、昔は大量にあり温室効果が強く働いていて、時間と共に大気から取り除かれて温室効果が減少して、地表の温度変化を緩和していったとするものです。
 大気中の二酸化炭素の分圧を、過去の地質学的証拠から見積もる試みは以前からされていました。地質学的証拠として利用されてきたのは、古土壌(27.5億~22億年前)、砕屑物の風化帯(32億年前)、蒸発岩(35億と32億年前)などです。
 これらの鉱物のできる条件は、酸化鉄(FeO、Fe2O3)と珪酸(SiO2)、大気、海での平衡関係で考えることができます。成分で考えると、FeO-Fe2O3-SiO2-CO2-H2O系となります。このような系で、二酸化酸素の大気分圧を見積もるのに重要になるいくつか鉱物があります。表層の環境において、菱鉄鉱(りょうてっこう、sidereite、FeCO3)ができるか、できないか。あるいは鉄に富む層状珪酸塩ができるか、できないか。これらの形成条件が大気の状態を反映しています。
 検討の結果から導きだされた大気の二酸化炭素の分圧は、暗い太陽を補うには不十分であることがわかっています。ロージングらは、新たな試みとして、縞状鉄鉱層に着目しました。
 太古代末(20億年前ころ)に縞状鉄鉱層が大量に形成されています。鉄の酸化物としては、赤鉄鉱(hematite、Fe2O3)や磁鉄鉱(magnetite、Fe3O4)が形成されています。縞状鉄鉱層の磁鉄鉱に着目して、上のような系での鉱物の沈殿条件から、大気中の二酸化炭素の分圧を見積もると、現在の大気の3倍程度にしかなりませんでした。大量に二酸化炭素があったとは考えられないとしています。
 メタンもせいぜい二酸化炭素程度の分圧しかなかったと見積もられました。アンモニアも大気中では不安定であったと考えられています。ロージングらが新たに検討した縞状鉄鉱層からすると、どうも過去の大気の成分では、温室効果を充分起こせるほど多くはなかったようです。これは、古土壌などの見積りなどの先行研究と同じ結果になりました。二酸化炭素の分圧では暗い太陽を補えない、という証拠が新たに付け加わったことになります。
 現在の70から100倍ほどの二酸化炭素が必要となるのに、せいぜい3倍程度しか期待できないということです。では、冷たい地球を温めるにはどうするかというと、アルベドの値を低くするしかないようです。それは、次回としましょう。

・晴れない春・
北海道は、なかなかいい天気になりません。
朝、晴れたと思っても、午後には曇ったり、
朝曇って昼晴れて、夕方には雨と
移ろいやすい天気です。
なかなか気がはれません。
桜の季節は終わりそうですが、
なかなか春らしい陽気がきません。
春より前に夏がくるかもしれませんね。

・対処法・
大学には、20歳前後の若者が集まります。
日本のある世代における
その地域の平均的な若者が
ピックアップされているのかといえば、
必ずしもそうではありません。
大学へは入試をくぐり抜けて入学しますので、
学力的にある範囲が設定されます。
私立大学ともなれば、
授業料による保護者の経済力にも
ある一定の範囲が設定されます。
それらの範囲は時期、社会情勢によって変化してきます。
それらの変動を考慮に入れても、
この数年やはり大学生の属性は
変化してきているように見えます。
その変化は、なによるものでしょうか。
私の所属する学科が新設で
1期生から順番にみてきているので
その変動が見えやすのかもしれません。
不景気という経済的影響なのかもしれません。
全入時代による変化、大学のブランド力、
競争力などの変化かもしれません。
たとえ原因を見つけても
対処法が見つかることはありません。
教員は、ただただ精一杯、真摯に
学生に向かい合うことしかなにのでしょう。
この対処法は、今も昔も同じはずです。

2011年5月12日木曜日

3_95 アルベド:暗い太陽2

 太陽が今より昔のほうが暗かった「暗い太陽のパラドックス」は、二酸化炭素の温室効果で説明できると考えられてきました。その考えに対して、新しい提案が昨年なされました。その論文を中心に紹介しましょう。

 恒星の核融合理論からは、太陽は今より暗かったことになる、ということを前回紹介しました。地球誕生の頃は、今の70%ほどの明るさだと見積もられます。その論理に従えば、地球では、平均気温が氷点下になっていたはずです。ところが、地表は氷点下になることなく、常に液体の水である海が存在していた証拠があります。この矛盾は「暗い太陽のパラドクス」(faint young Sun paradox)と呼ばれ、セーガンとミューレンが最初に提唱したものです。
 彼らは、地球の大気中に含まれていた二酸化炭素やメタンによる温室効果ガスの働きによって、そのパラドクスは解決すると考えていました。
 地球の堆積岩には、いろいろな時代に大量の石灰岩が形成されています。石灰岩のすべてを気体にして大気に加えると、地球初期にあったとされる二酸化炭素量に匹敵するほどになります。パラドクス回避の原理は簡単で、時代ごとに形成された石灰岩分の二酸化炭素を大気に戻でばいいことになります。時間経過の順で見れば、太陽の明るさが増すにしたがって、二酸化炭素が大気から取り除かれていくことになります。太陽が明るくなるとともに(温度が上がる効果)、地球では温室効果が減少していく(温度を下げる効果)ことになります。これが上手くバランスをとりながら起こると、「暗い太陽のパラドクス」が解け、すべてが丸く収まるようなモデルです。
 つじつまが合うモデルですが、分かっていないことがらが、いろいろあります。地球の表面の温度(平均気温)がどうして決まっていくかという問題です。太陽からのエネルギー、地球表層での太陽光の反射能、大気の温室効果などが重要な要因になります。これらの要因がわからない限り、「暗い太陽のパラドックス」が完全には解決しないことになります。
 温室効果についても、いろいろが問題がありそうです。二酸化炭素には温室効果がありますが、地球の平均気温を決定する要因としてどの程度かは、まだ科学的には定量化されていない問題です。地球温暖化問題で、温暖化の予測は完了しているはずなのに、まだいろいろ議論されています。気候は非常に複雑なメカニズムで、まだ科学は完全に解明はしていません。
 また、反射能とは、一般にはアルベド(albedo)と呼ばれています。太陽からの入射エネルギーと地球からの反射エネルギーの比率のことで、0から1の値や%で表します。太陽から入ってくる入射エネルギーは一定で、観測可能な値です。出ていくエネルギーは、アルベドによって決まります。アルベドが大きければ、太陽からのエネルギーが地球を温めることなく外に出ていき、小さければ、地球を温めるために使われることになります。
 月のアルベドは7%ほどです。もし地球に大気も海洋もなく月と同じように大地がむき出しだと、昼間は岩石が熱を吸収し、夜にその熱を一気に放出することになるはずです。すごく寒暖の差の激しい地表となります。もし、地球が完全に雲に覆われていれば、アルベドは70%程度になります。氷だけの世界だったらアルベドは80%なります。ほとんどエネルギーは地球を温めないことになります。
 現在の地球の平均的なアルベド40%程度で、岩石と氷の間の値となっています。この値は、雲や氷の状態によって変動します。また、過去のアルベドは未知の部分が多くなります。なぜなら、二酸化炭素が主体の大気の気候がどのようなものであったのかは、その中で水蒸気の果たす役割などが、まだ充分解明されていません。ですから、アルベドの時間変遷もよく分かっていません。
 このような問題に、2010年にロージング(M. T. Rosing)らは挑戦しました。彼らの研究の結果、暗い太陽のパラドクスを解くのに、温暖化効果ガスの効果はいらないと考えました。その詳細は、次回とします。

・桜・
北国でも、桜が咲き始めてきました。
朝夕、天気が悪いことが多く、
桜を青空のもとで見ることがなかなかできません。
桜には、青空が似合います。
今週末あたりが、見頃になりそうです。
天気がよければ、花見に行きたのですが、
どうなるでしょうか。

・地デジ化・
ゴールデンウィークは結局、自宅で過ごしました。
その間に、自宅の地デジ化を進めました。
その流れで、衛星放送もスカパーHDに変更することにしました。
衛星アンテナはスカパーの無料キャンペーンを利用しました。
現在は、お試し期間でスカパーHDの方を視聴しています。
いくいくはスカパーe2からHDに変更する予定です。
それにともなって、アンテナやビデオ、
DVDなどの装置の配線もいろいろいじくりました。
また古いアナログビデオをDVD化をしました。
ゴールデンウィークは、家族のものだけですが、
10数本のビデオをDVD化しました。
昔買ったビデオテープのDVD化は違法ですのでしていません。
まあ、テレビで何度も放映してますから、
いまさらビデオテープを見ることもないと思いますが。

2011年5月5日木曜日

3_94 核融合:暗い太陽1

 太陽の輝きは、私たちに大いなる恵を与えてくれます。無尽蔵のエネルギー源として、そのありがたさを私たちは享受しています。太陽の恩恵を当たり前に思い、利用しています。その仕組みには、まだわからないこともあります。そんな太陽のエネルギーの仕組みをみていきましょう。

 太陽は、核融合で輝いています。太陽内で起こっている核融合は、水素(H)原子からヘリウム(He)原子に変わることです。水素原子4つが融合して、ヘリウム原子1個ができます。水素原子4個分の合計の重さ(正確には質量)より、ヘリウム1個のほうが小さくなっています。この質量の差が、核融合によって発生するエネルギーのもとになります。
 その量は、
  E=mc^2(2乗という表現)
という有名な式で表されます。この式は、エッセイでも何度も取り上げています(実は前回も)が、アインシュタインが導いたもので、Eはエネルギー、mは質量、cは光速(定数)です。つまり、質量がエネルギーに変換されるときは、cの2乗倍になることを意味しています。核融合では、膨大なエネルギーが生産されることになります。
 核融合は、太陽の中心部の水素とヘリウムの比率によって、その進み具合が変化します。核融合が進行していくと、太陽の中心部では、水素原子が減っていき、ヘリウム原子が増えてきていきます。すると、圧力が上がっていき、核融合が促進され、よりエネルギーの放出がされることになります。
 核融合の効率の変化は、恒星の内部に関する理論から導かれていることです。この理論の意味するところは、太陽は時間経過と共に輝きを増すということです。言い換えると、太陽は今より昔のほうが暗かったことになります。
 太陽の輝きの変化は、周辺の惑星に大きな影響を与えます。太陽からのエネルギーの変化は、周囲の惑星の表面温度を大きく左右します。私たちは、曇の日は寒く、晴れの日は温かいことを経験していますから、この原理は体感できるはずです。
 地球に降り注ぐ太陽光は、昔は今より少なかったのです。その量は時間と共に変化しますが、現在と比べて地球の初期の頃は、25~30%少なかったと見積もられています。それほど太陽光が少ないと、地球表層の平均気温は、0℃を下回ると見積もられます。
 ところが、地球の表層には常に液体の水(海)が存在していたことが、地質学的証拠があります。河川で運ばれ海底で堆積する地層が、どの時代からも見つかっています。つまり、地表の平均気温は常に0℃より高かったことになります。
 この太陽の理論と地質学的事実の矛盾を、「暗い太陽のパラドックス」(faint young Sun paradox)と呼ばれています。このパラドックスの解釈に新しい考えが昨年提示されました。それは、次回としましょう。

・どこか変・
我が家は、このゴールデンウィークに
地デジ化を進めています。
子供たちがよくみるブラウン管テレビを
先日、液晶テレビに変え、地デジ化しました。
古いテレビはまだ映るのですが廃棄しました。
古いアナログ波用ビデオが2台あります。
カセット付きのビデオ(DVDも内蔵)は再生専用として必要です。
ハードディスク(DVDも内蔵)のビデオをどうするか迷っています。
本当はテレビもビデオもまだ使えるのですが、
新しいものと入れ替えることになりました。
もったいないですね。
この消費が美徳、消費誘導の仕組、どこか変ですね。

・無理せずに・
北海道は5月2日から3日にかけて寒冷前線が過ぎ、
雨風とともに、気温が低下しました。
ミゾレがふったところもあります。
急な寒さに体調を崩しそうです。
次男は、寒さのなか外で遊びすぎて、熱を出しました。
長い連休ですが、
無理をしないようにしないといけませんね。

2011年4月28日木曜日

5_93 第一世代:最初の星4

 最初の星は、どのような星だったのでしょうか。今回の観察でみえたのは銀河ですから、その銀河の中の星を識別することはできません。でも、どんな星であったのかは、ある程度推定できます。第一世代の星を探っていきましょう。

 天体には、第一世代という区分があります。第一世代の天体とは、宇宙が創成されて最初にできるものです。最初の天体は、必然的に、宇宙のはじまりにあった材料のみから形成されることになります。
 では、宇宙の始まりにあった材料とは、どんなものでしょうか。それは、水素(H)とヘリウム(He)だけです。2つの元素のみから天体ができます。これが第一世代の一番の特徴になります。
 世代を問わず天体(恒星)は、水素とヘリウムを主成分としています。太陽も主成分の元素は、水素とヘリウムです。でも太陽は、第一世代の天体ではありません。なぜなら、副成分ではありますが、他の元素を含んでいるからです。
 一番軽い(質量数の小さい)のが原子番号1の水素(質量数は1)で、次が原子番号2のヘリウム(質量数4)です。それ以外の元素は、水素やヘリウムより重く(質量数が大きい)なります。太陽では、主成分元素ではありませんが、そのような重い元素が各種見つかっています。ですから、太陽は第一世代の天体ではないことがわかります。
 水素が大量にあり、条件が整えば、核融合を起こします。その条件とは、水素原子どうしを、無理やり近づけてくっつけることです。水素原子を超高速でぶつければ近づけることができます。原子を超高速でぶつけるには、圧力を上げたり温度を上げたりすればいいのです。このような状態は天体の中で達成されます。天体がある一定以上のサイズを超えれば、天体内部はこの状態になります。そして、核融合が起こります。
 水素の原子核が4つ核融合すれば、1個のヘリウムの原子核になります。水素原子4個分の質量の合計は、ヘリウムの原子1個分より少し大きくなります。その質量の差が、核融合によるエネルギーに変わります。
  E=mc^2(2乗という意味)
ここで、Eがエネルギーで、mが質量、cが光速度です。アインシュタインが発見した有名な式が、質量がエネルギーに変わるときの関係を示しています。質量がエネルギーに変わるとき、光速の2乗という係数がかかるほどの大きさになることを意味します。質量とは、エネルギーの固まったものといえます。これが核融合の威力です。
 天体が輝く原理が、水素からヘリウムへの核融合です。太陽も同じ原理で輝いています。一番星は、第一世代の天体です。第一世代以降は第2世代、第3世代・・・へと続くのですが、じっさいにはその天体が何世代目かは正確にはわかりません。天体の素材に重い元素がどれくらい混じるかは、形成場の環境によって多様になります。ですから、現在の太陽が第一世代でないことは判定できますが、何世代目かは推定できないことになります。
 谷口さんたちは、宇宙の初期(131億年前)にできた銀河を見つけました。宇宙ができて6億年ほどしかたっていませんので、その銀河は第一世代の天体からだけでできていたはずです。その中のどれかが、「宇宙の一番星」だったかもしれません。

・キャッチ・
谷口さんたちのニュースをみたとき、
「宇宙の一番星」というキャッチが目を引きました。
まさに、このコピーにキャッチされました。
それが今回のシリーズを始めるきっかけになりました。
なかなかいいキャッチ・コピーですが、
研究の成果としては、一番星を見つけたわけではありません。
論理的には、その中に一番星があるかもしれません。
でも、その一番星の候補は銀河を構成する天体の数で、
数千億個にもなり、天体を特定しているわけではありません。
さらに、その銀河一個だけ最初にできるものではないはずです。
多数の銀河が同時にできたはずです。
ですから、最初の銀河の一つを発見したと解釈すべきです。
このキャッチ・コピーにこだわると、
せっかくの研究成果が薄まる気がします。
キャッチは上手くいけば効果的ですが、
上手くいないときはマイナスになることもあります。
気をつけなければなりませんね。

・ゴールデンウィーク・
いよいよゴールデンウィークです。
ゴールデンウィークなれば、
北海道も遅ればせばがら、桜の季節になります。
どこかに桜を見に行きたいですが、
でかける予定がたちません。
長男のクラブの試合があるので、宿泊はできません。
出かけるとしても日帰りとなりそうです。
まあ、仕方がありません。
家族を中心に生きてるのでしょうが、
家族のそれぞれに世界があります。
その世界は尊重しなければなりませんから。

2011年4月21日木曜日

5_92 遠ざかる光:最初の星3

 光の速度は、どんなところ、時代でも、不変(一定)です。しかし、光の波長や周波数は条件によって変わります。その変化を調べると、遠ざかる天体のスピードや時代も分かってきます。ただし、あまりにかすかな光で、見えない輝きです。それを感知するには、高度な装置が必要になります。

 最初の星は、見える光(可視光)で輝いていました。ところが、同じ星を地球からみても、見えない星になっています。見えない星の輝きが、見える光から、見えない光に変わったということです。波長が変化したことを意味しています。なぜ、波長の変化が起こったのでしょうか。
 ドプラー効果が起こったためです。ドプラー効果は、よく経験する馴染みある現象です。救急車やパトカーのサイレンの音が、こちらに向かってくるとき高くなり、通りすぎると低くなるという現象を経験したことがあると思います。これがドプラー効果です。音は、波長や周波数をもった波です。運動するものから発せられる波は、運動速度に応じたドプラー効果を受けます。聴く側の運動も関係するので、ドプラー効果とは相対速度に応じて波長が変るという現象といえます。
 電磁波である光も波ですから、同様のドプラー効果を受けます。ある星から出た光は、光のスピードで飛び出します。ご存知ように光のスピードは不変ですが、波長や周波数は、相対速度によって変化します。遠くの星は、昔に出た光です。もちろん遠くの星は暗くなります。
 遠くの星には、後退速度という効果が、私たちの宇宙では働きます。
 「後退速度」とは、光源(この場合最初の星)が、観察者(地球)から遠ざかっていく速度のことです。その速度に比例して光源から発せられる電磁波の波長が変化すること(偏移ともいいます)で、遠ざかる場合、波長は伸びます。可視光では、赤の波長の方に変化します。赤方偏移と呼ばれます。縮むときは青方偏移といいます。
 私たちの宇宙では、赤方偏移が観測されています。地球からみるとすべての天体は、遠ざかっている(後退している)ように見えることになります。赤方偏移は、宇宙が膨張しているためだと説明されています。光源のもともとの波長がわかれば、偏移の程度から後退の速度を計算することができます。遠くの銀河(昔の宇宙の姿)は、この方法で後退速度が決められ、宇宙の膨張の証拠とされました。
 今回の最初の星は、赤外線(正確には近赤外線)の波長領域までずれていました。ハッブル宇宙望遠鏡でも、通常の光学望遠鏡では観察することができず、新しく搭載された赤外線カメラではじめて確認されました。
 実際には遠く(宇宙の初期)の銀河が観測されました。銀河は、多数の星で構成されています。その銀河が宇宙の形成初期のもであるということは、第一世代と呼ばれる天体からできていたことになります。私たちの太陽のような天体は、まだありませんでした。その説明は、次回しましょう。

・震災・
地震の余震が、まだ続いています。
大きな余震も、1ヶ月たっても起こっています。
先日の余震は、北海道でも強くそして長く感じました。
教え子の中に東北出身者がいて、
親族に余震の被害にあった学生もいました。
また、巨大な揺れで、他地域の地震や
火山の活動も誘発されているようです。
なんといっても原発がまだ危険な状態のままです。
放射物質の放出が続いています。
震災はまだ続いています。
気を緩めずに状況を見守っていかなければなりません。

・春・
先週末は雪なりましたが、
少々遅れているようですが、
春は着実に来ています。
田畑の残雪も消えつつあります。
陽だまりでは、フキノトウやつくしも芽生え始めました。
北国にも遅い春が来ました。
大学も新入生を迎えました。
授業もはじまり、もう2週目になりました。
でも、今年の春には
なぜかウキウキ感は少ない気がします。
それは震災のせいでしょうかね。

2011年4月14日木曜日

5_91 見えない輝き:最初の星2

 「宇宙の一番星」は、どのようなところで、どのようにして発見されたのでしょうか。以前から観測されてきた領域に、新しい観測装置が投入されたことによって、発見されました。そのあたりの事情を、紹介していきましょう。

 今回見つかった「最初の星」は、「ろ座(Fornax)」の領域です。「ろ座」は、88ある星座の一つで、牡牛座やくじら座の近くにあります。星座の「ろ」というのは、「炉」のことですが、暖炉の「ろ」ではなく、かつて化学の実験で用いていた「炉」のことで、少々変な形をなぞったものです。しかも、この星座は、南半球で観測して決められたものですので、形が逆さまになっています。フランスの著名な化学者ラボアジエにちなんで、この星座の名前がつけられました。
 さて、この場所で「最初の星」が見つかったのには、たまたまではなく、それなりの理由があります。「ろ座」のこの場所は、ハッブル望遠鏡を使って、以前から何度も探査されていた領域です。そのため、ハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールド(HUDFと略されています)と呼ばれるところです。範囲でいうと3分角×3分角となります。
 もともとあまり星がない領域だったのですが、何度も長く露出をして撮影されてきたところです。それらを画像合成してみたら、暗い天体(主には銀河)が見えてくるようになりました。30等級までの銀河を約1万個発見しました。天体の等級は、数値が小さいほど明るく(明るいものはマイナスをつけて表現します)、大きいほど暗くなります。1等級違うと等級が1等級変わると、明るさは、約2.512倍(100の5乗根)、5等級で100倍の変化となります。
 ちなみに、満月は-12.7等級、太陽は-26.7等級、ハッブル宇宙望遠鏡で観察できた最も暗い天体は、31.5等級です。肉眼で見えるのは、6等級程度です。30等級の星とは、ものすごく暗い星です。30等級の星は、目で見える星より、100億分の1ほど暗いことになります。まあ、通常の天体望遠鏡でも、全く見えない天体です。
 HUDFは、当初、観測装置の特性により、可視光の波長で観測されていました。しかし、新しいカメラ(WFC3)が2009年に搭載され、もっと広い波長範囲での観測ができるようになりました。ただし、観測領域は少し狭まり(2.4分角×2.4分角)ましたが。その結果、28.5等級までの銀河が約5000個発見されました。領域が減り、数も減りましたが、波長範囲が広がったおかげ、大きな成果が上がりました。その成果の一つが、谷口さんたちの131億年前に誕生した「最初の星」の発見なのです。
 この星は、131億年前に誕生したころには、可視光の波長でも明るく輝いていました。でも、現在の観測で。その光は全く見えなくなっています。それは、単に暗いだけでなく、人間には見えない光となっています。ドプラー効果というものが働いているためです。
 その詳細は、次回にしましょう。

・弛緩と緊張・
サバティカル生活が終わり、
1年前の日常生活が一気にもどってきました。
いいことではありますが、
旧弊もそのままもどってきました。
少しは改善しようと抵抗しましたが、
ついつい楽な方に流れてしまいます。
これを怠惰と呼ぶのでしょう。
怠惰は簡単に私を飲み込んでしまいました。
気を張り詰めの緊張状態で生きていくのは大変です。
ある程度の弛緩も必要です。
しかし、怠惰ばかりも虚しいものです。
弛緩と緊張のせめぎ合いです。

・震災より・
今週から授業が始まりだしました。
慌ただしい日々が過ぎ去ります。
そして、今回、大震災の影響で考えることがあり、
ある講義をまったく別の形式に帰ることにしました。
私にとっては、まったく新しい形式なので、
非常に勇気がいることです。
それにもう完成していた授業の内容を
すべてなくしてゼロにすることになります。
うまくいくかどうかわかりませんが、
震災でいろいろ考えたことにひとつを実践します。
私の中でも、まだ震災は続いています。

2011年4月7日木曜日

5_90 6億年後:最初の星1

 一番星とは、夕暮れに最初に輝き出す星のことです。私たちが見る一番星は、空にもともとあり、まわりが暗くなることで見えはじめる星のことです。最初に見えただけで、最初にできたものではありません。しかし、「宇宙の一番星」は、最初にできて輝いた星に与えられるものです。

 昨年(2010年)秋の天文学会で、宇宙が開闢(かいびゃく)して最初にできた星が見つかったという報告が、愛媛大学宇宙進化研究センターの谷口義明さんたちのグループがしました。「宇宙の一番星」とは、宇宙で最初に輝きだした星のことを意味します。私たちが日常に使う「一番星」は、まわりの空が暗くなったことで、もともとあった星が見え出したというものです。「宇宙の一番星」とは、宇宙ができて最初に輝きだした本当の意味での「一番星」になります。
 ところが、残念ながら、その星が実際に見えたわけではありません。「一番星」を含んでいる「銀河」がみえたということです。
 「なんだ、一番星が見つかったわけではないのか」と嘆くことはありません。そこには確実に一番星があります。まずは、その背景を説明していおきましょう。
 今回見つかったのは、131億光年離れた銀河です。非常に遠くなのですが、それくらい遠くのものは、銀河クラスの明るさを持つものではければ見ることができません。ですから、今回の発見も、銀河という天体によってなれされました。
 宇宙の観測において、「遠さ」は「年齢」と直結します。遠くの天体の地球からの距離は、「光年」という単位で表現します。「光年」とは「光が1年かかって進む距離」のことです。光は1秒間で29万9792km進みます。その光が1年間かかって進むのですから、想像を絶するほどの遠くです。
 「1光年」の距離にある星の光は、「1年前」にその星を出たものです。「1年前」の天体姿を見ていることになります。131億光年離れた銀河とは、131億年前の銀河を見ていることになります。
 宇宙は137億年前に誕生したと考えられています。今回見つかった銀河は、宇宙が誕生してから6億年後のものであるということです。6億年は、地球や人類の感覚すると長く感じますが、宇宙においては、非常に初期にできた天体となります。遠くのものは暗くなるので、探すのは非常に難しくなります。暗さだけででなく、波長も変化していきます。
 その詳細や意味については、次回にしましょう。

・帰朝・
3月31日に北海道にもどり、
4月1日には大学に顔を出しました。
関係各所に挨拶をしていたら、
荷物がなんと午前中に着きました。
日程通りに荷物が動いたようです。
自宅の荷物も予定通りに届きました。
地震の影響で遅れるかと思っていたのですが、
周辺の復旧は進んでいるようです。
おかげで、予想より早く研究室の普及が終わりました。
ただし、大学のメールサーバの更新がありました。
ネットの接続や転送の設定をし直さなければならず
少々手間取りました。
また、バックアップもしなければなりません。
今週後半は、新入生の合宿オリエンテーションがあり、
来週からは講義がはじまります。
慌ただしく、日々が過ぎていきます。

・ドライな空・
北海道はやはり寒いです。
先週末には積雪がありました。
今週になっては、快晴の日々が続いています。
抜けるような青空は、北国ならではのものです。
特に抜けるような青空の中を
朝日が登るのは最高です。
愛媛のウエットな空もよかったのですが、
北国のドライな空もいいものです。
久しぶりに北の青空を味わっています。

2011年3月31日木曜日

4_103 黒瀬川ジオパーク2:西予3月

 いよいよ、今回が西予市のシリーズの最後となります。最後の回は、前回から続いている黒瀬川ジオパークです。西予市が現在取り組んでいる、ジオパークを目指した活動を紹介していきます。

 西予市がジオパークを目指すようになったのは、昨年秋あたりからでした。私も微力ながら協力してきました。私の滞在の目的のひとつには、科学教育もありました。ですから、小学校の授業や公民館や市民グループなどでも講演会をしてきました。そして2月には、ジオパークを目指す市職員のために、市役所で地質の現状を紹介する講演をさせていただきました。今年の秋ころには、地質図や地質の解説パンプレットなども出版する予定があり、私がその作成をすることになっています。
 私の一連の活動も、そのままジオパークに向けての科学普及になっています。私が活動をすることは、1年間西予市に滞在した、お礼にもなると考え喜んで協力させてもらっています。
 西予市は、終戦直後から、城川町や野村町を中心に精力的に地質調査がなされ、詳細なデータが出されてきました。地質学の歴史に置いても重要な地域です。終戦後しばらくは、交通も不便で、地図の整備も充分でなかったはずです。でも、数人の若き地質学者たちが、測量しながら、自力で地図を作成しながら地質調査をしてきました。
 その結果、この地域に分布する岩石や地層には、日本でも有数の古い地質体がであることが、充分なデータとともに提示されました。日本最古の化石がこの地からみつかり、しばらくは日本最古の地層が分布するところと有名になっていました。
 古い一群の岩石は、まわりの岩石とは、時代も違い、岩石構成も異質であることから、「黒瀬川構造帯」と呼ばれました。地元の地名である黒瀬川から名付けられました。黒瀬川構造帯は、まわりの岩石とは異質な存在です。異質な存在とは、「なぜ、この地に存在するのか」という、根本的な疑問をなげかけることになります。そして科学者は、その解決を目指します。
 地質学では、地向斜造山運動からプレートテクトニクスへ地球の見方に対する転換にともなって、地質の位置づけは、大きく変わってきました。黒瀬川構造帯の異質さの記載はかなり進んできました。しかし、現在の時代であっても、「なぜ、この地に存在するのか」という疑問は、まだ未解決のまま残っています。もちろんモデルはいくつか提示されていますが、決着はみていません。
 「黒瀬川構造帯」は、地質遺産として重要な価値があります。それは、地質学の世界で黒瀬川構造帯を多くの地質学者が知るところであることでもわかります。地域の市民たちも、その重要性を理解していくべきです。幸い、城川町窪野には、20年近く前に地質館が建てられていて、地域の地質の重要性を紹介しています。地質館における20年間に渡る活動は、ジオパークに向けて大きな力となるはずです。
 地質館の建設の手伝いが、私と城川の付き合いの始まりでもありました。その縁が今も続いているのです。そしてこれからも続いていくと思います。

・故郷・
西予シリーズのスタートが8月なので、
8ヶ月にわたる連載となりました。
ただし、2月が3回、3月が2回書きましたので、
合計で11回分のエッセイとなりました。
4月からスタートしなかったのが、悔やまれます。
ただし、城川や西予には毎年のように来ていますので、
周辺の話題を書いたエッセイは
数えたら7つありましたから、
今回の分も含めると合計18編になります。
北海道のエッセイが、28編ですから、
それに次ぐ数となります。
非常に多くの比率を占めています。
やはり西予市は私の第二の故郷となっています。

・再審査・
室戸は日本ジオパークになっていますが、
昨年10月に世界ジオパークに申請手続きをしました。
今年の秋には結果が出ると思います。
選ばれることを祈っています。
ジオパークは、継続的にその運営や活動が
報告が義務付けられていて、
定期的な再審査を受けることになっています。
ですから、活動が低下すると
認定が取り消されることもあるわけです。
継続的に地域の地質遺産を守り
活用することが重要なのです。

2011年3月24日木曜日

4_102 黒瀬川ジオパーク1:西予3月

 ジオパークは、日本ではいくつかの地域が目指しています。ジオパークとはどのようなものでしょうか。西予市とジオパークの関係を2回に渡って紹介していきます。

 「ジオパーク」とは、「地球の活動の遺産を見所とする自然の公園」とされています。ジオパークは、今では、メディアでも紹介されるようになり、多くの人が耳にしたことがあると思います。今回はジオパークを紹介していきます。
 ジオパークは、ユネスコの支援によって2004年に世界ジオパークネットワークが設立され、世界各国で取り組まれている活動です。ジオパークには、いくつかの条件をみたさなければなりませんが、いくつもの地質遺産(地史や地質現象がよくわかるサイト)のある地域の行政、民間、研究機関の三者が、連携して活動をこなっていくものです。地質遺産が存在することは前提ですが、地域の活動が重要になります。遺産と活動の両者を満たしているところが、ジオパークにいたる重要な要件になります。
 世界遺産は遺産の保護を重視するのに対して、ジオパークは保護だけでなく活用も重視されています。活用とは、地質遺産を教育や科学普及に利用することで地域振興のための開発も認めています。ですから、世界遺産とジオパークとは、似ていますが、違う点もあることに注意が必要です。
 地域の地質遺産を人や組織が連携して活用していくとが、ジオパークに向けてのスタートです。活動の実績が評価され、審査を受けて、認定に至ります。ステップとしては、最初は日本ジオパークに向けての活動、そして認定後は、世界へ向け国際的な取り組みによって世界ジオパークへの認定が行われます。
 ちなみに、日本では、14地域の日本ジオパーク(アポイ岳、南アルプス中央構造線エリア、恐竜渓谷ふくい勝山、隠岐、室戸、阿蘇、天草御所浦、霧島、伊豆大島、白滝、洞爺湖有珠山、糸魚川、島原半島、山陰海岸)があり、そのうち4地域(洞爺湖有珠山、糸魚川、島原半島、山陰海岸)が世界ジオパークに認定されています。
 世界ジオパークとしては、22の国において、77地域となっています。国別に見ると、中国が24地域、イタリア7、イギリス7、ドイツ5、スペイン5、日本4、ギリシア4、フランス2、ノルウェイ2、ポルトガル2が、複数の世界ジオパークをもち、あとはオーストラリア、マレーシア、ベトナム、オーストリア、ブラジル、カナダ、ハンガリー・スロバキア、アイルランド、北アイルランド、イラン、クロアチア、ルーマニア、チェコ、フィンランド、韓国がそれぞれ1地域ずつあります。
 発足してすぐの制度なので、まだ数は少ないですが、これから多くの地域がジオパークを目指していくことになります。日本でもジオパークを目指して、各地で取り組みをはじめています。四国でも、6町村が合同で「仁淀川・四国カルストジオパーク」を目指して取り組みをはじめています。
 そして、この度、私が滞在している、西予市も、黒瀬川構造帯を地質遺産としてジオパークを目指すことになりました。その詳細は、次回、紹介します。

・ジオパーク運動・
ジオパークの意義はいろいろあると思います。
ジオパークを目指すために人や組織が一体となって
地域の地質や自然を大切に思う気持ちを
創り上げていくことが
一番重要な意義ではないでしょうか。
そのような活動が成功すれば、たとえジオパークに認定されなくても
その地域に地質遺産は残ると思います。
それもジオパーク運動の重要な側面ではないかと思います。

・引越し・
明日、荷物を発送します。
その荷物は、いつ着くかは未定です。
地震のせいですので、
荷物が発送できるだけでも
よかったと思うべきでしょう。

2011年3月17日木曜日

6_89 我々の存在確率:ケプラー4

(2011.03.17)
 宇宙望遠鏡ケプラーのシリーズを続けてきましたが、途中間があきましたが、今回が最終回となります。ケプラーがもたらした成果は、もしかしたら私たちに宇宙の見方を変革を迫るものかもしれません。

 宇宙望遠鏡ケプラーが、不思議な惑星系を見つけたということを紹介しました。私たちの太陽系が、実は代表的なものではなく、宇宙には多様な惑星系があり、その多様性のひとつに過ぎないという認識がでてきました。他の観測からも、同じような結果を得ています。
 私たちの太陽系が多様な中のひとつに過ぎないとなると、気になってくるのは、地球外の生命の可能性、あるいは地球外の知的生命の存在確率がどうなるかということです。
 地球に似たような惑星の存在確率は、それほど多くないかもしれません。ただし、前回も述べましたが、小さい惑星は発見が難しく、必ずしも正確なデータが取れているわけではないことに注意が必要です。
 また、地球と似たような環境ができるかどうかも、あやくしなってきました。実際には、そこまで観測の分解能は上がっていませんので、次のステップと考えたほうがいいと思います。
 でも、ここで考慮しなければならないことは、私たちは、太陽系はどこにでもある、ありふれた存在であるということを、無意識に前提においているたことを見直す必要があるということです。その背景には、私たちの太陽は、主系列星の恒星で、サイズでもタイプでもありふれた天体であること。また、惑星形成のシナリオによれば惑星系は太陽形成とともに必然的に形成されること。地球の歴史も、初期条件が決定されれば、事象(生命現象も含めて)の多くは物理化学的必然性によって生み出されているらしいこと。これらのことが分かってきたため、そこからた私たちの惑星系も、ありふれたものだと考えてきました。私も、かつては、そう思っていました。
 しかし、今回も含めて異形な惑星系の多数の発見は、それらの「先入観」の思い違いを指摘してるのかもしれません。この思い違いの発覚は、太陽系以外の惑星系の発見に伴って、じわじわと明らかになってきました。ですから、一見、インパクトが少なかったのですが、これは実は、たいへん大きな見方の転換であったかもしれません。
 地球が太陽系の中心でなかったこと(コペルニクス的転回と呼ばれます)、あるいは太陽系が銀河系の中心ではなかったこと、などに匹敵するほどの転回かもしれません。生命や知的生命は、「条件さえ整えば」当たり前ということではないのかもしれません。
 それについては、まだ確証がありませんから、急ぐことはありません。観測を、淡々と進めるしかありません。
 今回のケプラーによって大量の探査データがえられれば、太陽系外惑星のカタログができるはずです。そうなれば、次なる観測目標が設定できます。ケプラーは大量のデータをもたらしますから、それを用いれば統計的な処理ができます。このようなデータは私たち人類、あるいは生命の存在確率を左右する重要なものとなっていくはずです。

・発展より復興を・
地震から10日以上たちました。
原子力発電所の緊急事態も
だいぶ解消されてきました。
これから復興に向けて
日本が一丸となって進まなければなりません。
今まで抑えられてきた不満も
これからは、いろいろ続出することでしょう。
でも、被災された方々を中心に据えて
日本は歩まなかればなりません。
日本はこれからは、発展よりも復興に向かいます。
一刻の早い復興を願います。

・引越し・
私の愛媛県滞在もあと1週間となりました。
明日、支所の荷物の搬出があります。
当初の予定では4月1日に大学の研究室に
荷物を入れる予定で25日の搬出が設定されました。
しかし、いつ届くかはわかりません。
自宅は30日に搬出です。
とりあえずは、31日に
身一つで札幌に向かいます。
大学の授業に必要なもので
手で持てるだけを持って行きます。
こんな苦労はささやかものです。

6_88 異形の惑星系:ケプラー3

(注)
 被災された方、お見舞い申し上げます。多くの方が今も、辛い思いや、寒い思いや、不便な思いをされていると想像します。日本中の人が、皆さんを見守り、無事を祈り、なにか自分にできることはないかと考えています。ですから、諦めることなく、頑張ってください。
 今回のエッセイで地震のことを書こうかと思いましたが、今だと、まだ不確か情報しかないのでやめました。専門家の報告をまってから、判断していくつもりです。私にできること、その中で私にだけしかできないことに専念していこうと考えました。その結果、淡々とメールマガジンを配信をすることにしました。今回も予定通り、連続中のエッセイを配信することにしました。

(以下メールマガジン本体)
 宇宙望遠鏡ケプラーのシリーズは2月17日を最後に、しばらく間があきました。その間にも新しい成果がありましたが、当初の予定通り、ケプラーの成果をみていきましょう。

 宇宙望遠鏡ケプラーは、光を発する恒星の明るさの変化を捉えるトランジット法によって、惑星を検知します。この方法は、惑星の質量を正確に決めることができるメリットがあります。
 そのような観測の結果、2月2日の発表では、太陽と似た恒星(ケプラー11と呼ばれています)が発見され、その周囲には6つの惑星が巡っていることがわかりました。惑星の5つは、恒星の非常に近く(太陽系の水星より内側)を回っています。もうひとつは、やや遠く(太陽系の金星軌道付近)を巡っています。非常に混み合ったところで回っている惑星系だといえます。
 さらにそれらの惑星は、サイズが小さい(地球の2.0~4.5倍)にもかかわらず、質量が小さい、つまり軽い惑星だとわかりました。つまり、ガス惑星だと考えられています。
 密度から考えると、内側の2個は厚い水蒸気の大気を持っている惑星(その外に水素とヘリウムの薄い大気がある)で、外側の4つは水素とヘリウムの厚い大気に覆われていると推定されます。
 ケプラー11のような惑星系は、私たちの太陽系から考えると、非常に不思議です。なぜなら、私たちの太陽系では、太陽風などによって惑星のガスは吹き飛ばされ、岩石惑星(薄い大気を持つこともある)が太陽の近いところを回っています。そして太陽から遠いろは、厚いガスをまとった巨大なガズ惑星となります。これが私たちの太陽系からの常識でした。今回の惑星系は、私たちの太陽系の常識が通じないことを示しています。
 いろいろな観察手段によって太陽系外惑星は、現在、500個以上が確認されています。その多くは、太陽系から想定できる一般的な惑星系とはかなり違ったものです。観測的条件により、母天体に近い大きい惑星が見つかりやすくなります。つまり、小さい惑星、太陽から遠い惑星は見つかりにくくなります。たとえ多数のデータがあったとしても、そこには偏りを含んでいる可能性があるので、そこから得られる惑星系像が、私たちの銀河の平均値とはいえないということを心得ておくべきでしょう。
 もちろん、得られたデータは重要です。そのデータが示していることは、私たちの太陽系が、決して一般的な当たり前の惑星系ではないということです。想像以上に惑星系の多様性はあるようです。

・城川通信・
基本的に支所にいるときは、
毎日家族あてに、メールを送っています。
個人的なものなので全く公開していなかったのですが、
今回だけ、一部を掲載させていだきます。

城川通信 No.263 2011年3月15日号
(前略)
まだ地震の全貌がわからないので
落ち着かないところがあります。
教え子の家族、友人でまだ消息がつかめない人もいます。
もし被災されていたら、
4月から大学や仕事を続けられないかもしれません。
原発のトラブルもまだ続いています。
まだ災害は続いています。
ですから、個人も組織も、公の機関も人も
被災された人たち、地域のことを
最優先にすべきです。
ですから、そんなやり方に不満を感じても、
グチを口にしないほうがいいでしょう。
こんな大規模な災害を経験することは、
つらいことではありますが、
人間として国家として強くなるチャンスだと思います。
きっといい経験になります。
(後略)

・原子力発電所・
原子力発電所のトラブルが心配です。
本来なら、もう冷却していてもいいころなのに、
5日目(16日午後現在)になるのに、
まだ熱をもっているようです。
制御棒が完全におりていれば、
あとは冷めるだけですから、
こんなに長く高温であるのは、非常に心配です。
関係者が必死の努力をされています。
海外からも専門家の援助がありそうです。
なんとか沈静化することを祈っています。

2011年3月10日木曜日

4_101 トゥファ3:西予2月

 トゥファは過去の気候変化を記録している可能性があることがわかりました。地球の古気候解析の素材となるということです。人里離れた名もない沢に、密かに成長するトゥファから、そんなグローバルな展開が起こりました。地元の人にも余り知らていないエピソードです。

 狩野さんらの論文で、中津川のトゥファに関するものは2編あります。最初の1999年の論文は、前回まで説明した季節変化の話でした。2000年の論文では、今回紹介するトゥファの形態や内部組織から考察しています。
 トゥファは、二酸化炭素の脱ガスしたところで沈殿をします。脱ガスが起こりやすいのは、流れの段差のある部分、つまり小さな滝のところです。トゥファは、年間数mmから1cmの厚さで成長します。
 狩野さんらは、トゥファの形態や組織から、5つのタイプに区分されています。その内部組織は、水流と生物に支配されているそうです。その生物とは、トゥファの表面に生息しているフィラメント状のシアノバクテリアのことです。シアノバクテリアの付近で、多数の穴の開いた(多孔質といいます)炭酸カルシウムの沈殿が起こります。
 このシアノバクテリアは、水が枯れることのないところで、よく成長しています。水が枯れるようなところは、あまり生育に適していません。ですから、成育には暖かく、水量の多い夏が適しています。夏には、明るい色の比較的緻密な層を形成します。一方冬には成長が悪く、暗色の隙間の多い層が形成されます。それらの明と暗、密と粗の違いが「年輪」として、縞模様を形成しています。
 トゥファの成長は、炭酸カルシュウムの沈殿の条件に左右されます。それは、降水量と気温が重要な条件となということです。トゥファの年輪は、木の年輪のように季節の様子を記録していることになります。ですから、過去のトゥファを研究することによって、過去の気候を読み解こることが可能となるはずです。そのようなデータを集積していけば、地球の古環境が復元できるかもしれません。
 トゥファの成長速度は、鍾乳石などよりずっと早く、記録媒体としてはいい素材といえます。狩野さんたちは、中津川のトゥファから転進して、各地のトゥファを精力的に研究され、古気候の復元を進められています。
 西予市城川町中津川の人里離れた名もない沢に、密かに成長するトゥファ。それに着目して、こつこつと研究された結果、過去の全地球的な気候変動を読み取る媒体にもなることが突き止められました。面白い研究成果の話がそこにはありました。長くなりましたが、これが、西予市のまつわる、余り知られていないエピソードでした。

・シアノバクテリア・
シアノバクテリアは、光合成をする微生物で、
地球の酸素形成に重要な役割を果たしたと考えられています。
シアノバクテリアは、生育条件を反映して盛衰します。
炭酸カルシウムなどの沈殿物を形成をしながらの成長であれば、
彼らの成長の盛衰が記録として保存されます。
そのようなシアノバクテリアの盛衰が、
今回の成果をもたらしました。
トゥファという素材で
どこまで古いものが手に入るかが、
次なる飛躍のためには重要になりそうです。

・天気次第・
3月になって、天気がよければ出歩くことにしています。
まだ寒い日もありますが、
残された時間を大切に使おうと思っています。
天気になる日を祈りながら日々を過ごします。
天気の悪い日は、データ整理と論文作成という
いつもの淡々として日々を過ごします。

2011年3月3日木曜日

4_100 トゥファ2:西予2月

 トゥファのシリーズです。西予は月に一回の連載のつもりでしたが、あと一回予定があり、合計3回のエッセイが続きそうです。継続中の「ケプラー」のシリーズが中断されていますが、西予の名残としてご容赦ください。

 トゥファとは、冷たい湧き水から地表で炭酸カルシウムが沈殿したものです。それが、西予市城川町中津川の支流で見つかります。広島大学の狩野彰宏さん(現在九州大学)らが、1年以上にわたって、水質や水量などを調べました。その結果、いろいろ面白いことがわかってきました。
 トゥファのある沢では、年間72.6トンの炭酸カルシウムが流れでています。その内、5.8トンがトゥファとして沈殿していることがわかりました。また、沢水は、地表に出てすぐ二酸化炭素の溶解度(正確には二酸化炭素分圧といいます)を急激に減少し、下流ほどさらに下がっていることもわかりました。さらに、堆積するトゥファの量は、夏に多く、冬に少ないということがわかりました。
 このようなデータは何を意味するのでしょうか。
 沢水で二酸化炭素分圧が減少すると、炭酸カルシウムの溶解度は過飽和(飽和以上に溶けている)状態になります。すると、炭酸カルシウムが沈殿して、トゥファができるわけです。沢の湧き出し口で急激に分圧が下がるので、上流にたくさんのトゥファができます。そして、下流になっていくほど減ります。つまり、沢の奥の限られたところにトゥファができることになわるけです。これでトゥファの不思議な産状も理解できます。
 また、堆積するトゥファの量の季節変化も、水温と二酸化炭素の関係で理解できます。
 化学的な性質で、二酸化炭素の水の溶解度は、温度に逆比例します。正確には比例ではなく、曲線です。0℃から30℃あたり(日本の気温のあたり)では、急激に溶解度が減少します。地下の温度は、気温(大気温度)をあまり受けません。ですから、地下水が地表にでたとき、沢水となって、一気に大気温にさらされます。その時、暑い時のほうが溶解度が小さいのでより沈殿するわけです。
 実際には、地下の温度変化、地下での溶解度の変化なども関係していると考えられています。しかし、中津川のトゥファの面白さは、地域限定の話題ではなく、古気候解析まで話が進んでいくことです。それは次回となります。

・残された時間・
西予市の滞在もあと一月となりました。
2月中旬から暖かくなり、
動きやすくなりました。
寒いと、動くのがいやでついつい支所にこもっていました。
それに行事もいろいろ行われるようになりました。
先月も高知県津野町で大わらじを
つくる地域の祭りがありました。
今週末は、梼原で津野山神楽があります。
それに来週にある地域の以来を受けて
石灰岩地域を見に行く予定をしています。
いろいろ忙しくなりそうですが、
残された時間を有効に使いましょう。

・温暖化・
二酸化炭素の水の溶解度が
温度に逆比例するという特性は、
地球温暖化において、重要な条件となります。
つまり温暖化すれば、海洋から二酸化炭素が放出されて
ますます温暖化が促進されるということになります。
まあ、ことはそう単純ではなく、
沈殿する炭酸カルシウム、
海洋の膨張による堆積の増加
などなど・・
複雑な要因があるのですが。
そういえば、最近温暖化の話題が少なくなりました。
また、温暖化を否定しているようなデータや論文も
当たり前に見かけるようになりました。
さてさて、どうなっていくのでしょうか。
このままトーンダウンしていくのでしょうか。

2011年2月24日木曜日

4_99 トゥファ1:西予2月

 西予市城川町古市を流れる中津川のさらに支流にトゥファと呼ばれる石があります。その石は、地下水から沈殿してできたものです。そのトゥファには、一年の気候変動の記録が残されていました。

 「トゥファ」というものをご存知でしょうか。英語では「tufa」と表記されます。西予市城川町古市の中津川には、「トゥファ」と呼ばれる石があります。
 トゥファは、石灰分をたくさん含んだ地下水から地表で炭酸カルシウムが沈殿した石です。一種の石灰華のようなものですが、温泉地帯のもととは区別されています。温泉地帯の石灰成分の沈殿物は、トラバーチン(travertine)とよばれています。
 石灰分を多く含んだ地下水は、石灰岩層があるところを流れているものです。石灰成分の多い地下水が、地表に出てきて大気にふれると、二酸化炭素が抜け出てきます(脱ガスといいます)。すると地下水の炭酸カルシウムは水にとけていることができず(過飽和といいます)、沈殿してきます。このようにしてできた石が、トゥファです。
 水の流れが滞りやすいとことでは、二酸化炭素が抜けやすくなります。そのようなところが、比較的水がたまるため、山間の沢では、段差のあるとこになります。そこに、トゥファはできやすくなり、トゥファのすぐ下は、小さな滝のようになります。
 トゥファの表面には、フィラメント状のシアノバクテリアが生育しています。シアノバクテリアもトゥファの形成に関係があります。
 城川には大きな石灰岩体がいくつかあり、鍾乳洞も見つかっています。石灰岩からの湧き水があればどこもでトゥファができるわけではなく、それなりの条件を満たす必要があるようです。西予市で、トゥファをつくる条件を満たしていたのは、中津川の支流だけでした。
 中津川のさらに小さな支流ですが、そこで1年以上にわたって、水質や水量などを調べた研究結果があります。広島大学の狩野彰宏さん(現在九州大学)たちが調べられたものですが、この研究から、トゥファの形成において、季節変化が起こっていることがわかりました。そしてそこから古気候解析まで話が進みます。その詳細は次回としましょう。

・継続こそ力・
狩野さんたちの研究は1999年と2000年に報告されています。
調査は、1997年3月から、1998年4月まで
ほぼ月に一度14回にわたってなされました。
その結果、ローカルの現象にとどまることなく、
グローバルな現象へと展開できることに気づかれました。
なかなか面白い研究だと思います。
その発想の原点が、1年以上に渡る
非常に地道で継続的な努力によっています。
継続こそ力となるのでしょうか。
成果の詳細は次回とします。

・紅梅・
先日春を思わせる陽気の快晴の日に、
富士山(とみすやま)へ行きました。
つつじが有名ですが、
先日は梅を見に行きました。
梅園もあり、紅梅がもう盛を過ぎていました。
白梅が一本だけで咲いていましたが、
ほかの木はまだでした。
山里の城川は梅はこれからですが、
いろいろ春が来ました。
残された一ヶ月は、時間が許す限り
出歩こうと思っています。