2009年6月11日木曜日

2_79 海洋の酸素:酸素の物語5

2_79 海洋の酸素:酸素の物語5
(2009.06.11)
 前回は、大気中の酸素の歴史を、鉄のマーカーから赤い砂岩の存在から探っていきました。今回は、海水中の酸素の歴史を探っていきます。やはり、マーカーは鉄です。鉄が沈殿してできた縞状鉄鉱層は、海中の酸素形成を物語っています。

 酸素がない環境で、海のような水があれば、鉄はイオンとして溶けこんでいます。地球表層は、当初、酸素がない環境でスタートしました。ですから、海中に長年かかって、鉄イオンが、大量に溶け込んでいたと考えられます。
 鉄が水に溶けて2価のイオンになると、鉄の水和イオン(Fe(H2O)6^2+という化学式)となり、うすい緑色になります。ですから、鉄の溶け込んだ海は、緑色だったかもしれません。
 海に酸素が現れると、鉄イオンは酸化して、沈殿していきます。つまり、大気と同様に、海でも鉄が酸素のマーカーとなります。酸素が海水中に出てくると、それまでイオンとして存在した大量の鉄は、一気に沈殿していきます。このような鉄の沈殿物は、大規模な鉄鉱床として、世界の各地で見つかっています。
 鉄鉱石は、縞状になっていることから、縞状鉄鉱層(Banded Iron Formation、略してBIF)と呼ばれます。縞は、鉄に富む部分と、ケイ酸塩鉱物から成るチャートなどの部分とによって形成されています。層の厚さは、数mmから数cmほどで、比較的細かい縞模様になっています。現在産出されている鉄鉱石の大部分は、縞状の鉄鉱層の産状となっています。いかに、酸素の果たした役割が大きかったかが伺われます。
 私たちの文明は、この縞状鉄鉱層を還元(鉄から酸素をはぎ取る)して、金属の鉄として利用しています。酸化した鉄から酸素を取り去ることが、文明への大きなステップになりました。つまり、鉄器時代の幕開けです。鉄なくしては、今の文明もなかったはずです。
 縞状鉄鉱層は、30億年前から20億年前、特に25億年前ころものが大量に見つかっています。世界の5大鉄鉱石産地はこれは、30億年前ころから、酸素が海水中に供給されはじめ、25億年前まで酸素の供給がピークを迎えました。酸素の供給はその後も続いていたと思われますが、海水中の鉄が使われてしまうと、鉄の沈殿は徐々に減ってきます。海で使われず余った酸素は、大気中に出てくるようになります。それに対応して、大気の酸素が増え、20億年前ころから赤色の砂岩が見つかるようになります。
 鉄鉱石が縞を成しているのは、堆積岩であることを意味していますが、その他にも、酸素の供給の変動、周期やリズムを示しているのかもしれません。つまり、酸素を供給する生物の季節変化によって酸素の量は変動し、鉄の沈殿もそれに呼応しているかもしれません。あるいは、もっと長い時間間隔での、気候変動のような周期性を示しているのかもしれません。
 しかし、残念ながら、縞模様の由来、成因については、まだ解明されていません。ところで、そもそも酸素は、いつどのようにして形成されたのでしょうか。酸素の形成には、今と同様に生物が関与していました。その証拠とも見つかっています。それを次回紹介しましょう。

・縞状鉄鉱層・
縞状鉄鉱層を、以前、分析に使ったことがあります。
広い面積での鉄や珪素などの元素分布を見るために、
当時は特殊な分析装置を借りて分析しました。
分析に使った試料は、今の私の研究室にあります。
縞模様の元素分布から、縞の成因を探りたかったのですが、
力が及びませんでした。
分析の結果を示すことと、
縞状鉄鉱層の総説的報告で論文を作成しました。
縞状鉄鉱層の産地には、何箇所かにいったことがあり
思い出深い岩石となっています。
分析にも使った試料の産地である
西オーストラリアのハマースレイは、
その規模の大きさ、そして縞模様の美しさに驚かされました。

・化石資源・
鉄は、宇宙でも、地球でも比較的多い元素です。
地球の鉄の大部分は、中心部の核にあります。
それでも、鉄はマントルや地殻にも
主成分元素のひとつとして分布しています。
いってみれば、どこにでもある当たり前の元素です。
資源として利用するには、
農集していなければ、価値がありません。
そこで縞状鉄鉱層が重要になってきます。
海の誕生以来、10億年以上に渡って
蓄えられてきた鉄のイオンが
酸素によって酸化され鉄鉱層となりました。
それを私たちは、今、資源として盛んに使っています。
資源は有限で、やがては枯渇します。
現在の状態で使っていると
100年ほどで掘りつくしてしまいます。
もちろんリサイクルや新たな鉱山が発見されるでしょう。
地球上で量が多いとはいっても、
資源が有限であることには変わりありません。
鉄は、地球の酸素が農集してくれたものです。
一種の化石資源といえるものです。