2009年6月25日木曜日

2_81 GOEの時期:酸素の物語7

 酸素の物語も、いよいよ最終回となりました。今回は、新しい研究成果を2つ紹介しながら、酸素の形成時期がいつだったのるかを探っていきます。最新の成果によれば、28億年前ころに酸素の急激な増加が起こったと考えれています。

酸素は、20数億年前ころから急に生成されてきました。酸素をつくった生物が残したストロマトライトという岩石、海水中の酸素によって形成された縞状鉄鉱層という岩石、空気中の酸素が酸化させた赤色砂岩という岩石などが、いずれもが20数億年前を指し示します。多くの研究者も酸素の形成が20数億年前だと考えています。このような事件を大酸化事件(Great Oxidation Event、略してGOE)と呼んでいます。
最近、GOEについて、2つの重要な報告がなされました。
ひとつは、カナダのアルバータ大学のコンハウザー(K. O. Konhauser)らの研究で、2009年4月のネイチャーに掲載されたものです。
GOEは、今まで、メタンの濃度が低下したことが引き金となったと考えられていましたが、その原因は不明でした。コンハウザーらは、縞状鉄鉱層のニッケル(正確にはNi/Feのモル比)を調べたところ、26億年前ころからニッケルが急激に減少していることを発見しました。
ニッケル減少の原因は、上部マントルの温度が下がったことによって、超苦鉄質岩(コマチアイトなどの太古代固有の火山岩)の噴火が衰えたため、海水中のニッケルが減ったと考えられす。メタンをつくって生活しているメタン細菌にとって、ニッケルは生体(酵素合成のため)とって不可欠な成分でした。海水中のニッケルが減少した結果、メタン細菌の活動が衰えて、メタンの濃度が低下したというものです。
コンハウザーの示した図によれば、ニッケルの急激の減少は、26億年前ころに起こったことが読み取れます。
もうひとつの研究は、東京大学の加藤泰浩さんらによる大気中の酸素の供給時期についてのものです。加藤さんたちは、GOEの時期が従来よりも3億年以上も古くなるという報告をしました。
酸素の供給時期は、従来は、イオウの成分(同位体という核種)から、24.5億から23.2億年前と考えられてきました。しかし、その決定法には問題点もあり、別アプローチによる判定が必要だとされていました。
加藤さんたちは、西オーストラリアのマーブルバーでボーリングをして、地下200mのところから、酸化的な地下水で赤鉄鉱が形成された玄武岩を発見しました。その玄武岩には黄鉄鉱の脈(玄武岩よりあとにできたもの)が形成されていました。黄鉄鉱を調べたところ、27.6億年前という年代を得ました。
この年代は脈が形成された時代なので、玄武岩の赤鉄鉱化は27.6億年前より以前にさかのぼることになります。また、玄武岩自体の形成はさらに古くなります。加藤さんたちは、29億から27.7億年前に、赤鉄鉱化が起きたと推定しています。つまりそれが、酸化的な地下水が形成された時期となるわけです。酸化的な地下水は、酸化的な大気があったことを意味します。
この結果は、今まで考えられていたものより、3億年以上古い時代にまで酸素の形成時期を遡るもので、コンハウザーのデータと似ています。また、加藤さんたちは、玄武岩の化学組成から、当時の大気の酸素濃度が現在の1.5%だったと推定しています。
酸素形成は、どこまで遡るのでしょうか。もっと古くなるのでしょうか。それは多分ないと考えられます。なぜなら、大量の岩石による証拠は、さらに古くまで遡ると説明が困難にないきます。酸素の物語は、別のステージへと入っていきそうです。今後は、GOEの時期をどれくらい正確に決定できるか、そしてGOEをどれくらい詳しく再現できるが重要になってきます。

・酸素の物語・
地球の酸素の形成の物語は、
多くの証拠があることから、
簡単に分かるのだろうと考えられそうですが、
実はそう簡単ではないのです。
岩石が、過去の大気をそのまま保存していることはありません。
なぜなら岩石は固体、大気は気体だからです。
酸素の証拠を持った岩石があっても、
形成後に変化を受けることなく
現在まで残されなければなりません。
それは、なかなか難しいことです。
なぜなら酸化という現象は
酸素があれば起こってしまうからです。
地表にあれば酸化だけでなく、風化も受けるし、
地下だと試料を見つけることが困難になります。
そんな困難さをボーリングによって克服したのが
今回の加藤さんらの成果です。
このアイディアが、今回の成果につながったのでしょう。
しかし、海外の灼熱の大地でのボーリングは
大変なことだったと思います。
さらなる成果を期待したいと思います。

・曇りの6月・
北海道は、やっと晴れたと思ったら
蒸し暑い天気となりました。
この時期はオホーツク海高気圧があり
北海道は晴れるはずのですが、
前線が北海道上空ばかりを通過し、
6月は、曇りや雨ばかりの天気でした。
大陸に居座っていた低気圧がやっと移動していきました。
これで、晴れの日が訪れることになりそうです。
ただ、梅雨のような蒸し暑さは困ります。
北海道は梅雨がなくカラッとしているのが
この時期のはずです。
そんな日を待ち望んでいます。

2009年6月18日木曜日

2_80 酸素の誕生:酸素の物語6

 酸素を形成しはじめたのは、シアノバクテリアという小さな生物だと考えられています。絶滅したかに見えたストロマトライトをつくった生物は、現在も、入り江の奥に、ひっそりと人知れず、シアノバクテリアの子孫は生き延びていました。そのシアノバクテリアの発見から、20数億年前の酸素誕生の秘密が解明されてきました。

 縞状鉄鉱層の堆積とほぼ同時代に、ストロマトライトと呼ばれる不思議な岩石が見つかります。ストロマトライトは、数10cmから1mほどの直径をしたマッシュルームのような形をした岩石が連なっています。ひとつの地層の中にマッシュルームが並んでたっています。地層ですから隙間はなく、隙間があったであろうところは、ストロマトライトの破片などで満たされています。断面は、マッシュルールの外形に沿って、同心円状の縞模様になっています。
 かつては、ストロマトライトはどのようにして形成されたかはわからなからない、なぞの岩石だったのですが、現在も生きているストロマトライトが発見されました。西オーストラリアなどの、いくつかの海岸付近に細々とながら生きているのが発見されています。ですから、「生きているストロマトライト」と呼ばれることがあります。
 ストロマトライトは、シアノバクテリアが群生して作り上げた岩石です。その「生きているストロマトライト」(本当はシアノバクテリアが生きている)の研究から、光合成をしていることがわかってきました。
 ストロマトライトが、酸素を形成した生物の証拠、つまり「化石」となっています。狭い意味では、化石は生物の遺骸や体の一部をさしますが、広い意味では生物の生活した跡や棲家、足跡なども化石(生痕化石と呼ばれる)とされています。地質学では、化石という用語は、広義で使われています。ですから、ストロマトライトも立派な化石となります。
 ストロマトライトをつくったシアノバクテリアは、昼間、海の中で漂っているときは、水、太陽、海水中に溶け込んだ二酸化炭素がそろっているので、光合成をし、成長します。それ以外の条件、たとえば、干潮で水から上がったり、夜だったりすると、光合成はできません。干満と太陽の周期によって、酸素のできる、できないの周期性が生じます。
 シアノバクテリアが出す酸素は、酸素への対処ができていない生物(ミトコンドリアのような器官を持たない生物)にとって、猛毒となるものでした。なおかつ、酸素を利用できる生物は、エネルギー効率がよいために、他の生物を圧倒できる性能ももっていました。シアノバクテリアは、住みよい環境(太陽があたる穏やかな海岸沿い)を、酸素を武器に制覇していきました。その繁栄の名残が、ストロマトライトなのです。
 シアノバクテリアが水の中に漂い、活動的な環境(季節や水温など)が整うと、成長、増殖します。そのとき、回りに漂っている砂を自分の周りに粘液で付着させ、上に伸びよう、横に広がろうとします。この成長が、ストロマトライトに見られる縞模様として記録されていきます。ストロマトライトの縞模様は、一種の年輪のような成長の履歴と考えられます。
 ストロマトライトは、20数億年前ころには、大量に地層の中から見つかります。古いものでは、30億年前より以前からあると考えられます。ですから、30数億年前あたりから、シアノバクテリアは酸素を供給しはじめ、20数億前ころから大量に酸素を形成しはじめたことになります。
 シアノバクテリアは、生物ですので、季節変化、あるいは干満の変化の受けます。つまり、酸素の供給量に、季節や干満などの周期性が生じる可能性があります。これが、縞状鉄鉱層の縞模様を生む要因ではないかと考えられます。しかし、その周期のなぞは、まだ解明されていません。
 ここまで、赤色砂岩、縞状鉄鉱層、ストロマトライトは、すべて酸素形成の歴史を示していました。そして、それらから読み取れる酸素の形成のスタートは、20数億年前に収斂しています。最近、2つの酸素の形成時期に関する報告がありました。それを、次回紹介しましょう。

・ハメリンプール・
ストロマトライトを形成するシアノバクテリアは、
西オーストラリアのインド洋側にある
シャーク湾の最奥部のハメリンプールという海岸に
ひっそっりと生きていました。
その理由は、シャーク湾が水深2mほどの遠浅であることと
亜熱帯で砂漠地帯なので海水の蒸発が激しいことで、
海水の塩分濃度が高く、
他の生物があまり住めない環境です。
そして、何より開発があまりされておらず
自然がそのまま残されています。
そのため、シアノバクテリアの天敵が
あまり住めない環境が、
保存されたのであろうと考えられます。
現在は、世界遺産に登録されて保護されています。

・天候不順・
北海道の6月は天候不順で、
曇りや雨の日が続いています。
北海道はイベントが目白押しですが、
YOSAKOIソーラン祭りも雨にたたられました。
小学校の運動会も小雨が降る天気でした。
天候が不順で、日照時間不足で、
農作物への影響も心配されます。
数日、寒い日がありましたが、
気温はそれほど低くないようです。
オホーツクに高気圧が
ドッシリと居座っているため、
その前面に当たる北海道が、
気圧の谷になって次々と低気圧が通り過ぎていきます。
そのせいで、悪い天気が続いているようです。

2009年6月11日木曜日

2_79 海洋の酸素:酸素の物語5

2_79 海洋の酸素:酸素の物語5
(2009.06.11)
 前回は、大気中の酸素の歴史を、鉄のマーカーから赤い砂岩の存在から探っていきました。今回は、海水中の酸素の歴史を探っていきます。やはり、マーカーは鉄です。鉄が沈殿してできた縞状鉄鉱層は、海中の酸素形成を物語っています。

 酸素がない環境で、海のような水があれば、鉄はイオンとして溶けこんでいます。地球表層は、当初、酸素がない環境でスタートしました。ですから、海中に長年かかって、鉄イオンが、大量に溶け込んでいたと考えられます。
 鉄が水に溶けて2価のイオンになると、鉄の水和イオン(Fe(H2O)6^2+という化学式)となり、うすい緑色になります。ですから、鉄の溶け込んだ海は、緑色だったかもしれません。
 海に酸素が現れると、鉄イオンは酸化して、沈殿していきます。つまり、大気と同様に、海でも鉄が酸素のマーカーとなります。酸素が海水中に出てくると、それまでイオンとして存在した大量の鉄は、一気に沈殿していきます。このような鉄の沈殿物は、大規模な鉄鉱床として、世界の各地で見つかっています。
 鉄鉱石は、縞状になっていることから、縞状鉄鉱層(Banded Iron Formation、略してBIF)と呼ばれます。縞は、鉄に富む部分と、ケイ酸塩鉱物から成るチャートなどの部分とによって形成されています。層の厚さは、数mmから数cmほどで、比較的細かい縞模様になっています。現在産出されている鉄鉱石の大部分は、縞状の鉄鉱層の産状となっています。いかに、酸素の果たした役割が大きかったかが伺われます。
 私たちの文明は、この縞状鉄鉱層を還元(鉄から酸素をはぎ取る)して、金属の鉄として利用しています。酸化した鉄から酸素を取り去ることが、文明への大きなステップになりました。つまり、鉄器時代の幕開けです。鉄なくしては、今の文明もなかったはずです。
 縞状鉄鉱層は、30億年前から20億年前、特に25億年前ころものが大量に見つかっています。世界の5大鉄鉱石産地はこれは、30億年前ころから、酸素が海水中に供給されはじめ、25億年前まで酸素の供給がピークを迎えました。酸素の供給はその後も続いていたと思われますが、海水中の鉄が使われてしまうと、鉄の沈殿は徐々に減ってきます。海で使われず余った酸素は、大気中に出てくるようになります。それに対応して、大気の酸素が増え、20億年前ころから赤色の砂岩が見つかるようになります。
 鉄鉱石が縞を成しているのは、堆積岩であることを意味していますが、その他にも、酸素の供給の変動、周期やリズムを示しているのかもしれません。つまり、酸素を供給する生物の季節変化によって酸素の量は変動し、鉄の沈殿もそれに呼応しているかもしれません。あるいは、もっと長い時間間隔での、気候変動のような周期性を示しているのかもしれません。
 しかし、残念ながら、縞模様の由来、成因については、まだ解明されていません。ところで、そもそも酸素は、いつどのようにして形成されたのでしょうか。酸素の形成には、今と同様に生物が関与していました。その証拠とも見つかっています。それを次回紹介しましょう。

・縞状鉄鉱層・
縞状鉄鉱層を、以前、分析に使ったことがあります。
広い面積での鉄や珪素などの元素分布を見るために、
当時は特殊な分析装置を借りて分析しました。
分析に使った試料は、今の私の研究室にあります。
縞模様の元素分布から、縞の成因を探りたかったのですが、
力が及びませんでした。
分析の結果を示すことと、
縞状鉄鉱層の総説的報告で論文を作成しました。
縞状鉄鉱層の産地には、何箇所かにいったことがあり
思い出深い岩石となっています。
分析にも使った試料の産地である
西オーストラリアのハマースレイは、
その規模の大きさ、そして縞模様の美しさに驚かされました。

・化石資源・
鉄は、宇宙でも、地球でも比較的多い元素です。
地球の鉄の大部分は、中心部の核にあります。
それでも、鉄はマントルや地殻にも
主成分元素のひとつとして分布しています。
いってみれば、どこにでもある当たり前の元素です。
資源として利用するには、
農集していなければ、価値がありません。
そこで縞状鉄鉱層が重要になってきます。
海の誕生以来、10億年以上に渡って
蓄えられてきた鉄のイオンが
酸素によって酸化され鉄鉱層となりました。
それを私たちは、今、資源として盛んに使っています。
資源は有限で、やがては枯渇します。
現在の状態で使っていると
100年ほどで掘りつくしてしまいます。
もちろんリサイクルや新たな鉱山が発見されるでしょう。
地球上で量が多いとはいっても、
資源が有限であることには変わりありません。
鉄は、地球の酸素が農集してくれたものです。
一種の化石資源といえるものです。

2009年6月4日木曜日

2_78 大気の酸素:酸素の物語4

2_78 大気の酸素:酸素の物語4
(2009.06.04)
 生物が陸に進出したのは、大気中に酸素が蓄えられた後でした。それ以前、生物は、海の中の生活していました。海の中にはすでに光合成をする生物がいましたので、生みも酸素に満ちていたはずです。では、いつ、大気や海洋に酸素が蓄積されてきたのでしょうか。酸素の蓄積の証拠は、どうすればわかるのでしょうか。

 酸素は、いつ大気に蓄えられたのでしょうか。酸素は光合成によって植物がつくったものですから、陸上植物や海の植物性プランクトンの生息域である大気や海洋が、酸素の生産場所となります。そしてそこは、酸素の蓄積場所ともなります。
 残念ながら、大気(気体)や海洋(液体)のように固体でない物質は、化石になったり、地層中に保存されたりしません。ですから、大気や海洋が酸素を蓄えた時期を知るためには、固体になっている酸素を見つけなければなりません。
 昔の酸素の様子を知るための有力なマーカーとして、鉄があります。鉄は、地球にはたくさんある元素で、酸化されやすいため酸素の存在に敏感だからです。鉄は、酸化されると赤っぽくなったり、青っぽくなります。私たちが一番よく目にするのは、鉄のサビの赤褐色でしょう。このような鉄の酸化物の色は、古来から弁柄(べんがら)や青色のプルシアンブルーなどの顔料として利用されてきました。
 砂に少しでも鉄の成分があると、酸化されれば赤っぽくなります。乾燥したオーストラリアの大地、アフリカのサハラ砂漠などは、赤っぽい砂に覆われています。このようなものが、たまっていくと赤っぽい砂岩の地層となります。大気中に酸素ができると鉄の酸化物として固体になります。酸化物がその場でたまったり、あるいは海に運ばれたりして堆積物になると、やがては赤っぽい地層ができます。
 鉄の酸化物には、二価と三価の陽イオン(Fe2+、Fe3+)があります。二価の鉄イオンは水に溶けやすく、三価の鉄イオンは強い酸性の水には溶けますが、中性の水には溶けにくいという性質があります。海水中に溶けていた二価の鉄イオンが、酸素が増加すると、さらに酸化され三価のイオンになり、沈殿していくことになります。つまり、鉄イオンが海水中にあり、そこに酸素が加わると、酸化物の沈殿ができることになります。
 海でも陸でも酸素があれば、鉄の酸化物は固体になります。つまり、酸素があれば、鉄の酸化物の混じった堆積物ができるはずです。過去の地層から鉄の酸化物を見つければ、海洋や大気に酸素があったかどうかを判定することができるわけです。目印は、赤褐色の堆積岩です。
 そのような目でみていくと、赤っぽい堆積岩はあちこちでみつかります。赤っぽい堆積物は特徴的だったので、地質学の発祥地でもあるイギリスでは、「赤色砂岩」と命名され、記載されていきました。イギリスでは赤色砂岩には、新旧2つの時代のものがあり、新しいものを「新赤色砂岩」、古いものを「旧赤色砂岩」と呼んでいました。
 新赤色砂岩はペルム紀から三畳紀初期に堆積したもので、旧赤色砂岩はデボン紀を中心として後期シルル紀から初期石炭紀までにできたものです。いずれも、大陸内の砂丘や湖、河川、あるいは大陸近く海底にたまった堆積岩です。これらは、大気中に酸素があったことを示しています。時期的にも、前回紹介した陸上に進出した生物化石の証拠とも一致します。
 固有の名称はついていませんが、赤色の砂岩は、もっと古い時代からも見つかります。カンブリア紀以前にも、赤色の砂岩があります。そして、20億年前ころまでの堆積岩に、赤色の砂岩が見つかります。これは、20億年前にはすでに大気に酸素があり、それ以降大気中にはずっと酸素があった証拠となります。
 ところが、20億年前より古くなると、赤色砂岩は見られなくなります。大気中の酸素は、どうも20億年前あたりを境にして、一気に増えてきたことを意味します。
 では、海の中の酸素は、いつ増えたのでしょうか。そして、その痕跡は、どこに残されているでしょうか。それは、次回の話としましょう。

・旧赤色砂岩・
スコットランドの地質学者ジェームズ・ハットンは
スコットランドの海岸で不整合を発見しました。
それは、地質学の黎明というべき出来事でした。
その不整合は、下にシルル紀砂岩
上にデボン紀の旧赤色砂岩が覆っているものでした。
旧赤色砂岩はスコットランドではよく目にします。
この赤色の石材で作られた建物が多数あるため
首都エディンバラは、ピンク色の町並みに見えます。

・赤の大陸・
オーストラリアを赤の大陸と呼ぶことがあります。
それは、エアーズロックのような
赤っぽい堆積岩がありますが、
赤っぽい堆積岩は過去の大気中の酸素の痕跡です。
西部から中部にかけて広がっている乾燥地帯は
赤い砂や土が覆っています。
アウトバックと呼ばれる乾燥地帯には
アリ塚もありますが、もちろん赤くなっています。
地表を覆っている赤っぽい砂は、
現在の大気の酸素の痕跡です。
オーストラリア大陸にはいたるところに
酸素の痕跡が見つかります。