2004年9月2日木曜日

5_38 年代を決めるということ

 年代測定の話の続きです。どこにでもある石ころや砂つぶでも、年代測定はできるのでしょうか。そのような疑問についてみていきましょう。

 絶対年代の測定は、放射性元素を利用しておこないます。年代を決めるためには、石ころや砂つぶに、測れるだけの成分があるかどうかが問題になります。放射性元素の種類ごとに、正確に測れる量が違います。同じ元素でも、使う装置や、研究室の環境は研究者の腕によっても、正確に測れる量は違ってきます。ですから、測定を目的としている研究者は、少ない量の試料で、どれほど正確に測れるかを目指して、他の研究室をにらみながら、日夜凌ぎを削っています。
 ウラン-鉛による年代測定を例にみていきましょう。現在の技術では、二次イオン質量分析計という装置をもちいて、ジルコンというウランが比較的たくさん含まれている鉱物なら、20ミクロンメートルの範囲で、年代を測定できます。20ミクロンメートルとは、0.02ミリメートルですから、石ころはもとより、砂つぶひとつでも、充分測れる技術です。
 二次イオン質量分析計は、ジルコンのような鉱物を分析装置の中に入れて、そこにイオンビームをあてて、表面の元素を掘り起こしながらウランと鉛だけを検出装置まで導き、測定していきます。ですから、装置自体は大掛かりですが、コンピュータ制御されています。分析する研究者は比較的楽で、ひとつの鉱物の表面で、いくつも場所の年代を測定することも可能です。
 しかし、同じウラン-鉛による年代測定でも、別の方法もあります。それは、化学分析でウランと鉛を抽出して、表面電離型質量分析計という装置でおこなうものです。ウランと鉛は別の元素と事前に分離していますので、この分析のほうが、精度は格段によくなります。しかし、試料がある程度の量が必要なことや、実験室がきれいでなければいい精度が得られません。それになんといっても化学的に抽出するのに何日もかけなければなりません。もちろんその抽出過程では、研究者の腕も問われます。それに、使ったジルコン全体の平均的な年代を求めることになります。
 二次イオン質量分析計で年代測定をする重要な目的は、ひとつぶのジルコンの中に、さまざまな事件を記録を読みとれることです。地球最古の岩石の年代や地球最古の砂つぶ(地球最古の固体物質と考えられています)の年代、隕石の年代なども、この装置とジルコンをもちいて行われています。砂つぶひとつのなかに、さまざまな歴史を読みとることができるようになってきたのです。
 もちろんこのような装置は高価ですし、世界にも10台もないような装置ですから、多くの研究者が利用したがって、分析の順番を待っています。ですから、何でもかんでも測るということはありえず、研究上重要なものが優先されます。そして、その成果はすぐにでも論文を書けるようなものが、順番待ちをしています。
 二次イオン質量分析計を使うには、ジルコンという鉱物や、古さが必要です。ジルコンでなくても、ウランをたくさん含んでいる鉱物であればいいのですが、鉱物ができた後の変化でウランや鉛の出入りのない鉱物はあまりありません。また、ジルコンがあったとしても新しいものでは、ウランが壊れてできる鉛が少なすぎて正確に測定できません。ですから、いろいろな条件を満たしたものだけが測定可能となります。
 上で述べたようにどちらの方法にも長所と短所があります。でも、二次イオン質量分析計が、鉱物さえ分離しておけば、それ以降は、完全にコンピュータ制御された装置になっていますので、研究者の腕があまり問われません。ですから今後は二次イオン質量分析計が主流の分析装置になっていくのかもしれません。
 ウラン-鉛の年代測定を中心に述べてきましたが、他の放射性元素でも事情は同じです。年代を決めるには、その試料の古さに見合った放射性元素が含まれているかどうか、そしてそれを測定する技術があるかどうかです。これを満たさなければ、この測定法は役に立ちません。
 でも、いろいろな年代測定のための元素や測り方があります。ですから、たいていの場合、絶対年代を決めたければ、しかるべきところに行けば求めることができるはずです。年代測定は科学技術とともに進歩しています。ですから、昨日まで年代測定ができなかったものでも、今日はできるかもしれません。

・質問に答えて・
前回の誤差の話と今回の測定の方法の話で
Namさんの質問である
「どこにでもある石や砂でもその年代を正確に測定できるのでしょうか。
もし放射性元素が見つからない場合は、
この測定方法は役に立たないのでしょうか。」
に答えることができました。
今まで量が少なくって測れなかった試料の年代も
ある時から測定できるようになることがよくあります。
逆に、理論的にはこうすれば年代測定できるということがわかっていても、
実現する装置がまだないものもあります。
先端技術の進歩によって、
ひとつずつ研究者の夢が実現されていきます。
逆に研究者の夢が、技術を促しているのかもしれません。
楽しみな時代でもあります。

・ウラン-鉛法・
私は地質学の研究で年代測定も手法として用いていました。
3年間は、ある研究所で、ゼロの状態から
ここで紹介したウラン-鉛法の精度をあげることに全精力を注いでいました。
その結果、世界でも有数の汚染の少ない
研究システムを作り上げることもできました。
でも、今はそんな一線から退きました。
それは、私自身の職の変遷のせいであります。
実は、二次イオン質量分析計の2号機を導入すると話があり
その装置を使える人としてあるところに呼ばれました。
現実はバブルの崩壊で導入できませんでしたが、
私は転んでもタダでは済ましませんので、
そのときにいろいろなことを学んでいき、
今の自分があると思っています。
その3年間の研究漬けの日々は大変でしたが、
充実したものでした。
そして何より、地道な努力を3年間、継続、専念して行えば、
世界の一流になれるということを
身を持って体験することができました。
これは何事にも換え難い経験となって
今の私を支えてくれています。
そんなことを懐かしく思い出しながら、
今回のエッセイを書きました。