2003年9月4日木曜日

6_31 氷と岩と狭間の最古のもの

 グリーンランドは、私が地質学を志して以来、ぜひ行ってみたい地でありました。そんなグリーンランドに、短い時間ですが訪れることができました。憧れの地にいたほんのつかの間の時。そんなつかの間に、岩と氷の織りなす大地を味わいました。

 それは、島というにはあまりに大きなものでした。白い大陸というべき大きなものでした。その白い大陸は、緑の大地、グリーンランドと呼ばれています。
 まるで、人跡未踏のようにみえる雪と氷の大地にも、人の足跡ありました。グリーンランドには、昔からそして今も、イヌイット(グリーンラドではグリーンランディックと呼ばれています)が住み、生活しています。でも、彼らの多くは、海岸沿いの地で、漁労や狩猟の生活をしていました。いまでは、国の政策によって、都市部に定住するようになってきました。
 グリーンランドは、デンマーク領です。ですからデンマークからの白人が、都市部には定住しています。グリーンランドの冬は長く厳しいので、仕事も余り多くありません。ですから、定住する白人はそれほど多くなく、夏にだけこの地で暮らす人が多くなります。地質学者も夏の間だけですが、デンマークからはもとより、世界各地からこの地を訪れ、調査をして過ごす人がいます。
 地質学を専門とする人は、グリーンランドと聞くと、地球でも、最も古い岩石や堆積岩など、最古の記録がグリーンランドにはいろいろあることを知っています。中でも約38億年前にできた岩石がグリーンランドのイスアと呼ばれる地域に分布していることも、地質学者ならよく知っています。でも、実際にその地を訪れる地質学者はそう多くはありません。
 地球最古の岩石は、10年ほど前までは、このイスアの地のものでした。今では、最古の岩石の席はカナダに、最古の鉱物はオーストラリアに譲っています。でも、最古の堆積岩は、いまでもイスアのものです。そのほかにも、最古の付加体や最古の海洋地殻などが、グリーンランドから見つかっています。
 地質学者は、最古のものを懸命に探します。地球で最古のものには、それなりの意味があるからです。
 地球のできたての頃は、熱いどろどろに溶けたマグマが地表を覆っていました。最古の岩石とは、そのマグマが冷えて固まった時期、あるいはその時期の下限を示しています。現在では、もっとも古い鉱物として、42億7600万年前ものがオーストラリアから見つかっていますが、古い大地の歴史を調べるためには、グリーンランドの岩石も、いまだに重要な意味があります。
 熱かった地球が冷えてくると、それまでは水蒸気として大気中あったH2Oが、液体の水になります。H2Oは気体より液体の方が密度が大きいので、地球の重力によって落ちてきます。つまり雨となり、降ってきます。大地に降った雨は、低いところに流れて、移動します。流れは集まり、やがて川になり、地表のいちばん低いところに集まっていきます。それが海です。
 堆積岩とは、土砂が川から運ばれて、海にたまり固まった岩石です。川の流れとともに運ばれた土砂が海にたまります。それが堆積岩となります。最古の堆積岩は、地球に液体の水が存在できる温度になった時期を示す証拠でもあり、海ができた証拠でもあります。38億年前のグリーンランドの堆積岩は、今でも最古の海の証拠です。
 熱かった初期の地球は、冷めてきました。でも、0℃以下にはなりませんでした。それは、堆積岩は、地球上のいろいろなところで、いろいろな時代にあることからわかります。つまり、38億年前以来、堆積岩がずっとあることから、地表には、海、液体の水がずっとあった証拠となるのです。38億年前から現在まで、地球は0℃から100℃という温度の間に常に保たれていたことがわかります。そんな海のはじまりを、グリーンランドの最古の堆積岩は物語っているのです。
 イスアは、グリーンランドの南西部のN65.12°、W49.48°に、氷床と露岩の境界にあります。ここは、人など住んでいない地です。夏でも氷河を渡る風は冷たく、防寒着をつけなければ、長く外にいることはできません。
 私は、2000年の夏に地質学で有名なイスアを訪れました。グリーンランドに行くために用意したのは10日間でした。グリーンランド最大の都市ヌーク(ゴットハープ)には、5泊6日で滞在しました。イスアに行くためには、ヘリコプターをチャーターしなければなりません。ヘリコプターを一日分を予約しました。でも、天候によって飛べないと困るので、予備日としてあと3日用意しました。
 予約をいれた当日は、幸いにも予定通り飛ぶことができました。ヌークからイスアまで、往復で3時間で、イスアには5時間ほど滞在するつもりでした。でも、イスアに向かう途中、霧が出てきて、霧が晴れるまで、谷合いの原野で1時間ほど天候待ちをしました。
 そして念願の地、イスアにつきました。驚いたことに、そこにはテント村があったのです。こんな人里はなれた荒涼たる地に、夏の間だけですが、何張りかのテントができていました。そのテント村は、地質学者たちが夏の間だけイスアを調査するためにできたものです。地質学者たちが世界中から集まっているのです。そのキャンプ村のリーダとして、デンマークの地質調査所の地質学者のアペルがいました。彼の名前は知っていたのですが、グリーンランドに来ているとは思ってもいませんでした。ですから連絡をとっていませんでした。彼にいえば、数日このテント村に滞在すれば岩石がよく見れたのにといってくれました。時すでに遅しです。
 しかし、彼がヘリコプターに同乗して案内してくれました。そのおかげで、非常に効率的に目的の岩石を見ることができました。代表的な岩石を見、標本も採集しました。
 さて、このグリーンランドで私がしたかったことは、地質調査もさることながら、現場をみて、感じることでした。グリーンランドという地で、風や気温、匂いなどが伴った風景の中に自分をおき、そして目的の岩石や地層を肉眼で見、触りたかったのです。そして、感じたことを記憶に残したかったのです。
 イスアに滞在したのは、結局3時間余りでした。調査というには、余りにも短い時間でした。もちろん、何日も滞在して調査すれば、もっといろいろ調べることができたと思います。私が見残した大切な岩石や地層も一杯あったと思います。
 でも、私は、満足しています。なぜなら、イスアという地で、岩石や地層をグリーンランドの景色の中で、肌で感じることができたからです。その3時間余りは、私にとって、どの調査旅行より印象に残っています。そしてグリーンランドのイスアの地には多分二度と訪れることがないでしょうが、その記憶は一生残って、忘れないでしょう。

・衛星画像・
月初めは、ASTERの衛星画像を使ったエッセイです。
衛星画像は、
http://www.ersdac.or.jp/Others/geoessay_htm/index_geoessay_j.htm
をご覧ください。
今回は、グリーンランドの露岩地帯ですので、地形がよく見え、
地層が地形に反映されています。
地質図と比べると、衛星画像でみる地形に一致しています。
ここでは、地質図は簡単にできてしまいます。
そして、地質図は誰でも同じようなものができるはずです。

・地質図を描く・
地質図を描くということは、
日本では、一種の想像(創造)的な部分があります。
日本では、大地を植物が覆っていて、
どんな石が、どこに、どのように出ているかを
まさに地を這うようにして調べていきます。
見えないところは、地層であれば、(地質)図学を利用して想像します。
火成岩では、エイヤーっと線を引いていきます。
地層がずれたり、あわないときは、推定断層を書きます。
ですから、同じところを調べても人によって、
地質図がずいぶん違ったものになることがあります。
でも、グリーンランドのような地域は、いい地質図は誰でもかけます。
その違いは、どれほど、細かく地表を歩き、
岩石を精しく観察したかによります。
日本でも、外国でも、いずれにしても、
地質学者は、地を這って調査すべき運命なのです。