2001年8月30日木曜日

5_11 カオス

 カオスは、物理学だけのではなく、経済学、生物学、社会学、情報科学などさまざなま分野で研究されています。カオスは、より広く、複雑系と呼ばれています。複雑系の中にカオス、カオスの縁、フラクタルなどがあります。今回はカオスについて紹介します。

 カオスとは、日本語では混沌(こんとん)といいます。でも、かなり日常語的になってきました。科学におけるカオスとは、初期条件を少し変えると、その後の結果が全く予測がつかなくなる現象のことです。特別なものではなく、身近に一杯起こっていることです。
 例えば、有名なところでは、バタフライ効果というものがあります。ブラジルで蝶々が羽ばたくと、それが増幅されてアメリカで嵐が起きるというような比喩から生まれた言葉です。ほんのちょっとしたできごとが、最後にはとんでもないことに発展するということです。ジュラシックパークで、この原理を紹介し、使っています。でてくる数学者は、その説明を原作ではしています。余談ですが、この数学者は、第2作のロストワールドでは、主人公になっています。
 川の流れを見ていますと、大体同じようなところに同じような渦ができます。でも、毎回少しずつ違います。雲は似たものがたくさんありますが、けっして同じものがありません。海岸線も似たものがありますが、決して同じでありません。鍾乳洞でみた鍾乳石も規則正しい模様ができており、ここにもカオスが働いているなと感心したことがあります。このように複雑に見える現象が、実は簡単な仕組みできているようなのです。少し詳しく説明しましょう。
 こんな想像をして下さい。しっかり閉まらない蛇口があるとします。そこからは、いつも、ぱたぽたと水滴が落ちているとします。このような蛇口を使って頭中で実験しましょう。これを、思考実験といいます。
 蛇口を絞めて、水滴の落ちかたを1分間、観察したとしましょう。何度も何度もこの実験を繰り返したとします。すると、1分間の水滴の落ち方には、何通りかのパターンがあることが、わかったとします。
パターン1は、ぽたぽたの水滴が規則的(一定のリズム)に落ちます。
パターン2は、水滴ではなく水が線のようにつながって水流となって流れます。
パターン3は、ぽたぽたの水滴と水流が規則的(一定のリズム)に出てきます。
パターン4は、ぽたぽたの水滴が不規則に出てきます。
パターン5は、ぽたぽたの水滴と水流が不規則に出てきます。
パターン1と2、3は規則的です。ところが、パターン4と5はカオスと呼ばれるものです。
 この実験の初期条件は、蛇口の絞め方だけです。ですから、絞め方の違いによって、こぼれる水の量、つまり初期条件が違うのです。簡単な仕組みなのに、結果がいろいろな状態に変わりうるという例です。
 この蛇口の思考実験では、蛇口の閉まり方が、毎回似ているようで、実は違っているということがミソです。その結果が、どれになるかは、「蛇口の絞めぐわい」をみれば、わかるかも知れません。しかし、パターン4や5のときは、不規則なカオスなので、つぎが雫か水流かは、予測できません。カオスになるかならないかは、「蛇口の絞めぐわい」を正確に計れれば分かるかもしれません。でも、カオスになると、これは次に何が起こるかわからない状態つまり、予測不能になります。
 この蛇口の例でもわかるように、仕組みがわかっているのに、結果や次の状態が予測不能というものが、この世にはたくさんあることに、科学はやっと気付いたということです。
 このようは現象は、簡単な仕組みで作れます。あるいは数式でも簡単につくれます。ちょっと、数式を出します。頑張って読んでください。これは、ロジスティック写像と呼ばれるものです。
 y=ax(1-x)
という簡単な式があります。aはある定数です。4以下の値としましょう。xは変数で、yは、xによって決まる値です。なお、xは1から0の間の値にします。
 この式のa=3.5とします。まず、xに0.3を入れます。すると、
 y=3.5x0.3(1-0.3)=0.735
となります。これが1回目の計算となります。
次に、2回目の計算では、このyの0.735という値を、xの次の値とします。計算式は、
 y=3.5x0.735(1-0.735)
となります。これを何回も繰り返していきます。すると、aの値によって、yの値の変化が、複雑な振る舞いをします。
 マイクロソフトのエクセルなどで簡単に計算できます。多くの読者はエクセルをお持ちだと思いますので、エクセルのファイルを紹介します。ダウンロードしてみて下さい。
http://www.cominitei.com/koide/5Research/chaos.xls
このファイルでは、aに3.5699456という値を入れた例を示しています。この表のaとxの値を、いろいろ変えて遊んでみてください。aに数値を入れると、自動で1000個の計算をし、グラフを書きます。グラフは、横軸に計算の回数、縦軸はyの値をとっています。カオスになるかならないかの微妙なところになると、もっと計算をたくさんしなければなりませんが、このままでも結構楽しめます。
 結果を紹介しましょう。
aが0より大きく、1以下(0<a≦1)のとき、xは0(x=0)になります。
aが1より大きく、2以下(1<a≦2)のとき、xはすんなりと(a-1)/aという値になります。
aが2より大きく、3以下(2<a≦3)のとき、xは振動しながら(a-1)/aという値になります。
aが1+√6以下(3<a≦1+√6)のとき、xは少しずつ値を大きくしながら、最終的には、ある2つの値を行ったり来たり(周期的)します。
aが1+√6以上のとき、xはでたらめな値、つまりカオスとなります。
aが3.5699456…いう値(1+√6)の時、カオスと規則性の境界となります。カオスの縁です。
 初期条件として決まった数値であればいいのですが、決まった値ではなく「カオスの縁」あたりの時、水滴に例で出てきた、規則と不規則が入り乱れた不思議な現象が起きるのです。こんな簡単な式ですが、そこにカオスという現象が隠れていたのです。
 このようにカオスは複雑系の研究は、最近になって発達した学問分野です。そして、非常に身近なところに、カオスは潜んでいたことがわかってきたのです。

2001年8月23日木曜日

4_13 カンブリアの怪物達

 カナダ、ブリティッシュ・コロンビア州の東部にヨーホー(Yoho)国立公園があります。ここは、地質学者にはその名を知られたバージェス動物化石群の産地があるところです。その化石の産地は、世界遺産にも指定されているところで、ガイド付きのツアーでないと見ることができません。そのツアーに参加しましたので紹介します。


 ツアーの当日、低く雲がかかっていました。念願の地を見るには、あまり好ましい天気ではありません。しかし、今回のカナダの旅の主目的は、このツアーに参加することでもあったのです。そのツアーは、カナディアン・ロッキー山脈のヨーホー国立公園の中にある、バージェス頁岩を見るツアーです。
 バージェス頁岩は、ヨーホー国立公園の中心地のフィールド(Field)という小さな村から出かけます。この村は、それまでカナダ横断鉄道の駅があるだけの小さな村だったのですが、バージェス頁岩が有名になったので、それと共に、この村も有名になりました。
 バージェス頁岩は、カンブリア紀の初期(5億1500万年前)の化石を多数含むことで有名です。現在は、ヨーホ-国立公園には内には、2ヶ所、世界遺産に指定された地域があります。一つはバージェス動物化石群の産地と、もう一つは三葉虫の化石を多数含む地層のあるところです。両方とも15名が上限のツアーでしか、入ることができません。
 バージェス頁岩の露頭のツアーは、8時に集合して、車で15分ほどのところから、歩いていきます。約10キロメートルほどの行程ですが、標高差700メートル、時間にして約10時間かかるツアーです。実際には健康な人が歩けば10時間ですが、私たちのツアーでは、11時間かかりました。年配の人は、12時間くらいかかっているのではないでしょうか。帰りは、自分の体力に合わせて自由でしたので、最後に降りた人の時間はわかりませんでした。
 なぜこんなに苦労までして行くかというと、バージェス動物化石群が非常に貴重で珍しい化石だからです。カンブリア紀の海生動物が120種も含まれています。バージェス動物化石群には、現在の動物のすべての祖先が含まれているのです。オーストラリアのエディアカラ、中国の澄江に続く時代の化石で、カンブリア紀の初期に多様な生物が一気に進化したと考えられています。それを「カンブリアの生物の大爆発」と呼んでいます。
 午後2時ころ、標高2280メートルにあるウォルコットの石切り場(Walcott's Quarry)というところに着きました。ウォルコットはバージェス動物化石群の発見者です。そこでやっと昼食です。そこはあまりに小さい露頭でした。絶壁にへばりつくようにある、幅数メートル、長さ10メートルもないような石切場でした。こんな小さな露頭が世界的に有名で、世界遺産にまで指定されているのです。
 こんな小さな狭いガケですが、1909年にスミソニアン研究所のウォルコットが発見して以来、何度も発掘調査が行われています。1910年から1913年にかけてと、1917年にウォルコットは5シーズンをかけて、この地の発掘をし、65,000個の標本を採集しています。1930年には、ハーバード大学のレイモンド(P. Raymond)が2週間かけてウォルコットの石切り場と12メートル上の第2の産地を発掘しました。1966年から1969年かけてカナダ地質調査所が2ヶ所の石切場で発掘をおこないました。続いて、1975年に王立オンタリオ博物館のコリンズ(P. Collins)が、偶然化石のたくさん入っている転石を見つけたことによって、1981年から1982年にかけて、2ヶ所の新しい化石産地が少し上で見つりました。1988年から1995年にかけて王立オンタリオ博物館は、6度に渡って発掘調査をおこないました。
 バージェスの化石は、現在も研究中です。重要なのは大きさや広さではなく、化石の量と種類です。私たちが行っても、石の割れた面に変わった化石を一杯見つかります。多くは破片ですが、変わった化石であるということは、化石の専門家でない私でも分かります。その最たるものがアノマノカリスと呼ばれる怪物のような生き物です。今からは想像もつかない、奇妙でまさに怪物と呼ぶべき生き物達が見つかっています。
 翌日、もう一つの三葉虫化石が大量にでるステファン山へのツアーに行きました。こちらも大変くたびれるツアーで、800メートルの標高差を、2時半くらいで一気に登っていくものです。その露頭もたいして大きないのですが、三葉虫化石が、まさにざくざく出ます。非常に保存もよく、石の割れ目にはすべてといってほど三葉虫の化石が含まれています。時々、アノマノカリスの化石も見つかります。
 両ツアーともガイドは、古生物や地質を専門としている大学院生がおこなっています。自分の専門を活かしながら、ボランティアとアルバイトとしてやっているようです。このような国立公園での活動における欧米の人材の多さ、システムの有効さには感心させられます。まさに自然史に対する欧米の底力が、このようなところに現れているようです。

2001年8月16日木曜日

4_12 氷河

 氷河は、日本では馴染みがありません。高山に少しだけ山岳氷河の地形を残すだけです。しかし、北米大陸では氷河や氷床は、地形や風景を形づくる重要な役割を果たしました。そんな氷が織りなす景色を見ていきましょう。


 カナダ、アルバータ州ジャスパー国立公園は、カナディアン・ロッキー山脈の中にあります。その南の入り口には、非常に大きな、コロンビア氷床があります。
 標高約2000メートルにアイスフィールド(Icefield)というところがあります。ここは、コロンビア氷床から流れ出ている氷河の一つアサバスカ氷河あリます。アイスフィールドは、村とも呼べないような、さびしい荒涼としたところです。ビジターセンター兼ホテル兼氷河への観光ツアーバスの発着所兼食堂兼みやげ物屋の建物が1つあるだけです。
 そこに1泊して、氷河をみました。駐車場から、歩いて15分ほどで、アサバスカ氷河の末端にたどり着きます。
 氷床や氷河が織りなす地形には、特徴的なものがあります。山の上に、氷床(Icefield)があり、その山から、氷が落ちて流れたものが氷河(Glacier)です。氷床から氷河への境界は、氷爆(Icefalls)、クレバス帯(Transverse Cevasses)と呼ばれる急激な境界部があります。氷河の両側には、土砂からできたモレーン(morain)という高まりがあります。モレーンから崩れた土砂が岩屑(debris)と呼ばれ、氷河の上に被さっています。氷河の先端には、土砂の小山がいくつも形成され、氷河が溶けた水が、川となって扇状地デルタつくり、池もつくります。
 雪上車(Snowcoach)で氷河に上がっていくツアーがあり、参加しました。人の身長ほどもある大きなタイヤをつけたバスで氷河を登っていきます。氷河の上を流れる川があり、所々深い穴が開いており、川の水がその中に落ちこんでいます。氷河の中にも川が流れているのです。氷河は氷ですの、クレパスなどの割れ目があると、そこから覗く氷は、青あるいは緑のような、えもいわれね色合いを持っています。
 氷河は水のように速くはありませんが、低い方に向かって流れています。そのスピードは毎年30メートル弱です。下の岩に接している部分は、遅くて毎年5メートルほどです。遅いですが、氷河は氷でですので、水よりも、下の岩を深く削り取ります。氷河があると分かりませんが、氷が溶けると、山の上ではカールができ、山の中腹から裾野ではU字谷ができています。ロッキ-山脈の地層は、いたるところで氷河の侵食作用による地形が見られます。
 このアサバスカ氷河は、毎年少しずつ後退しています。20年ほど前に行った時と比べて、氷河の先端まで、歩いたような気がします。後退のスピードは、1922年(この年から観測)から1960年までの38年間に1105メートル後退し、平均すると毎年約29メートル後退していました。ところが、1960年から1992年の32年間に230メートル後退し、年平均で約7メートルの後退です。スピードは変化していますが、氷河が後退し続けているということは事実です。
 その原因は、地球温暖化と即断されることがよくあります。しかし、ことは非常に複雑です。例えば、アサバスカ氷河では、二酸化炭素の排出量が多くなる時期(1960年以降)に、後退のスピードが鈍っています。温暖化でも降雪量が多ければ、氷河の後退のスピードが鈍ったり、逆に延びたいるするかもしれません。あるいは、地形の変化で、氷河の流れる向きと量が変わったかもしれません。地球温暖化という安易な結論ではなく、本当の原因は何かが現在、地道に、詳しく調べられています。

2001年8月9日木曜日

4_11 カナディアン・ロッキー山脈

 カナディアン・ロッキー山脈を1週間にわたって、満喫しました。木々の緑、地層、氷河、川、雲、空とが織りなす自然の模様の中に浸りました。そこで重要な役割を果たすのは、山脈の主役となる地層です。ロッキー山脈の地層について見ていきましょう。


 カナディアン・ロッキー山脈には、アルバータ州とブリティッシュ・コロンビア州の2つにわたって、5つの国立公園があります。
 バンフ(Banff)国立公園は、1885年にカナダでは最初の国立公園、北米で2番目、世界で3番目の国立公園です。そして、一般的なアプローチとして、カルガリーからカナディアン・ロッキーにはいると、最初に訪れる国立公園になります。
 バンフ国立公園の北側には、ジャスパー(Jasper)国立公園があります。両者の境界は、コロンビア氷河を間近に見る峠にあります。南西隣にはコーテナリ(Kootenay)国立公園が、西隣にはヨーホー(Yoho)国立公園が、西に少し離れて、氷河(Glacier)国立公園とレベルストーク山(Mount Revelstoke)国立公園があります。
 国立公園毎に特徴があるのですが、主役は、なんといっても山々です。その山々が、さまざまに傾いたり曲がったりしている地層からできています。地層の傾き加減がさまざまで、それぞれ個性を持った山となります。同じ山でも、見る方向によって、地層の傾きによって、全く違う見かけの山となります。
 地層は、海にたまった土砂が固まった堆積岩です。古い時代の地層ほど下になりますので、その地層をつくる岩石は硬くなっていきます。しかし、山脈をつくるような地球の営みがあると、その地層の重なりは乱れて、複雑になっていきます。古い地層が上で、新しい地層が下ということも起こります。
 ロッキー山脈は、西から東へ、主稜線(Main Ranges)、その西の山並み(Front Ranges)、前縁部の山並(Foothillos)をへて、大平原へと変化していきます。主稜線は、古生代(カンブリア紀~シルル紀、一部プレカンブリア紀)の比較的平らな地層からできています。その西の山並みは、きつく傾斜し、曲がった古生代の石灰岩や苦灰岩の地層からできています。前縁部の山並は、中生代(ジュラ紀~白亜紀)の砂岩、頁岩、石炭の地層からできています。
 海でたまったものが、海抜3000メートルを越える山となるには、地球の大いなる営みが必要です。それは、プレートテクトニクスと呼ばれる営みです。
 カナディアン・ロッキー山脈の地層は、20億年以上前から、大陸棚にたまり続けた地層で、その厚さは6000メートル以上に達すると考えられています。その後17億~5億年前にかけて、西にあった沈み込んでいく海のプレートに押されて、大陸棚に広くたまった地層は、縮められ山ができ始めました。山脈と大陸棚の間には内海があり堆積物は溜まりつづけます。
 縮む時に、ある場所では、地層がひどく曲がりくねりました。このように曲がった地層を褶曲といいます。現在の位置でいいますと、西から東に押されて地層が曲げられました。そのために、ロッキー山脈は、南北に長く伸びる山並となったのです。
 大規模な褶曲では、古い地層が新しい地層の上にある(逆転といいます)というよう状態ができます。地層がたまったときとは、全く違った状態がつくりだします。このようなプレートテクトニクスという地球の営みによって、巨大な山脈ができたのです。

2001年8月2日木曜日

4_10 恐竜の化石:ロイヤル・チレル博物館

 カナダ、アルバータ州ドラムヘラーには古生物専門の博物館があります。ロイヤル・チレル博物館は、古生物専門ですが、世界的にその名は知られています。今回は、今年の7月7日に訪れたロイヤル・チレル博物館を紹介しましょう。


 地平線のかなたまで緑の平原。その中を流れるレッド・ディア川沿いは、バッドランド(Badland)と呼ばれる地帯があります。バッドランドとは、その名の通り、荒涼とした異次元の世界のような景色です。でも、そんな異次元の大地から、古い時代の生物の化石がたくさん見つかります。特に、恐竜の化石がたくさん出ることで世界的に有名です。
 ドラムヘラーの町は、恐竜で町おこしをしているようです。街灯の柱には、各主の恐竜のシンボルが取り付けられています。公園には、10メートル以上もある巨大な恐竜のモニュメントがあります。その恐竜は、もちろん最強の肉食獣、ティラノザウルス(Tレックスとも呼ばれます)です。
 ロイヤル・チレル博物館の名前は、J. B. Tyrrellという地質学者の名前に由来しています。チレルは、26歳の時に、政府から、アルバータ州中部地域の石炭と鉱床の調査に派遣されました。1884年8月12日、バッドランドの調査中、キャンプの近く、川から20メートル上のガケから恐竜の化石を発見しました。チレルは、カナダで最初の肉食恐竜の化石であるアルバトサウルスの頭骨を発見しました。発見した場所は、現在の博物館あるところから数キロメートルのところです。
 ロイヤル・チレル博物館は、古生物専門の博物館ですから、化石を中心として展示が展開されています。地球の歴史が示され、化石の少ないプレカンブリア紀も紹介されています。しかし、化石が出始める5億9000万年前以降の顕生代が、展示の中心となっています。古生代(5億9000万~2億3000万年前)のバージェス頁岩から、新生代(6500万年前~現在)の哺乳類まで展示されていますが、中心はなんといっても中生代(2億3000万~6500万年前)の恐竜です。
 広い展示場に化石が多数展示されています。大きな恐竜の化石が、動き出さんばかりの躍動的な姿をして置かれています。また、化石を石から掘り起こす作業(クリーニングといいます)をする作業所も、ガラス越しに見学できるようになっています。私が行ったときは、土曜日で作業は休みだったので、クリーニングの様子は見れませんでしたが、10人近くが働けるような広さでした。
 日本では、専門の作業員すらいないことが普通です。あるいは、雇えないのが、現状です。このような格差は、欧米に行くたびに痛感させられることです。科学に対する投資の少なさ、それは日本の科学に対する意識の低さの表れかもしれません。
 ロイヤル・チレル博物館は、古生物の博物館なのに温室があります。ここには、カナダで現在生育している「生きている化石」というべき植物が、118種も集められています。多くは7000万年前から生えているものと同じで、ある種の植物は1億8000万年以降ほとんど変化していないそうです。また、あるものは、その祖先が古生代のデンボン紀(5億~4億2500年前)まで遡れるそうです。過去の生きものを、ここまで徹底して、集め、研究し、展示する。これぞ世界に名だたる博物館の所以ではないでしょうか。
 博物館周辺の散策路(トレイル)を1時間ほどあるくツアーに参加しました。20人ほどのツアーで、子供も何人か参加していました。ある場所で、「さあ、恐竜の化石を探しましょう」とガイドが声をかけると、子供達は大喜びで探し始めます。しかも、簡単に化石が見つかります。もちろん破片ばかりですが、恐竜の化石の破片が、子供にも簡単に見つけることができます。子供には非常にいい実物教育だと思います。そして、多分、この感動は、子供達はけっして忘れないでしょう。そして、それに感動した何人かは、古生物の専門家(研究者やクリーンニング作業員、教育者)、あるいは化石好きな大人になるのでしょう。このような脈々と続く教育と研究の継承が、欧米の科学に対する理解と、その底力となっているのではないでしょうか。