2001年7月12日木曜日

5_9 今は亡きもの

 地球上には、今や存在しないものがあります。それは、原子のレベルにおいても起こっています。例えば、129ヨウ素と呼ばれるものです。今は亡きもの、129ヨウ素が見つかっています。その科学者の苦労を見ていきましょう。

 まず、129ヨウ素(I)の探すために、基礎としていくつかのことを知っている必要があります。核種、放射性、半減期ということばがキーワードとなります。
 まず、核種についてです。原子は、原子番号が付けられています。それは、原子核の陽子の数と同じです。さらに、原子核には中性子があります。中性子と陽子の数を足したものを、質量数といいます。中性子の数は、一つの元素のなかでも、何種類かあります。そのような質量数の違うものを、同位体といい、原子の中で質量数の違うものを、核種といって区別します。
 核種には、できてから安定で存在する安定核種と、壊れると(崩壊(ほうかい)といいます)と別の核種になる放射性核種があります。その変わり方、つまり崩壊のスピード(半減期(はんげんき)もしくは崩壊定数で表します)と、どの核種に変わるかは、でたらめでなく、放射性核種ごとに決まっています。放射懐変する核種を親核種、できた核種を娘核種と呼びます。
 懐変後に、娘核種が、安定核種にならず放射性核種であれば、さらに他の核種に変わっています。そして、最終的には安定核種となります。例えば、129ヨウ素(I)が壊れれば、132キセノン(Xe)という安定核種になります。
 原子番号53のヨウ素には、安定核種として質量数127のヨウ素があります。質量数127のヨウ素をのぞけば、質量数117から133ヨウ素までのすべての質量数で放射性核種があります。崩壊のスピード半減期は、長いもので129ヨウ素の1570万年で、あとの放射性核種は、長くても数十日です。
 放射性核種のヨウ素は、超新星爆発のときにできます。放射性核種のヨウ素は、半減期が非常に短いので、ヨウ素の放射性核種は、現在、残っていません。その痕跡は、ヨウ素の娘核種であるテルビウム(Te)か、キセノンに残っているかもしれません。このような超新星爆発時の痕跡の核種を、消滅核種と呼んでいます。
 もし、消滅核種が発見できれば、超新星爆発から太陽や惑星形成の様子が探ることができます。
 質量数129ヨウ素の半減期は、1570万年です。それ以外の核種は、非常に半減期が短く、すべて別の核種に(太陽系や地球の時間軸で見れば)あっという間に変わってしまいます。ですから、消滅核種として見つけやすい、あるいは一番可能性があるのは、質量数129ヨウ素です。質量数129ヨウ素が壊れて形成される核種が、132キセノンという安定核種です。129ヨウ素が壊れて形成されてできた132キセノンが見つかるかどうかです。
 キセノンは、133キセノンだけが放射性核種で、あとはすべて安定核種です。問題の129ヨウ素から懐変してできた(過剰といいます)129キセノンが見つかれば、消滅核種を発見となります。
 過剰の129キセノンが、隕石(一番最初に見つかったのはリチャードソン隕石)から見つかったのです。消滅核種129ヨウ素の発見は1960年のことでした。消滅核種129Iが、1960年に発見された後、244Pu起源の過剰のXeも見つかりました。その後、測定が難しくて、次の消滅核種はしばらく見つからなかったのですが、1970年代後半になって、半減期71.6万年の26Alに由来する過剰の26Mgが、半減期650万年の107Pdに由来する過剰の107Agが、半減期370万年の53Mnに由来する過剰の53Crが、半減期150万年の60Feに由来する過剰の60Niが相次いで見つかりました。
 科学者は今は亡き原子を見つけ出したのです。その他にも消滅核種の候補はあるのですが、測定や試料からの元素の抽出が大変微妙なのでまだ、発見されていません。