2001年3月8日木曜日

5_8 鼻が利くということは

 科学者は「鼻が利く」必要があります。では、科学において「鼻が利く」というのは、どういう意味を持つのでしょうか。科学とは、客観的で誰がおこなっても同じ結果が出るはずではなかったでしょうか。今回は、科学と「鼻」について考えましょう。

 No.015の「5_7 科学と常識と」で紹介したように、科学も人間がおこなう営みの一つです。ですから、少し特殊かもしれませんが社会の一つの職種や階層として、他の職種や階層と同じように、さまざまな思惑や、人それぞれの流儀、経験、縁起など、人間臭い面があります。それに派生して、業績争いや、先陣争い、研究費の取り合い、ねたみ、恨みなども、どこの世界でもある軋轢もあります。
 「鼻が利く」科学者という話をしましたが、科学の世界にそのような職人的な部分があるのでしょうか。実はあるのです。最古の鉱物の発見の話をしました。しかし、最古の鉱物を発見した科学者は、偶然最古の鉱物を発見したのでしょうか、あるいは闇雲に最古の鉱物を探してやっと発見したのでしょうか。いずれでもありません。最古の鉱物を発見した科学者は、いくつかの場面で、経験や勘、つまり「鼻が利かせ」ているはずです。
 実際に当事者でありませんから、実情はわかりません。しかし、著者がこのような研究をした経験から、一般的な岩石の研究方法で考えていきます。
 まず、最古の鉱物のありそうな地域を事前に調べます。そして必要なら、その研究者と連絡をとり、共同研究をします。次に、野外調査をして、一番古いと思われる岩石資料を採集します。その資料の中からジルコンを分離して一番古そうなもの分析します。このようなプロセスを踏みながら、最古の鉱物に、如何に、無駄なく、楽に、早くたどり着けるかが、「鼻が利く」科学者の真価となります。
 研究の各場面で、研究者は「鼻を利かさ」なければなりません。
 調査する場所選びで、まず「鼻を利かし」ます。以前最古の鉱物が見つかった付近が、一番手っ取り早い候補地となります。実際、同じ地域の再調査とまったく新しい調査地で2つの研究がおこなわれました。
 次に、その選ん地域の野外調査でも、「鼻を利かさ」なければなりません。狙うのは、その付近で、一番下にある地層を探します。地層は上に新しい地層が重なりますので、下ほど古い地層となります。古い時代の地層は、水平ではなく、曲がったり(褶曲(しゅうきょく))、切れたり(断層)していることがあります。一番下の地層見つけるのも経験や勘が必要になります。つまり「鼻を利かさ」なければなりません。
 同じ地層でもジルコンが含まれていそうな部分を選んで、岩石を標本として採集します。年代測定は、ジルコンを用います。ですから、ジルコンの入ってない資料はいくら持っても年代測定はできません。岩石資料は、可能性のあるところすべてで多数取ります。どんなに「鼻の利く」科学者でも、一発勝負はしません。もてる限り、処理できる限りの資料を持ち帰ります。
 もって帰った岩石資料からジルコンを分離する資料を決めます。持って帰った岩石をすべて岩石薄片とし、顕微鏡で岩石を観察します。そして、ジルコンが入っているかどうか。そして、そのジルコンが、最古のものとなるかを「鼻の利かせ」て見分けます。
 いくつかの岩石資料が決まったら、ジルコンを分離します。予想通りジルコンが出てくれば、その中から年代測定に適しているかを判断して、「鼻の利かせ」て古そうなジルコンを選びます。
 目的とする最古の鉱物出なければ、第2の候補地に移るか、野外調査をやり直します。そのようはプロセスの結果、念願の最古の鉱物が、今回は2ヶ所から別の研究者によって発見されました。
 研究、特に発見的研究には、「鼻を利かさ」なければなりません。「鼻の利き」具合が、成功への道のりへの長さともなります。また、うまくいかないときの引き際も、「鼻の利かさ」なければなりません。そうしないと、ないものを永遠と探す羽目になります。研究は、結構、人間臭いものなのです。