2000年9月27日水曜日

5_2 岩石の組織

 石ころのつくりの話から、社会の組織の話への展開していきます。石ころと社会の組織にどのような関連があったのでしょうか。

 専門的な話です。
 石ころ、専門的には岩石と呼びますが、岩石には、大きく分けて3種類のでき方があります。一つは土。砂がたまって固まった堆積岩、もう一つはマグマが冷え固まってできた火成岩、最後はある岩石が熱や圧力で別のものとなった変成岩の3種です。このうち変成岩は、もともとあった岩石の構成物である鉱物がまったく別のものに変わってしまったものです。したがってそのつくりは、専門的には岩石組織といいますが、もとの岩石とはまったく別のものとなるはずです。
 火成岩や堆積岩にはそれぞれ固有の岩石組織を持っています。そのような組織は、変成作用では消されているはずです。しかし、かなりの高温高圧の変成作用でも、変形が少ない時は、もともとの組織が判別できることがあります。
 かなりの圧力や熱が加わっても、一度できた組織はなかなか変わらないということです。これは、社会にもあてはまるのでないでしょうか。いや、まさに社会そのものとも言えます。ある目的で結成された組織は、創世期や発展期は非常に有効に機能したり、変革をしたりできます。しかし、老朽化したり疲弊した組織では、機能不全や変革への抵抗が起きます。これは別に珍しいことではなく、よくあることです。会社や各種の団体、行政組織、学会、国家などでしょっちゅう見られることです。
 では、老朽化した組織をどうすれば変革できるでしょうか。多分、大変でしょう。構成員の大部分が変革を望むというのはありえません。そのような組織はすでに改革されているはずです。構成員は自分の地位、職場がなくなという死活問題となるのです。大変な抵抗が起きるでしょう。このようは状況を打開するには、強力なる指導者のもと、強引に変革をしてしまうか、その組織を解体して、新たに別の組織を作ったほうが目的にあったものが簡単にできるのではないでしょうか。そして、改めてその組織に適切な人間かどうかを判断して、旧組織のエキスパートを再度新組織を加えればいいのです。
 このようなことが簡単にできればよいのですが、なかなかできません。しかし、旧組織は問題があるから新組織ができるのです。もし、新組織に対抗して旧組織ができれば、それはそれで結果としてはよいことです。両組織が両立していれば、そこで切磋琢磨してよりよいものになるかもしれません。それは、ケースバイケースでしょう。
 変成岩の形成時に、あまりにも圧力あるいは温度が高くなりすぎると、岩石は溶けてしまいます。大量に溶けるとそれは、マグマとなって、より自分にあった所へと移動し、火成岩となります。大量に溶けず、変成岩の一部が溶けることもあります。溶けた部分は、そのときの温度や圧力に応じた鉱物の組み合わせによる岩石組織を形成します。それは、火成岩の組織となります。まわりの変成岩と比べてやはり違って見えます。これは、外部の圧力や熱によって、マグマになって一旦圧力と熱を消費したからです。
 人間社会の組織の自然の岩石と同じです。簡単には組織は壊せません。逆に言えば、だから組織を作るのです。参加者にとって組織が簡単に変化しないから、頼れるのであって、しょっちゅう潰れているような組織には信頼が置けないのです。
 しかし、つぶすべきときの見極めが大切です。時代や社会が必要としないのに、その組織に固執して、転進をできない人間は、その古い組織とともに消滅する運命にあります。そんな人間にならないために、時代や社会の潮流をよく読み、自分の処し方を間違わないことでしょう。べつに要領よく生きることだけが人生ではないのですが、保身を考えるのであれば、よりよく転進をすることもよりよく生きる処世術ではないでしょうか。マグマのように自由きままに流れて生きていけるでしょうか。

2000年9月21日木曜日

6_2 ヒトとは

 人類を生物の一つの種として、どのように形成されてきたのかをみます。ヒトの歴史です。

 ヒトは、分類学上、霊長目真猿亜目ヒト上科ヒト科に属し、学名はホモ・サピエンス・サピエンス(Homo sapiens sapiens)です。ヒト科には現生種としてヒト1種だけです。絶滅した種も含めて、広義に人類と呼ばれます。
 現在、地球上に生息する人類を、形態学的な違いあるいは遺伝学的特性によっていくつかの人種に分けられています。また、人類を文化の差異によって分け、同じ文化を共有する人々をまとめて民族と呼びます。人種を考える場合には人類の系統的・発生的な面に、また民族を考える場合には生活や地縁的・文化史的な面に着目します。
 かつてヒトの定義として多くの特性があげられましたが、近年の霊長類研究によって、それらの中のいくつかはヒトの定義に耐えうるものではないことが明らかになってきました。ヒトは道具を使用し、道具を作る動物であるといわれましたが、野生チンパンジーが多様な道具を使うという観察がされ、その定義が無効になりました。雑食性もヒトだけの特性ではなかったし、近親婚の回避や、集団間での女性の交換といった項目も人類に固有の特性ではないことが明らかになりました。
 ヒトの人類学的定義としては、直立二足歩行、音声言語の使用などがあげられますが、確定しているわけではありません。直立二足歩行は、霊長目中人類だけに見られる顕著な特性でありますが、その解明は人類学上の難問の一つとされ、まだ定説がありません。
 ヒト科の形態的特徴は、ヒト科すべてにあてはまるわけではありません。現生人類へ向かう進化の最終的産物です。したがって、ヒトの系列を古くさかのぼればさかのぼるほど、これらの特徴は薄れてゆきます。その進化の速度は、特徴によって異なります(いわゆるモザイク進化)。全体としてみると、第三紀鮮新世から現在に至る約400万年の間、地球上に生息した人類には、ほぼ連続的な形態変化が認められます。
 鮮新世と第四紀更新世(洪積世)の古人類は、時代順にアウストラロピテクス群、ピテカントロプス・シナントロプス群、ネアンデルタール群、ホモ・サピエンス群に分けられます。それぞれ猿人、原人、旧人、新人と呼ばれる人類の進化段階を代表するものです。彼らの文化は狩猟採集を基盤とする旧石器文化でした。
 中期更新世の終り(200万年前)から後期更新世の半ば(100万年前)にかけて、新人(ホモ・サピエンス・サピエンス)の出現と人種の分化がありました。脳容積は、猿人から原人へと増大し続け、リス/ウルム間氷期に、その極致に達しました。それ以後、今日まで脳容積は変化していません。
 現代人と変わらない大きな脳をもつ、リス/ウルム間氷期とそれに続くウルム第1亜氷期に存在した人類は、ホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシスという学名を与えられています。現代人とともにホモ・サピエンスに属しますが、亜種のレベルで区別されています。ホモ・サピエンス・サピエンスとホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシスとの二つの亜種は、進化段階からみると、新人と旧人に相当します。新人は、今から約3万年前のウルム第1亜間氷期に出現し、今日に至るまでの全人類を含んでいます。
 これが、ヒトの歴史です。その後、ヒトは、道具を使い、文明を構築し、科学を知り、技術を利用するようになりました。そして、なんといっても不思議なことは、ヒトが自分自身の歴史や、地球、自然について考えるようになったことです。

2000年9月20日水曜日

6_1 「地球と人と」とは(2000年9月20日)

 「地球と人と」とは、なんでしょうか。これから「地球と人と」で話す内容を紹介します。
 ここでは、地球と人との関わりについて私の考えを紹介します。少し異端的な話もしようと考えています。異端的な話し方で、地球と人との関わりで、人あるいは地球にとって非常に大切なものを考えるきっかけにしてほしいからです。
 私たちの日常の思考や会話は、あやふやな知識や情報によって組み立てられていることがママあります。そうしないと日常会話や日常生活が成り立たないからです。しかし、今回は、原理あるいは原意、本質を追求していくことも必要だと思います。非常に根源的な見方をすることによって、今まで見えなかったものや見落としていたものが見えるかもしれません。

5_1 「地球の調べ方」とは(2000年9月20日)

 「地球の調べ方」とは、なんでしょうか。これから「地球の調べ方」で話す内容を紹介します。
 地球は、私たちの日常感覚からすると非常大きく、また変化も非常にゆっくりしたものが多く、その実態を実感するのは難しくなっています。しかし、どんな大きなものでも、どんなゆっくりした変化でも、そのスケールにみあった見方で見さえすれば、その様子や全貌が見えてきます。
 地球は、研究者の努力と知恵によって、調べられています。そのような研究者の努力によって、日々新しい地球に関する知識が蓄えられています。天才的な閃きによって新しい説が生まれます。たとえば、ウェゲナーの大陸移動説がそうです。しかし、ウェゲナーは当時の人に受け入れられることがなく、この世を去りました。その後、多くの人の努力によってプレートテクトニクスとして、ウェゲナーの大陸移動説は復活しました。
 一方、研究は、研究者の努力やアイディアだけで進むわけではありません。研究者の努力は不可欠ですが、科学技術の進歩も重要な要素となっています。技術開発自体も研究者が必要に迫られておこなうこともありますが、最新の技術が普及することによって、より多くの研究者がその恩恵に浴することができます。すると、観測データや分析データなどが爆発的に増加して、帰納的手法による研究も生まれます。
 そのような研究者の知恵と努力を、ここでは紹介していきます。

3_1 「地球の仕組み」とは(2000年9月20日)

 「地球の仕組み」とは、なんでしょうか。これから「地球の仕組み」で話す内容を紹介します。
 「動かざること山の如し」とは、武田信玄の「風林火山」という言葉のうち、「山」の意味するところです。人間の日常的な時間感覚からすると、山などは全く動かない存在としてたとえられたものです。しかし、地球の時間あるいは大地の時間からすると、山はけっして動かないものではなく、動くことによって作られているのです。山があるということは、そこで大地が動いたということです。時間の流れを変えてみますと、全く逆の意味となります。
 地球や大地を見るときは、このような発想の転換が必要になります。時間の流れもそうですし、距離や大きさ、あるいは重さ、比重など多くの日常的な規準が、地球というスケールで考えなければいけません。
 ちょっと戸惑うかもしれませんが、何度かの「地球のささやき」を読んでいくうちに、きっとその面白さが見えてくると思います。ぜひ、地球の仕組みの面白さを味わってください。

4_1 「地球地学紀行」とは(2000年9月20日)

 「地球地学紀行」とは、なんでしょうか。これから「地球地学紀行」で話す内容を紹介します。
 近頃は、ごく普通に海外旅行を楽しむ人が多くなりました。盆と正月、ゴールデンウィークなどは、何十万人の人が海外旅行に出かけるということがニュースとして伝えられます。そして、でかける所は、ハワイやオーストラリア、アメリカ、ヨーロッパ、東南アジアなどの観光地が大部分でしょう。しかし、しょっちゅう出かける人は、だんだんありきたりの観光地の旅行にあきてきて、だんだん普通の人のいかない所にいくようになります。
 こんなことがありました。ある無名の観光地へ7、8年前に出かけたところ、その国の人が知っている観光地ではありますが、日本人なんかは一人も見かけませんが、2年前に行ったときには、何人も日本人を見かけ、新婚旅行に来ているカップルもいました。それほど、日本人は世界各地に出かけているのです。
 地質学者と呼ばれる人種は、変なところに好んで行きます。別に探検するつもりではありませんが、探検家が行くような未開の地や極地などにも、興味や研究のために出かけていきます。すべて好奇心のなせることです。
 私も、学会や調査で日本や海外に出かけてます。出かける先は、有名な観光地や名勝地でも、観光地の裏側の石ころや雄大な景色の反対側の崖なのにへばりついて石や地層を見ています。それも、同じところに、何時間も時には何日もへばりついて石を調べたり、どうしてできたかを探ろうしていることもよくあります。言い写真を撮るために、前日に下見をして、日差しの一番いいときを考えて翌日出かけることもあります。
 私は、ともともとそのような偏屈なあるいはマニアックな性向があったわけではなく、地質学という学問をはじめたおかげで、大地を構成する岩石や地層に興味を持つようになり、観光地や景色より面白いものを知ったからです。
 私も年齢を経るにしたがって、少しは丸くなり、観光地や景勝地を楽しむようになりました。そして、海外にできかける機会も多くなってきました。海外では、景勝地イコール観光地イコール地質学的名勝地となっていることも多く、趣味と実益をかねた調査、観光旅行を楽しんでいます。
 観光地でも、お土産を買うわけではなく、その地でしか見れない石を採ってきたり、地質現象を撮影することが目的となっています。ちょっと変わった観光客です。しかし、このような地質学者がみた景観ももしかすると、普通の観光旅行をしかしたことのない人達にとっては新鮮かもしれません。ぜひ、一風変わった地質学者の地球地学紀行を一緒に楽しんでください。

2_1 「生命の歴史」とは(2000年9月20日)

 「生命の歴史」とは、なんでしょうか。これから「生命の歴史」で話す内容を紹介します。
 ここで言う生命の歴史とは、生物の進化について述べるだけでなく、生物の地球の関わりについて考えていきたいと思います。
 生命は地球の環境が整っていないと誕生できません。まだ生命誕生の秘密が解明されていないので、正確には分かりませんが、もし初期地球の条件が違っていたら、生命は誕生したでしょうか。これについての研究者の意見もさまざまです。非常に偶然に近い確率で生命が誕生したという人から、ある程度条件さえ整えば生命は簡単に誕生するという人までいます。いずれにしても生命の誕生は、地球環境との関わり抜きには考えられません。
 生命が誕生した後、生命が現在まで継続して生き延びるのには、地球の環境がある程度安定していなければなりません。海が完全に干上がってしまったり、完全に凍ってしまうような環境では生命は生き延びることができません。
 ところが、少しでも海が残っていれば、そこで過酷な時代を生き延び、後のより住みやすい時代まで耐える生活を送っています。海がなくても、次ぎの海ができるまで、卵として乾燥に長く耐えるような生き物もいます。
 このようにして見ていくと、生命というものは、非常にヤワな面とタフな面がありそうでう。
 そして、面白いことに、生命は地球環境に対し受身だけでなく、能動的に地球環境に関与してます。一番有名な例は、地球大気の酸素の形成です。じはは私たちが日ごろ吸っている、空気中の酸素は初期の地球にはなく、生物が作り上げたものです。そして、生物による酸素の生産は、現在も続いています。
 このような生物と地球の関わりをここではみていきます。

1_2 「地球の歴史」とは(2000年9月20日)

 「地球の歴史」とは、なんでしょうか。これから「地球の歴史」で話す内容を紹介します。まずは、「地球」と「歴史」の意味を、探りましょう。
 「地球の歴史」とは、なんでしょうか。「地球」と「歴史」の両方の意味を、まずは知る必要があります。
 地球とは、惑星科学的にみれば、以下のような記載となるでしょう。
 45.6億年前、他の太陽系の天体と一生に形成されました。太陽を母星とする第3惑星です。地球の天文学的物理量は、半径6,371 km、質量5.974x10^24 kg、密度5.514 g/cm3、公転周期365.256日、軌道半径1.496億km、自転軸傾斜23.45度、自転周期0.997日です。地球は、公転周期27.32日、自転周期27.32日、半径1,738kmの衛星(月)をもちます。地球の特徴は、液体の水(つまり海)を40億年以上にわたって表層に保持してきたことです。その海を舞台として、炭素を中心とする化合物からなる生命が誕生し、進化し、現在も表層で活動しています。生命の中でも約400万年前に出現した人類は、5,000年前ころから文明を持ち、科学技術をもち、他の生物に対し多大なる影響を与えるようになりました。
 つぎに、「歴史」とは何でしょうか。私の考えは以下のようなものです。
 歴史とは、時の流れによって起きた変化の記録ではないでしょうか。人の歴史は記録を頼りに解読できます。地球の歴史は、地球の中に残されたかすかな自然現象の名残を科学の力を使って読み解くことです。読み解かれる地球の歴史の多くは、何らかの事件です。大部分の日常的な、何もなかった地球の姿は、なかなか記録に残りません。
 現在でもそうです。私たちが見ている今の地球の姿はなかなか記録されません。何かの自然現象や災害があると、地球の営みとして記録されます。
 ヒトが自然を変化させようとすると、保護するのかとか開発するのかという議論が起きます。私たちは、変化に反応するのです。
 このような変化こそが歴史をつくるのではないでしょうか。

1_1 はじめに(2000年9月20日)

 「地球のささやき」をはじめるにあたって、著者である小出の自己紹介と、「地球のささやき」の構成と今後の予定を書いておきます。
 初対面ですので、ご挨拶をさせていただきます。はじめまして、小出良幸と申します。よろしくお願いします。
 私は小田原市の西はずれにある神奈川県立生命の星・地球博物館で学芸員をしています。この博物館はオープンして5年半がたちました。私が博物館に勤務して10年半がたちました。5年も10年も区切りの年です。その区切りの年に、「地球のささやき」の連載がはじめられるのも何かの縁だと思っています。
 私の専門は、地球科学あるいは地質学です。いわゆる地学です。世間の人にとって、地学は一番馴染みの薄い理科系科目ではないでしょうか。しかし、地質学ほど学問内容が多岐にわたり、素材が多様で、そして不思議な世界は、他にないと思います。そのようは世界が、このメールマガジンを読んでくださる人に少しでも伝わればと思って書きつづけようと考えています。
 私の専門としている分野は、地学の中でも、地質学、岩石学や地球化学と呼ばれるものです。もともと私は、地学が好きだったわけではありません。山歩きが好きで、自然に接する研究分野として、林学か地質学がいいなと思っていたところ、地質学を専攻することになりました。ところが、地質学に深入りするにつれて、だんだん興味がでてきて、とうとう地質学でメシを食うはめになってしまいました。
 地質学の深みにはまってしまい、山を自然の象徴として捉え、登るのが目的でなく、調べることを目的としました。山の中腹で、開けた展望を楽しむより、反対側の崖をみて楽しむまでになってしまいました。しかし、博物館にきてから、少しは正常にもどってきました。観光気分でも山を見られるようになりました。
 今、研究テーマとして興味を持って取り組んでいるのは、「地球初期に何が起きたのか」ということです。できれば、合成実験をして実証的に検証できないかと思っています。手法は簡単で、要は「ミニ地球」を作って、地球のできたプロセスを再現してみようという方法です。地球の材料(隕石)を地球の形成条件に置けば、地球を作ることができるわけです。
 科学以外にも、最近は科学教育の分野にも興味を持って、取り組んでいます。科学の世界で得られた成果は、さまざまなルートで市民に伝えられます。その一つとして、博物館は、大きな役割を担っています。博物館学というものが、その方法論を体系化したものです。しかし、その博物館学に、私はどうもしっくりしない部分があります。例えば、実物資料とデジタル情報との相互作用とその活用や、現場のノウハウを取り組む仕組みに対応できてないという気がしています。ですから、研究を続けるかたわら、研究成果を伝達の手法として、今までにない方法論が構築しようと思っています。できれば従来の科学教育とは全く違う、博物館固有の科学教育の方法論を体系化した「自然史学」というものに発展できないかと考えています。
 このような経歴を持つ私ですから、連載は、地球科学の内容となります。つまり、地球についての話をします。地球の生い立ちから現在までの「地球の歴史」、地球と生命の関わりを考える「生命の歴史」、地球がどのようなメカニズムで営まれているのかを考える「地球の仕組み」、私が今までいった地質学的に面白い地域への旅行記である「地球地学紀行」、そして人と地球の関わり方についての考え方を示す「地球と人と」という項目に分けて書いていきます。一般市民にわかりやすい文章を目指します。
 週1回程度の投稿を予定しています。連載は、毎回読みきりのエッセイ風のものにしていきます。メールマガジンにはタイトルと数十文字の要約だけを示して、本文はリンクされたホームページに載せていきます。ホームページには関連のある画像をつけようと思います。筆が進めば、1週間に何本か書けるか知れません。あるいは書けないかもしれません。そんなときのために少し書き貯めております。ホームページにはバックナンバーも掲載しておきますので途中から読まれた方も、途中を読まなかった人ももどって読むことが可能です。
 地球のささやきに耳を傾けてください。地球の音を聴いてください。地球からの風を感じてください。今まで、私たちが立っていた「よく知っている地球」から、「知らなかった地球」あるいは「新しい地球」への旅です。良い旅になることを祈っています。

「地球のささやき」発刊にあたって(2000年9月20日)

 エッセイをはじめるにあたって、考えていることがあります。あるいは心構えとでもいいましょうか。つまり、どのような気持ちで、このメールマガジンというメディアの連載をはじめるかということです。
 このエッセイがインターネット上で連載されるということは、単にメールマガジンの読者だけでなく、不特定多数の読者が潜在的に存在するということです。ですから、書く側としては、そのような読者をも意識して書かなければいけません。私自身、インターネット上での連載は、はじめての試みです。しかし、このような状況は一般の出版物と同じです。
 一般の出版物とメールマガジンとの違いは、インターネットの特徴である速報性と自由さにあると思います。つまり、この原稿は、第三者の目を通過することなく、直接読者の目に触れることになります。
 一般の出版物では、プロの編集者やプロの校正者が、文章や内容を何度もチェックしてくれます。デザインもプロが担当し、きれいに仕上げてくれます。そして商品としての本や雑誌ができるわけです。
 ところがこのようなメールマガジンでは、編集や校正、デザインも著者である私がおこないます。ホームページの運営と管理もFTPで私自身がおこなっています。ですから、時間の都合で十分な校正ができないかもしれません。デザインも素人くさいものになります。誤字脱字や不適切な発言があるかもしれませんが、それらすべては、私の責任となります。責任を放棄する気はありません。私宛にE-mailを送っていただければ、直接議論が可能です。そして、不適切な点は、ホームページから即座に削除や訂正が可能です。
 これが、新しいデジタル・メディアの長所と短所でしょう。長所を最大限に活かすために、テクノリサーチさんに無理をいって、FTPでの私の管理をお願いしました。
 今後、メールマガジンのような試みは、たくさんあるでしょう。実際には、もう多数のメールマガジンが発刊され、多くの読者がいると聞いています。ですから、メールマガジンというメディア自体には、なにも新しいことはないはずです。
 ところが、実は新しいことが、たくさんあるのです。それは、私にとって、デジタル・メディアでの連載がはじめてであるということ、このメールマガジンが地域商店街の活発化を目指したボランティア的な趣旨でスタートしていること、などいろいろはじめてのことがあます。そして、なによりもこの連載を読んでみようと思った方と私の出会いがあります。
 私は、博物館の学芸員です。そして、私は、新しい科学教育を開拓するための研究グループを組織しました。そのメンバーとしてテクノリサーチの人も入っていただいてます。このグループは、完全なボランティアとして活動しています。テクノリサーチさんは、私たちのグループのために、サーバーを無償で提供していただいてます。非常にありがたいことで、これによって私たちのグループの活動をインターネットの上でおこなうことが可能になりました。その見かえりとして、博物館のメンバーも無償でデータベースを公開し、CD-ROMを配布しています。
 このような人間関係のなかから、私がこのメールマガジンに参加することになりました。私がテクノリサーチにしていただいたようなボランティアへのお返しとも考えています。そして、なによりも私が楽しんでいます。
 可能な限り、分かりやすく書くつもりです。時には難しく、時には深く考えるべき内容となるかもしれません。ぜひ、楽しんでください。そして、普段使ってない脳細胞を活性化してください。この連載を通じて地球や自然に興味を持ってくださる方が一人でも生まれれば私のしたことも無駄ではなかったと思います。
2000年9月20日
小出良幸