2017年5月25日木曜日

4_139 山陰の旅 3:オリ越しのヒスイ

 蛇紋岩に中にヒスイを含んだ岩石があります。ヒスイは、かつて日本列島にあった古い沈み込み帯の深部で形成されたものが、蛇紋岩の作用で持ち上げられたものです。その露頭は、オリに入れられていました。

 地元に住んでいる人以外、ほとんど人が来ないようなところに、この岩石の産地があります。多分来るのは私のような地質学者、あるいは鉱物採取や収集のマニアでしょうか。マニアはこの状況をみるとがっくり来るでしょう。地質学者もがっくりくるですが、仕方がないと思いながら、見ていくことになるでしょう。
 兵庫県養父(やぶ)市の道路脇の崖に周囲をコンクリートに囲まれ、全面が鉄柵のオリになっているところがあります。まるで、一昔前の動物園のオリを思わせるつくりで、厳重に守られています。動物園と違うのでは、動物から人を守るオリではなく、人から岩石を守るオリです。
 このオリの中には、崖からくずれた状態の大きな岩が、下が土に埋もれてあります。そしてオリの鉄柵には看板があり、「県指定文化財 破損禁止」となっています。ヒスイの原石の露頭です。日本ではヒスイは8ヶ所ほどで見つかっているそうですが、露頭として露出しているのは、ここだけだそうです。その他のところは、転石となっているとのことです。
 ここの露頭は、蛇紋岩の中の変成岩ブロックとなっています。ここの蛇紋岩は、三郡変成帯の中に位置しています。蛇紋岩は、もともとはマントルを構成していたカンラン岩が、水を含む変質作用を受けると蛇紋岩に変わっていきます。蛇紋岩は密度も小さく滑りやすいので、流動性が大きくなって、地表に顔をだすようになります。蛇紋岩に中でヒスイが形成された岩石ではなく、蛇紋岩が上昇して来る途中で、取り込んできた岩石の中にヒスイがあったことになります。
 ヒスイは、宝石の一種です。淡い緑や紫などで、ときに少し透明感があります。上品な見かけをしています。比較的大きな塊で産出することも多いので、装飾や高価な加工品の素材として、古くから重宝されてきました。だれもがヒスイという言葉は聞いたことがあるはずです。でも、それが露頭ではなかなか見られません。私も転石でみたことはありますが、露頭ではこれが初めてでした。
 ヒスイは、長石(曹長石と呼ばれるもの)が低温高圧の条件の変成作用によって形成されます。低温高圧の条件は、沈み込むプレート境界で発生します。沈み込み帯には、蛇紋岩を形成する環境もあります。ここの三郡変成岩に属する蛇紋岩は、現在の沈み込み帯ではなく、昔(約4億年前)のものです。ヒスイは深部(深度約20km)での変成作用でできたものが、蛇紋岩の上昇ととともに持ち上げられたことになります。
 そんな不思議なヒスイが、あまり人の来ない、このような道端にオリに守られてあったのです。

・私のヒスイ・
私はヒスイをいくつか持っています。
糸魚川の海岸で拾ったものと、
同じく糸魚川の店で購入したものです。
その一つは、10cmほの大きさの立方体のヒスイを購入しました。
ペーパーウエイトのようなものとして売っていました。
私は資料として購入しました。
あまりいい翡翠ではないのでしょうが、
愛着はあります。

・オリ越しに・
露頭の岩石をオリ越しに見るのは、やはり興ざめします。
でもこのような状況は仕方がないと思います。
以前、別の地でヒスイ発見の報告が論文に載りました。
するとマニアが、論文からその露頭を見つけて、
ヒスイを取り尽くしてしまったという事例がありました。
おかげで研究者が資料を入手することができなくなりました。
他の地でも、このような例があるようです。
なくなる前に予防することは、仕方がないことなのでしょう。
私は資料をとる気はなかったのですが、
オリ越しに岩石を見るとは思いませんでした。

2017年5月18日木曜日

4_138 山陰の旅 2:高梁

 今回の調査行では、ちょっとした寄り道をしました。他の候補地もあったのですが、高梁に立ち寄ることにしました。高梁の訪れたのは、特別暑い日でしたが、堪能しました。

 今回の山陰の旅では、実は岡山に立ち寄りました。岡山で訪れたいところがあったからです。午前中に岡山県内の目的の地点を見ました。その後、移動して午後からは、井原か高梁を回ろうと考えていました。近いのですが、両方回るのは大変なので、どちらにするかを迷っていました。
 井原は、私が修士論文を書いたときのフィールドだったので、私にとってはかつての古戦場のようなところです。博士論文の時代にも何度か訪れています。できれは再訪してみたいと思っていました。一方、高梁は、井原に調査にいくときいつも通っていた町でした。車窓から何度も見ていて、いい町だなあと思っていました。博士論文の調査で、一度だけ休憩で少し立ち寄りました。その時も、歩き回ることはありませんでした。ですから、機会があればのんびりと訪れたいなと思っていました。
 どちらにするか迷いましたが、井原になるとより移動距離が多くなるので、高梁に泊まることにしました。高梁は松山城で有名だそうです。私は、詳しくないのですが。昔の天守が残っている山城としては、唯一のものだそうです。天守や二重櫓や土塀の一部が中世の古いものですが、多くの部分は近世に改築されたものだそうです。
 松山城は小さな城なのですが、山の地質や地形を利用して構築されたもので、なかなか風格のある山城でした。古い石垣や城郭が、露岩の上に構築されている。自然の岩石を利用したなかなか工夫の凝らされた城です。こんな山の上に、現代の科学技術もない時代に、このような大規模な城をつくる労力を考えると、昔の人たちにいはすごい技術と知恵があったことに感心します。
 松山城は、町の北にある標高約480mの臥牛山(うしぶせやま)に築かれています。この臥牛山から市街地まで含めて、この地域には後期白亜紀(約1億年前~6500万年前)の領家(りょうけ)帯(厳密には新期領家帯とされる)に属している花崗岩類からできています。そのような岩石がこの山を形成しています。この山の岩石は、詳しく見ていないのが残念なのですが、火山岩類でしょうか、節理の発達した結晶の小さな岩石に見えました。
 城までの道が狭いので、城の下には大きな駐車場があり、そこからバスで登ることになっていました。ゴールデンウィークの始まりでもあったので、観光客で一杯でした。こんなに有名になったのは、大河ドラマ「真田丸」のオープニングに使われたそうです。私はドラマは見ていないので、訪れるまではよく知りませんでした。実際の画像は、いろいろCGで加工されているようですが。
 実はもっと石をしっかり見ておくべきでしたが、この日は非常に暑くて日陰を選んで歩いていました。ゴールデンウィークの前半、西日本は非常暑い日でした。前日は大山の山麓で宿泊していたので、朝は肌寒いくらいでした。そこから一気に暑い夏のような日となりました。今思えば、もう少しよく見ておきべきでした。後悔先に立たずですね。

・雲海の城・
雲海の城としては竹田城が有名ですが、
竹田城は城郭がないので、石垣の城跡が雲海に浮かんでいます。
ところが、松山城は城郭があるので、
雲海の城としては見ごたえがあります。
翌日の早朝に宿をでたのですが、
雲海の城を見ることにチャレンジしてもよかったのですが、
当日は、移動も長く高速が混むと嫌だったので、
朝一番から移動することにしました。
実は竹田城がある和田山の近くに行ったのですが、
私はまったく興味がないので、
混むと嫌なので、和田山は避けて移動しました。

・石火矢町・
高梁は、松山城だけでなく、石火矢(いしびや)町という
古い町並みもあり、観光地になっています。
ここを一度ゆっくりと歩いてみたいと思っていました。
城下町の武家屋敷が並んでいます。
白壁や土壁が続いたり、川にかかる橋も風情があります。
映画のロケ地として何度も登場している街だそうです。
私は「男はつらいよ」で寅さんが
滞在した町であることは知っていました。
今回始めて歩きましたが、なかなかいい街でした。
ただし暑かったですが。





2017年5月11日木曜日

4_137 山陰の旅 1:大山

 ゴールデンウィークに山陰地方に調査にでました。観光地は、混んでいるはずなのですが、三朝から大山あたりは、あまり混んでいませんでした。連休の始まりだったためでしょうか。それとも・・・

 ゴールデンウィークに山陰地方に調査に出かけました。主には兵庫から鳥取東部を見ていく調査でした。交通の便を考えて、鳥取空港からレンタカーで移動し、同空港へ戻ることにしました。
 目的は、舞鶴構造体と三郡帯の岩石の調査と、山陰ジオパークのジオスポットをいくつか見ていくことでした。他にもいろいろ地域ごとに小さい目的はありましたが、行ってからいろいろ変更があることは予想していたので、厳密に予定を守ることはしませんでした。
 鳥取から岡山に南下して三郡帯の付加体中の典型的な石灰岩ブロックも見るつもりでいました。その時、大山を通っていくことにしました。大山は大きな成層火山で、見ごたえのある山です。三朝(みささ)町に住んでいた時に何度か訪れたこともありました。
 ゴールデンウィークの29日は土曜日でもあったので、観光地の三朝温泉や大山は混んでいるかと思っていたのですが、以外に観光客が少なかったので、助かったのですが、でもこれでいいのかと、複雑な気持ちでした。人では後半に多くなるはずで、杞憂ならいいのですが。
 さて、大山は東西35km、南北30kmにおよぶ巨大な複成火山です。標高1729mの弥山(みせん)を最高峰として、周辺に広大な溶岩流や火山灰の裾野をもっています。大山は100万年前に活動をはじめ、60万から40万年前に激しい噴火をし、大量の噴出物を放出しました。そのときの火山堆積物は溝口凝灰角礫岩と呼ばれています。その後は、1から2万年ごとに大きな噴火を繰り返してきました。大山は、約2万年前(1万7000年前)以降から、活動を休止しています。
 大山は、活火山には指定されていません。なぜなら、過去1万年の間に火山活動の記録がないものは、活火山にはされないからです。しかし、地震波トモグラフィによりますと、地下30kmあたりにマグマ溜まりと考えられる部分もあります。その周辺では火山性の地震が多数発生しています。これからもマグマの活動の可能性がありそうです。さらに、まだ完全に確定はしていなのですが、約3000年前の火砕流は、烏ヶ山(からすがせん)と弥山の間から噴火した可能性を指摘する研究もあります。まあ、現在のところは、噴火の兆候はないようですが。
 噴火の心配の少ない大山は、観光資源として非常に有用です。また、信仰対象として宗教的に重要な役割を果たしています。それなのに観光客が少なかったのは少々心配でした。
 大山の巨大な麓には、火山灰の土地が広がっています。大山の火山灰は、その色から黒ボクと呼ばれています。密度が小さく、水分を多く含みやすい性質をもっています。そのため、崖などが壊れやすく、工事車両が走りにくく、土木工事では困っていました。しかし、水持ちがよいことから果樹栽培に適し、園芸用の土として利用されています。
 長期間、火山活動がないと、山体は侵食が進みます。山頂の周辺では崖崩れが頻発しています。特に沢筋では侵食が激しくなります。そのために周回道路では土石流対策のための防御ダムや堤防が多数つくられています。
 大山も含め、自然は恵みと災いの両面があります。

・鳥取県中部地震・
2016年10月21日14時過ぎ、鳥取県の中部を震源とした
鳥取県中部地震が発生しました。
マグニチュードは6.6でしたが、震源が11kmの直下型地震で、
鳥取県の倉吉市や北栄町では大きな揺れと、被害がありました。
私は、倉吉市の南東にある三朝町に5年間住んでいました。
そのため、復興がどうなっているかが心配だったので
見ておきたいと思って、三朝を通りましました。
温泉街を歩いていると、
住めない家屋や土砂崩れなどもあり、
まだ、復旧には時間がかかりそうです。

・甲子園の黒土・
甲子園のグランドの土には、
大山の黒ボクが混ぜられていることは有名です。
甲子園の土は、30cmほどの厚さに敷かれているようです。
野球のグランドは、黒ボクだけでなく砂も混ぜられ
固くならず、水はけもよく、ボールも転がるような状態にするため、
ブレンドされているようです。
さらに、雨の量など季節変化するため
ブレンドする土や砂の量も変えているそうです。







2017年5月4日木曜日

3_157 核の水晶 4:核内の水素

 ケイ素と酸素という成分が、核の今までの謎を解いてくれそうです。しかし、その謎を解けても、新たな謎がでてきます。科学の宿命でしょうが、次々と謎が湧いてきます。

 前回、核の軽い成分と「新しい核のパラドクス」は、核の液体鉄に溶け込んだケイ素と酸素が結晶の二酸化ケイ素ができ浮き上がることで解決できることを紹介してきました。それでも課題もあります。
 そもそも核ができるときに、どのようにケイ素や酸素を取り込んでいったのか、核形成以降より二酸ケイ素が結晶化していたとすると、どちらかの成分がすでになくなっているはずだ、などの疑問が生まれます。
 地震波の調査は、最近の核を調べているので、現在の核の性質を示しています。となると、核を軽くしている成分として、過去はケイ素と酸素であったものが、現在はどちらかがなくなっているはずです。
 もし地球の形成当初に、ケイ素と酸素を取り込んでいて、現在なくなっているとすると、現在はその候補から降りています。ですから、軽い元素の候補な何かという謎がまたでてくることになります。そして、他にも軽くする成分が核にあることになります。
 謎の成分とケイ素と酸素が、初期の核にあったとすると、初期コアの密度は現在よりかなり軽かったことになります。そしてそれは何か、どうして取り込まれたのかという、まるでふりだしに戻ったようになります。
 もし、今回紹介した一連の報告が正しいものだとすると、核の性質(密度や固体形成)などが、時間とともに進化していることになるはずです。
 では、今の核を軽くしている成分はなんだったのでしょうか。その候補として、水素が挙がっています。東京工業大学の野村龍一さんと広瀬敬さんらは、2014年1月のサイエンス誌に
Low core-mantle boundary temperature inferred from the solidus of pyrolite
(パイライトの固相線から核ーマントル境界の温度の推定)
という報告をしています。核に大量の水素が取り込まれる可能性を示しています。
 野村と広瀬さんの高温高圧実験では、マントルの成分を核ーマントル境界の条件にし、そこで一部溶けた状態をつくり出します。その状態のままSpring8の強力なX線を当てて分析します。この実験で、溶融が始まる温度(固相線、solidus)を正確に決定できました。温度は、約3600Kで、従来より低い温度(600Kほど)であることがわかりました。
 もし現在の軽い成分が水素であるとすると、重量にして外核の0.6%になると見積もられます。量は、その水素をつかって水に換算していくと、現在の海水量のなんと80倍もあるというのです。
 では、そもそも地球が海水の80倍の水を地球初期どのように獲得したのか、そしてどのようなメカニズムに核にもたらされたのか。など、新たな謎がまたできます。一つの謎を解決すると新たな謎でてきます。
 謎が謎を呼ぶ。これこそが研究の宿命でもあり、醍醐味なのです。

・進歩の証・
次々と謎が出てくると時、
本当に真実に迫っているのかどうかという
疑問を感じることもあるはずです。
でも、それでいいのです。
着実な成果の上に次なる謎も、
進歩しているからです。
その謎が、次の研究の目標になるのです。
次々と現る謎は、進歩の証でもあるのです。

・予約発行・
このメールマガジンが発行されている頃は
私は野外調査の真っ最中で、
もはや終盤になっています。
でも、予約配信でマガジンの原稿を用意しておき
発行の予約をしておきます。
2週間先まで予約できます。
このまぐまぐのシステムは
以前は、一週間だったのが、2週間なったので、
調査調査でも休刊することなく発行できるようになりました
ありがたいものです。

2017年4月27日木曜日

3_156 核の水晶 3:ケイ素と酸素

 核の条件で、鉄の中にケイ素と酸素が存在し、それらが二酸化ケイ素になるという実験結果が報告されました。その報告により、今までの疑問、謎とされていたものが解決できそうです。ではその内容はどのようなものだったのでしょうか。

 地球の核には、軽い元素があることは、地震波の調査からわかっています。ただしその正体については、不明でした。核は鉄(密度7.9 g/cm3)からできているといいましたが、厳密には鉄だけでなくニッケル(8.9 g/cm3)も5%ほど混じっていると考えられています。ニッケルの混在は、隕石(鉄隕石)との照合から推定されています。
 そして軽い成分として、核の密度を鉄(+ニッケル)より、10%ほど下げるほどの量が必要になります。軽い成分ですから、かなりの量が必要となります。いろいろな成分が、その候補になっているのですが、東京工業大学の廣瀬敬さんたちの報告から、ケイ素と酸素が、その有力候補として示されました。
 最近の報告では、固体の内核ができたのは、今から7億年前くらいの若い時代であることが、東京工業大の太田健二さんたちの研究からわかってきました。これは従来の考え(核が約42億年前から存在していた)とは矛盾するもので「新しい核のパラドクス」となっていました。つまり現状の核の磁場形成のメカニズムが働かない時代にも、地球の磁場を生み出すという仕組みが必要になったのです。
 廣瀬さんたちは、ケイ素と酸素が結びついて二酸化ケイ素として結晶化することで、核に対流が起こると考えました。その根拠は、高温高圧実験でした。ケイ素や酸素を含む液体の鉄を、核の高温高圧条件(133~145万気圧、3860~3990K)に置くと、二酸化ケイ素が形成されるという結果がでてきました。この結果をもとに、次のような仮説を提示されました。
 核の上部で、マントルからの冷却によって軽い成分として含まれていたケイ素と酸素が結晶化します。二酸化ケイ素は金属鉄より密度が小さので、結晶になると、液体の鉄の中を浮いていきます。一方、軽い成分が抜けた鉄は、液体のなのですが、密度が大きくなり沈んでいます。二酸化ケイ素の形成にともなって、金属鉄に対流を起こるというのです。固体の鉄が結晶化しなくても対流を起こる原因があるという仮説です。
 この報告が示した仮説は、これまで不明であった核の軽い成分と、鉄の固体の内核の形成が新しいという「新しい核のパラドクス」も、いっぺんに解決できる素晴らしいものです。
 これですべてが解決したかという、実は新たな課題もでてきました。それは次回としましょう。

・野外調査へ・
明日、私は調査に出かけます。
1日、2日と平日ですが、
1は講義がないので、2日を休校にして、
調査をすることにしました。
ゴールデンウィークなので何処も混んでいると思いますが、
あまり観光地にはいかないので、
大丈夫ではないかと思っています。
チケットも車も宿もすべて確保できました。
あとは天候だけが心配です。
こればかりは心配しても仕方がないことなのですが。
なるようになるです。

・一段落・
学校はゴールデンウィークは一段落でしょう。
特に、新入生たちのなかには、
気を張って頑張り過ぎの人もいることでしょう。
大学生には、帰省する人もいることでしょう。
少し息をついてください。
肩の力を抜いて、少しリラックしましょう。
ゴールデンウィーク明けには
元気な顔を見せていただければと思います。

2017年4月20日木曜日

3_155 核の水晶 2:新しい内核

 今回紹介する核に関する報告は、2つあります。ひとつは今までの常識をくつがえしパラドクスを提示するもの、もうひとつがそのパラドクスを解く仮説です。1年ほどの間に重要な報告が2つもなされました。

 前回は、地球の核の概要を紹介しましました。地球の地下は地震波で調べられて、核は金属状態の鉄からできていていること、外側に液体、内部に固体の状態であること、さらに詳しく見ると、純粋な鉄ではなく地震波から推定される密度とは合わず、何か軽い成分が混じっていることでした。また、液体の外核が対流することで電気が流れ、磁気が発生することで地球の磁場ができていると考えられています。軽い成分が不明であるのと、対流の原因がよくわかっていませんでした。
 対流の原因に対しては、従来から「組成対流」が主流の考えでした。組成対流とは、鉄が固化(結晶化すること)が進むことで、残った液体の部分に軽い成分が増えることで、密度が小さくなり浮いていく(上昇流となる)ことで対流するという仮説です。内核は地質学の古地磁気の研究から、約42億年前から存在していたと考えられてきました。そして、約13億年前には磁場が強くなったことも知られています。
 ところがこの仮説には、都合の悪い報告が出されました。東京工業大の太田健二さんたちは、2016年6月のナイチャー誌に、
Experimental determination of the electrical resistivity of iron at Earth's core conditions
(地球の核の条件での鉄の電気伝導度の実験による決定)
というタイトルの論文を報告しました。高温高圧実験で核の電気伝導度を測定したところ、予想より3倍ほど高いことがわかったというものです。この報告が何を意味するかというと、核の形成年代として予想外の年代が出るということです。電気伝導度の値から内核の冷却速度を見積もると、内核の誕生は今から約7億年前という非常に若い可能性があることになりました。
 この報告の結果は、地球の磁場の形成で、地質学が出していた従来の結果に相反するものとなります。これは、「新しいコアのパラドックスouter」と呼ばれました。金属鉄の結晶化では、古い時代の地磁気は形成されないことになりますので、それに変わるメカニズムが必要になります。このパラドクスをどのように解決していくのかが、焦点となります。
 「新しいコアのパラドックスouter」を、新たな「組成対流」で解決しようという報告がありました。東京工業大学の廣瀬敬さんたちは、2017年3月のネイチャー誌に、
Crystallization of silicon dioxide and compositional evolution of the Earth's core
(地球の核の二酸化ケイ素の結晶化と組成進化)
という報告を出されました。
 核に含まれている軽い成分の候補として、従来からケイ素と酸素があったのですが、この報告ではそれが重要な役割を果たしたと考え、実験をしました。その結果、二酸化ケイ素がパラドクスを解く鍵になる、という考えが提示されました。その内容は次回にしましょう。

・内部の暗さ・
地球の核は、謎に満ちた存在です。
現代の科学は太陽系惑星や天体の探査には、
多くの人材と予算を注ぎ込んでいます。
また、その成果もメディアでよく紹介されています。
海洋探査も、海洋資源の関連で力を入れられており
報道もそれなりにされています。
ところが、自分たちの足下の大地の内部に関しては、
まだまだ人材も資金も足りない気がします。
日本には世界に誇れるSpring8があり、
太田さんたちも、利用して実験し、成果を出されました。
もっとこのような施設や機材があればいいのですが。
地球内部の成果は、公表されても、内容が地味なので
なかなかメディアには出にくい話題のようです。
もっと地球内部の成果にも
「光」があたって欲しいものですね。

・春へと・
北海道は春めいてきたました。
里の雪は、一部の雪だまりを除いては
ほとんど溶けてしまいました。
そして春の花が一斉に芽吹きだしました。
ダイナミックで華やかな北国の春が、これから始まります。
雪国の人は、この時期を心待ちにしています。
大いに楽しみたいのですが、
日常がそれをなかなか許してくれません。
でも気持ちだけはウキウキとしたいものですね。

2017年4月12日水曜日

3_154 核の水晶 1:地震波

 地球のもっとも深部に位置する「核(コア)」は、概要は以前からわかっているのですが、詳細になるとわからないことも多いところです。最近、新しい研究成果によって、実態が少しわかってきました。

 地球深部を知ることが難しいです。なぜならそんなに深くを潜っていくことも、掘る技術もないからです。地殻を彫り抜くのも大変で、マントルすら、実際に見たことがありません。マントルの直接に試料を採って来ることも大変で、間接的にしか試料も入手できません。マントルよりもっとも深部には、鉄からできた核(コア)があるとされています。核は、間接的に試料を手にすることすらできません。ところが、地球深部に核が存在することは、研究者のだれもが疑っていません。
 核の存在は、地震波がその重要な根拠となっています。地震による振動(地震波)には、いくつもの種類があることが知られているのですが、私たちが体感しているのは、P波とS波です。Pはprimary(最初という意味)の頭文字で、Sはsecondary(2番目という意味)の頭文字です。
 直下型地震波ではP波とS波は、時差がなく同時に届くので体感で区別はしづらいですが、遠くからの地震では、文字通りの違いを感じることができます。P波は、地震があったときに、真っ先に届く波です。突き上げれられたり、急に落ちていくような、上下に振動するような揺れとなることが多いようです。P波は進行方向に対して平行に前後に揺れます。次にくる、大きくぐらぐらするような揺れがS波です。S波は、進行方向に直角に揺れます。主振動とも呼ばれており、強い揺れとなり被害を与えるものとなります。
 2つの波には、他にも違いがあります。P波は、物質であれば、状態が固体であろうが、液体、気体のいずれであっても伝わります。一方、S波は、固体の状態の物質だけを伝わります。また伝わる物質の物性(密度や温度など)の違いにより、地震波の速度が変わってきます。地震波の違いを詳しく観測することで、見えない物質内部の状態を探ることができるのです。
 このような地震波の伝わり方の特徴や違いから、マントル内部の状態だけでなく、核の状態も知ることができるのです。核の一番の特徴は、密度が地球ではもっとも大きな物質(鉄)からできていること、同じ高密度の物質でも核の外側(外核と呼ばれています)に溶けた状態で、内側(内核)には固体の状態であることもわかっています。
 核の概要はこのようにわかっているのですが、詳細は必ずしもよくはわかっていません。例えば、核が鉄のみからできているとするには、密度がやや小さいので、なにか軽い成分が混じっているはずです。ところがその成分は不明なままです。地球の磁場の原因は、外核の溶けた鉄が流動しているためだとされているのですが、その実態や真偽はよくわかっていません。
 こんな疑問に対して、最近、新しい報告がありました。軽い物質の候補と外核の流動の原因を、両方を一度に解明できるかもしれないという報告です。詳しくは、次回以降に。

・初春・
本州から桜前線が北上してきているのですが、
いまどのあたりでしょうか。
北海道のわが町は、例年ゴールデンウィークころが
桜の見頃となります。
今年の冬で、
ドカ雪や季節外れに降ったり、
真冬に積雪が少なかったり天候不順でした。
それでも、4月にもなると、街の雪もほとんど溶け、
日陰や山並みに残るだけとなります。
雨も何度か降りました。
まだ春は浅いですが。
いよいよ北海道でもっともいい季節になります。

・兵庫へ・
ゴールデンウィークの予定を
いろいろ考えている人も多いことでしょう。
私もゴールデンウィークに出かけます。
学内の研究費が採択されたので、
急いで旅行日程を組みました。
昨年はこの時期に熊本へ行く予定を組んでいましたが、
地震で急遽中止となりました。
今年は、鳥取に行く予定です。
鳥取も地震の影響がまだ残っていると聞きます。
私は、鳥取県三朝町に5年間住んでいました。
調査のおりに少し寄ってみようかと思っています。
でも、調査は兵庫が中心になるので、
あまり時間がないのですが。